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第1シーズン

第1話 駕籠屋、夜を走る

いつかのどこかのお話です。

あるところに、第02特区という島がありました。

みんなはこの島をオズと呼び毎日を暮らしています。

この島では、住民の皆が主人公。

そんな彼らの様々な営みを、ひととき、覗いてみましょう。


今日の主人公は、駕籠屋のサンジュくん。彼の仕事を、ちょっとだけ拝見。


P-PingOZ 『駕籠屋、夜を走る』/ナレーション:ドロシー


 夜19時。オズの南にある、ひいろ地区甜甜街。鮮やかな朱色の門柱に緑のドラゴンが絡む大きな朱雀門をくぐり抜け、空色のキャブがなめらかに停まりました。


 このキャブの運転手が、今日の主人公。駕籠屋【駕籠屋/個人タクシー事業主】のサンジュくん【25歳/男性】。かっちりしたシャツに、濃い色のベストが似合っています。乗せているお客さんは、オズの西側、ましろ地区から乗せてきた男性客が三人。


「ここからすぐの角を左に入ると、大きな河豚の提灯が見えて参ります。そちらがお店です。車が入れないので、申し訳ございませんが、ここまでで」


「いや、助かったよ」

 電子決済を済ませるお客さん、接待のお店に困っていたそうです。

「おすすめの店まで取って貰っちゃって」

「とんでもないことです。では、領収書を」

 サンジュくん、予約を取った酒家からお礼が払い込まれてるの、こちら側から見えてますよ。お客さんはタブレットのコードを読み込んで、使い捨てURLから領収書をダウンロード中。気がつかれなくて良かったですね。


 ……サンジュくんのお仕事は、普通のタクシーとほとんど同じ。ですが、時々路上のお客さん以外にも、人や物を送り届けたりしています。今日はそんなお仕事がやってきます。


 お客さんを見送ったサンジュくん、晩ご飯代わりに路上の饅頭まんとう屋さんから買った豆肉の饅頭を頬張っていると、二人連れが駆け寄って来るのが見えました。動きやすい服装をした髪の長い女性と、女性に引っ張られるスーツ姿の男性。

 女性はサンジュくんとも顔見知り。警官の慕容ぼようさんでした。スーツの男性を押し込むと、ベルトに通した市警の獅子紋エンブレムを見せます。

「出せ!岬まで!」

 サンジュくん、ドアを閉じるのもそこそこに、キーを回しました。

「その後は?」

「ウチのに渡せ!」

「承知いたしました」

 エンジンがかかり、フロントガラス一面にARディスプレイが展開します。渋滞情報やスピードメーターが、青白く車内を照らしました。

「出しますよ!」

 サンジュくんは車を急発進。お客さんのうめき声が聞こえます。安全運転ですよ、サンジュくん。

「失礼いたしました。お怪我は?」

「あぁ、はい。なんとか」

 あらら、お客さん、おでこをさすっていますね。

「ご安心ください。お客様のお尻が水につかないよう、安全に送り届けるのが僕の仕事です」

 遠く後ろで銃声が1発、2発。

 お客さんは怯えて振り返りますが、サンジュくんは残った饅頭を口に詰め込んでいます。それからボトルの水を飲んで一呼吸、両手でしっかりハンドルを握り直します。

「こちらにいらしたばかりで?」

「いえ。ただ、この辺りは、まだ右も左も」

 空色の車は朱雀大路を真っ直ぐ北へ、玄武門へ向かって行きます。色とりどりの魚や竜の提灯の明かりが、めまぐるしく車内を通り過ぎました。

「喧嘩に巻き込まれました? それとも、タチの悪い店に捕まりましたか」

「それが、飲んでいたお店に突然あの方達が踏み込んできて、そうしたら身に覚えのない薬物が鞄から出てきて……」

「もしかして、お客様、鋳掛というお店にいらっしゃいませんでしたか?」

「どうして分かったんですか?」

 お客さんの驚く様子に、サンジュくんは笑います。

「お話から、見当をつけただけです。ご存知なければ、そのままが宜しいでしょう。災難でしたね」

 サンジュくん、心底同情した様子。それもそのはずです。鋳掛というパブは、東のうつぶし地区を拠点としたヴィラン【ヴィラン:犯罪組織、反社会勢力の総称】のブランチショップ。違法薬物を扱ったり、お水一杯に平均月収ぐらいの値段をつけたりするお店なんです。

 後で調べたところ、この日、慕容さんたちはお店の摘発をしに向かったんだそうです。

「慕容さんに見つかったのは運が良かった。あの方は大当たりですよ。ですので、ご家族への連絡は、今少しお待ち下さい」

「え、あ……いけないですよね。すみません」

「お気持ちはわかりますが、今はこらえていただけますか」

「娘が、いるんです。妻に似て可愛い子で。心配させたくなくて」

 お客さんは気を紛らわせたい様子で携帯端末を眺めます。お客さんの待ち受け、お嬢さんとの写真です。

 サンジュくん、無事お客さんをお届けしてくださいね。


  🚘


 駕籠屋のサンジュくん、警察官のお願いで、ワケありのお客さんと岬に向かっています。今はひいろ地区を抜け、街の西側、ましろ地区へ入ったところ。街と同じ色のキャッスル型【テロップ:キャッスル/タワー型より高さと敷地面積の広いもの】のビルやマンションが、にょきにょきそびえています。

「ああ……まだ仕事してるな」

 お客さん、自分の会社を見つけたみたい。

「あの、岬というのはもしかして、ランタン岬の事ですか」

「そうですね。あと……一十分か一五分程で到着いたします」

 ランタン岬は、オズの北端にある、亡くなった人を送り出す岬。散骨場の事です。

「そうか……オズで岬って言ったら、そうですよね……」

 お客さん、眼鏡を外して、深い溜息。

「困ったな。妻に何と言ったらいいか」

 サンジュくんは答えませんでした。

「……運転手さんには、いらっしゃいますか? ご家族」

「はい。中々会えませんが」

「大切になさってくださいね」

「お客様もですよ」

 信号で停車して、ミラーで後ろを確認するサンジュくん、顔をしかめました。

「失礼、少々荒くなりますよ」

 サンジュくん、急にスピードを上げたのには、わけがありました。サンジュくんの車を追ってくる、黒いワゴン。「止めきれなかったか」小声で呟いて、ビルの隙間、細い道へ入っていきます。

「まさか、あのお店の……」

「関係者の方々でしょう。お任せください。この時間なら3番道路へ抜けてしまいましょう」

 サンジュくんが飛び込んだのは、監視カメラのない道路。どんどんスピードをあげています。サンジュくんはバックカメラの映像をインパネのモニタに表示させました。

「次、曲がりますので、どこか掴まってください」

 法定速度を超えたまま、サンジュくんは右へハンドルを切りました。お客さんはまたどこかにぶつかったみたいです。黒いワゴン車とは少し、距離を離せた様子。

 狭い一車線の道路、何度かの曲がり角でも、他の車や道にぶつかることなくサンジュくんの車は駆け抜けます。サンジュくんも緊張した様子でいましたが、ARディスプレイに黄色いラインが薄くあらわれ始めてようやく、小さく笑顔を浮かべました。

「3番道路のイエローラインに出ます」

 サンジュくんが言うイエローラインは、ARディスプレイにあらわれる黄色いラインのこと。この道を辿っていくと、安全にオズを一周することができる、路線バスとキャブ、そのほか観光案内車両専用の道路なんです。

 3番道路に合流できたサンジュくんの車は、ほかの帰宅渋滞を横目にスイスイと走ります。イエローラインが安全な理由は、カメラが信号ごとについていて、とても取締が厳しいからです。空色の車はあっという間にお洒落なビジネス街を抜け出して、立体交差を渡って行きました。

「さすがに、そこまでする度胸はありませんか」

 黒いワゴンを振り切って、サンジュくん、お客さんに見えないように息をつきました。

「ここからは、イエローラインを通って、岬に抜けますね。少々遠回りですが、その方が良さそうです」

「ありがとうございます」

 ましろ地区のベッドタウン、みそら地区に入ります。

 学校街から、ブルーブルーの聖堂を中心に全部の建物が青い『青の広場』を通り抜け、美術館を右に見ると、だんだん建物の数が減っていきます。もうすぐ、ランタン岬です。

「あぁ、いらっしゃいますね」

 岬の駐車場に止まる警察車両のランプが、遠目に見えました。その横に車を止めて、サンジュくんは初めてお客さんを直に見ます。

「お代は結構。慕容さんから頂戴しますので。お気をつけて、良い航海を」

 お客さんは、何度もおじぎしながら隣の警察車両へ乗り換え、岬から最寄りの分署へ移送されて行きました。見送るサンジュくんの携帯端末が鳴ります。慕容さんでした。

『終わったよ。助かった』

「俺の方も、無事乗り継ぎ完了です」

『何より』

「あの人、ゼペット勤めみたいですね。慣れない場所で飲もうとして引っ張られたんでしょ」

『イエローラインで遊んでりゃなぁ』

 イエローライン沿いにあるテナントには、大手フランチャイズや観光客向けの優良店が多いんです。

「いや、頼みますよ。素人さんが東南抗争に巻き込まれるの、これで何件めですか」

『うるせえな分かってんだよ』

「なら良いですけどね」

『テメェも気をつけろよ。東と南、どっちつかずやってると沈むぞ』

「いや、俺はただの駕籠屋ですから。でもご忠告は痛み入ります」

 サンジュくんも車を降りて、マナー違反ですがタバコを吸い始めました。駐車場の柵に寄りかかって、払い込まれた高額な乗車賃を全部、大学病院の口座に転送しています。

「おっしゃる通りなんだけど、慕容の姉さんだと稼げんだよなぁ」

 ネクタイを緩めたサンジュくん、駐車場から岬を見おろします。灯籠場から流された灯り達が、ぽつぽつと波に揺られて沖へ向かっていました。

「……行くか。アニキんとこ。明日」

 タバコを吸いながら、サンジュくんはしばらくその光景を眺めていました。タバコを踏み消して振り返ると、愛車の前には、困った様子の女性。

「やべ」

 サンジュくん、慌てて身なりを整えながら車へ戻ります。

「失礼、大変お待たせいたしました。どちらまで?」




【スタッフロール】ナレーション:ドロシー/音声技術:琴錫香/映像技術:リエフ・ユージナ/編集:山中カシオ/音楽:14楽団/テーマソング「cockcrowing」14楽団/広報:ドロシー/協力:オズの皆様/プロデューサー:友安ジロー/企画・制作 studioランバージャック



​   P-PingOZ『駕籠屋、夜を走る』 終わり​

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