番外編 見守る人、白塚宝

雪女の霍乱

「千冬ちゃん、気分はどうかな?」

「し、白塚先輩……」


 私、白塚宝が覗き込むように見つめているのは、布団で仰向けになって寝ている、パジャマ姿の千冬ちゃん。

 その息は荒く、いつもは真っ白な肌も、今は赤みをおびている。


「先輩、私恥ずかしいです」

「どうして? 別に何も、恥じることはないさ」

「だって……だって雪女なのに風邪引いて寝込んでるなんて、やっぱりおかしいですよ!」


 そんな事は……ごめん。本当言うと、私も少し驚いてしまったよ。

 大きな声を出したせいか、千冬ちゃんは苦しそうに頭を押さえている。こうしていると、本当に彼女が雪女だって事を、忘れてしまいそうになる。


 ここは千冬ちゃんの家の、彼女の部屋。

 私は今、絶賛風邪引き中な千冬ちゃんの、看病をしていた。


「うう、おばあちゃんみたいに普通の雪女だったら風邪なんて引かないのに、こういう時はクォーターであることが悩ましいです。しかもよりによって、引いたのが今日だなんて」


 布団から頭だけ出した状態で、泣き言を言ってる。彼女がこんなにも落ち込んでいるのには、理由があった。


 実は今日、私達郷土研のメンバーはボランティアとして、学校近くの神社の掃除をするはずだったのだけど。

 寒空の元神社までやって来た千冬ちゃんはどうにも元気がなくて、顔色も悪いときたもんだ。

 気になっておでこを触ってみるといつもの冷たさがなくて、むしろ熱い。

 そこでようやく、風邪を引いているって分かったのだ。


 私も一緒に来ていた直人も、雪女なのに風邪を引くのかと顔を見合わせたけど、重要なのはそこじゃない。


 千冬ちゃんは大丈夫、休むのは掃除が終わってからで良いと主張したけど。こんな状態で無理をさせられるはずもなく、早急に家に返すことにしたのだ。


 千冬ちゃんは責任感が強いから、手伝えなかった事に後ろめたさを感じたみたい。

 そんなの気にしなくていいのに、こういう時は生真面目さが仇になってしまうね。


 一人で返すのが心配だったから、私も付き添ったけど。家についてみると、お雪さんはお出掛け中だった。


「こんな時にお出掛けとは、タイミングが悪い」

「けほっ、けほっ。おばあちゃん、今日は老人会の用事があるから、夜まで帰らないそうです」


 布団から頭を出して、けほけほとせき込んでいる千冬ちゃん。お雪さんがいないとなると、夜まで一人ということか。

 本人は大したことないって言ってるけど、どうだか。この子は心配かけないためなら、無理をしそうだからねえ。


「とりあえずこの家、風邪薬もスポーツドリンクもないから、買ってくるよ。千冬ちゃんは寝ていて」

「そんな、悪いですよ。これくらい、寝ていれば勝手によくなりますから」

「ダメだよ。ただの風邪だと思って油断してると、治りがおそくなるんだから。それとも、私じゃなくて直人を呼んで看病してもらった方がいいかな?」

「えっ? お、お願いです。それだけは止めてください!」


 慌てたように、イヤイヤと首を横にふる。

 ちょっと意地悪な事言ったかな。風邪で弱っている所を、更にはパジャマ姿なんて、好きな男の子には見られたくないだろうからね。


 さっき神社から帰る際、直人は俺が付き添うって言ってたけど、あの子はこの辺の事までは頭が回らなかったようだ。


「ふふふ、直人を呼ばれたくなかったら、大人しく私の言うことを聞いてもらうよ」

「うう、先輩イジワルですよ」

「強情な後輩ちゃん相手には、ね。それじゃあ、ちゃんと寝ておくんだよ」


 しっかりと言い聞かせてから、そっと部屋から出て行く。

 それにしても、雪女のクォーターというのも難儀なものだ。


 話を聞いたところ、クォーターだと普通に風邪を引くだけじゃなくて、雪女の性質上体温が上がりにくいため、一度引いてしまったらなかなか治らないのだという。

 私も直人も妖マニアなんて言われているけど、まだまだ知らないことが山ほどあるみたいだ。


「しっかり治してあげないとね。千冬ちゃんには、昔から直人がお世話になっているし」


 呟きながらそっと、昔の事を思い出す。

 千冬ちゃんと初めて会った、遠い夏の日の出来事を。


 と言っても、当時は彼女の名前すら知らなかったのだけどね。

 私達が昔会っていたという話を千冬ちゃんと直人から聞かされたのは、つい最近のこと。

 あれはもう、十年くらい前の夏の日の出来事。私は当時小学一年生で、弟である直人の事を溺愛していて、よく一緒に遊んでいたっけ…………。





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