今日も、先輩と頭脳勝負。

猫屋 寝子

第1話

 これは私が高校生一年生の時の話である。


 一つ上の先輩に、杉村高志すぎむらたかしという人がいた。彼とは「ミステリ同好会」で初めて会い、好きな作家が似ていることからすぐ親しくなった。

 私達は部活動の時間だけでは飽き足らず、学校外でも度々会った。その時には本の考察や考えたトリックを披露しあい、互いの頭脳を競ったものである。


 そんなある日、古本カフェたる場所で杉村先輩と話していると、巷で話題になっている宝探しの話になった。


 その宝探しを企画したのは、大富豪として有名な神矢かみや家だ。なんでも神矢家の亡き前当主が現金100億円をしまってある金庫の鍵をどこかに隠したらしく、現当主が国民に協力を要請したとのことであった。鍵を見つけてくれた人物には、その百億の1割――すなわち1億円が懸賞として渡されるらしい。相当な額がもらえるということで、多くの国民が必死になって探していた。


 私達は夢のような話だと大して気にも留めていなかったのだが、数日前、神矢家からあることが発表され、この宝探しに興味を示すことになる。


 その内容とは、前当主がヒントとして江戸川乱歩の「二銭銅貨」を示していたことだった。

 二銭銅貨は江戸川乱歩のデビュー作で、日本最初の本格探偵小説とも言われる短編小説である。私達は江戸川乱歩を敬愛しているため、二人ともすでに既読済みだ。そのため、この話題からミステリーマニアである私達の推理合戦が始まることは必然と言っても過言ではなかった。


***


「推理を始める前に、二銭銅貨の復習をしよう」


 杉村先輩が真剣な表情をして言う。私はそれに頷いて答えた。


「あれは確か、天才的な大泥棒が5万円――現在で言う2700万円程度の金を盗んだ事件から始まりますよね」


「そうだな。その泥棒は捕まるが、盗んだ5万円の在処は一向に言わない。警察が5万円の在処を中々探し出せないことから、盗まれた側の人間は痺れを切らし、懸賞を付けて全国民に5万円の在処を探すよう協力を求めた。その懸賞の額は5万円の1割である5千円。今で言う270万円だな」


 私は先ほどこの店で借りた二銭銅貨のページをぱらぱらとめくる。


「なんだか、神矢家の宝探しと似ていますよね。懸賞も1割だし」


 杉村先輩は腕を組んで「やっぱりそう思うよな。神矢家の鍵は盗まれたわけではないけど」と眉を顰める。


「二銭銅貨といえば――」


 私は鞄から緑色のポストカードを一枚とり出した。それには切手が2枚貼ってある。1枚はの62円切手、もう一枚はの1円切手。大方、はがきの値段が変わったことで、既存の切手を2枚貼らなければいけなくなった、というところだろう。


 私はポストカードを切手が貼ってある面を上にしてテーブルに置いた。


「これ、この間拾ったんですよね。神矢家の近くで」


 杉村先輩は興味深そうにポストカードを手に取ると、まじまじと観察をし始めた。切手が貼ってある面も、その裏面も、緑があるばかりで何も書かれていない。何をそんなに見ているのか疑問に思いながらも、私は冷めてしまったコーヒーを口にする。


 しばらくして、杉村先輩が「これは――」と口を開いた。その目は開かれており、何かとんでもない発見をしたようだった。


「これ、借りてもいい?」


 杉村先輩が大きくなったままの目で私を見る。その迫力に驚きながらも、私は頷いて返した。


「いいですけど……何かありました?」


 私の疑問に、杉村先輩は目を細め、口角を上げる。


「それは秘密。全部分かったら、君に教えてあげるよ」


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