番外編 姥ヶ火さん大騒動

妖の老人会

 カミキリさんが経営する妖専門の床屋さんがあったように、妖だけが通う場所というのは、他にも存在する。

 人里から、少し離れた山の中。木々の間を抜けた先に、その建物はあった。


 それはコンクリートで作られた、町中でも普通に見かけるような、二階建ての四角形の建物。

 だけどその周りには人避けの結界が張られていて、人間は近づけないようになっているのだ。

 妖に、案内でもされない限りは。


「おお、この子がお雪さんのお孫さんかあ。可愛いのう」

「コラコラ子泣きのじいさん。あんまりジロジロ見るんじゃないよ。隣には彼氏くんもいるんだから」

「ぬりぬりぬり。ぬりぬり!(彼氏はイケメンだのう。ワシの若い頃にそっくりだ)」


 喋っているのはいずれも妖の、子泣きじじいさんと、狐の占い師のおコンさん。それに大きな壁に手足が生えたような姿をした妖、ぬりかべのおじいさんだ。


 いずれも、歳を重ねた妖ばかり。

 ここは妖の老人会。皆で集まってお話ししたり将棋を刺したりする、憩いの場所なのだ。

 寒い気が続く1月某日。私はおばあちゃんも入っているこの会に、連れてきてもらっていた。彼氏である、岡留くんも一緒に。


「すごい。妖が、こんなにたくさん」


 聞こえるかどうか分からないくらいの声での、ポツリとした呟き。

 

 岡留くんが妖怪マニアになったのは私がきっかけだったとはいえ、今では雪女と限らず妖全般に興味津々。

 喜ぶかなって思って連れて来たけれど、たくさんの妖達を目の当たりにして、まるで石になったみたいに固まってしまっている。


「岡留くん。岡留くーん」

「はっ! 悪い、つい感激してボーっとしてた。なあ、今さらだけど、本当に俺が来ても良かったのか?」

「平気だよ。岡留くんならここの事を、無闇に話したりしないでしょ」


 おばあちゃんも彼の事を信頼しているからこそ、こうして誘ってくれたのだ。

 本当は、白塚先輩も来れたらよかったんだけど、生憎友達と先約があるそうで、名残惜しそうな顔をしていたっけ。


 で、妖のおじいさんやおばあさん達は、滅多に来ない若い私達に、次々と声をかけてくる。


「千冬ちゃんは可愛いねえ。お雪ちゃんの若い頃にそっくりだよ」

「こらじいさん。そんな色目使ってたら、岡留くんに睨まれちまうよ。『俺の千冬に手を出すな』ってね」


 子泣きじじいさんとおコンさんがそんなことを言うものだから、カッと顔が熱くなっちゃう。

 な、な、なんて事を。岡留くんはそんな事を言ったりは……してくれたら嬉しいかも。


 だけどドキドキする私とは対照的に、岡留くんは落ち着いた態度で返事をする。


「いえ、そうは言いません。そもそも綾瀬は、俺の物ではないので」


 相変わらずのポーカーフェイスで返す岡留くんだったけど、私はちょっぴり残念。

 物じゃないって言ってくれるのは嬉しい気もするけど、少しくらい照れてくれてもいいのになんて、つい勝手なことを思っちゃう。だけど。


「でも、綾瀬を渡したくないのは合っています。大事な彼女ですから」


 だ、大事な彼女って!?

 まるで私の考えていることを読んだみたいに、堂々と宣言してくれた岡留くんだったけど、これは思ってたよりもずっとずっと刺激が強かった。

 は、恥ずかしくて顔から火が出そう。でも、溶けちゃいそうだけど嬉しいよー!


「あらあら、言うじゃないか。お熱くて羨ましいねえ」

「ぬりぬりぬりー(昔のワシにも負けない、良い男じゃないか)」


 ぬりかべさんの年齢が気になったり、若い頃の姿が想像つかないなんてツッコミ所はあるけど、今はそれは置いておこう。


 すると奥の部屋から、お茶を乗せたお盆を手にしたお雪おばあちゃんが姿を現した。


「ほらほらあんた達。からかうのはそろそろやめて、お茶にするよ。あれ、そういえばウバちゃんはどこに行ったんだい?」


 キョロキョロと辺りを見回すおばあちゃん。

 ウバちゃんと言うのは、私も前に会ったことのある、姥ヶ火うばがびという妖だ。

 昔盗みを働いたおばあさんが、死後に妖化させられたもので、燃えさかる炎の中におばあさんの顔を持つ妖、と言われているのだけど。


「ウバちゃんならほら、向こうでまた動画を見てるよ」


 おコンさんが指差した先にいたのは、一見妖とは思えない、どこにでもいるような普通のおばあさんだった。そして手に持ったタブレットを、食い入るように眺めている。

 見た感じ、妖って感じは全くしなくて。岡留くんも困惑したように、小声で聞いてくる。


「あの人、姥ヶ火なんだよな? 俺の知っている姥ヶ火とは、ずいぶん違うんだけど」

「うん、私も最初は驚いたよ。姥ヶ火って、火の妖だものね。けど、何でも長く生きている間に、普通の人間っぽく化けられる術を身に付けちゃったんだって」


 だから今、ウバさんの体からは火どころか煙ひとつ上がっていなくて、ただのおばあさんにしか見えないのだ。

 もっとも、老人会の妖達にとっては当たり前のことらしく、お雪おばあちゃんはウバさんに近づくと、彼女の持っているタブレットを覗き込んだ。


「いったい何をそんなに熱心に見て……ああ、またこの子の動画かい」


 納得したように頷くお雪おばあちゃん。

 私も近づいて画面を覗いて見ると、そこにはうちの学校の制服を着た、肩まで髪を伸ばした派手目の男子が、ギターを持って映っていた。


『イエーイ! それでは新曲、聴いてくださーい!』


 ギターを奏でながら、弾き語りをする男子生徒。

 こんな風に動画配信をしてるってことは、ユーチューバーかな? 歌もギターも、けっこう上手。


「ああ、涼真くん。今日も素敵。とっても輝いているわ」


 タブレットを抱き締めながら、うっとりとした目をしているウバさん。

 その様子はまるで、恋する乙女のよう。きっとよっぽど好きなんだろうなあ。


「ウバさん、そのこの子と本当に好きだねえ」

「テレビに出るようなタレントでなく、ユーチューバーにご執心なんて変わっているよ。もっと良い男なんて、たくさんいるだろうに」


 おコンさんと子泣きじじいさんが、呆れたように言う。だけどそのとたん、ウバさんは目を見開いた。


「涼真くんをその辺のタレントと一緒にするんじゃないよ! 田良木高校の王子様って言われている、スーパーアイドルなんだから! ルックス、歌、演奏、性格。その他もろもろも完璧の、スーパースターなんだから!」


 今にも噛みつくんじゃないかって勢いで、まくし立ててくる。

 それどころか、頭から湯気ならぬ煙をモクモクとたてて……って、髪が燃えていますよー!


 いけない、ウバさんは火の妖。このままじゃ家事になっちゃうよ。

 私は慌てて、両者の間に割って入った。


「あ、あの。この人、田良木高校の生徒なんですか? そういえばうちの学校の制服ですね」

「なんだ千冬ちゃん、同じ学校なのに知らないのかい? 田良木高校2年1組、出席番号2番、美化委員で軽音部所属のユーチューバー。下に弟と妹が一人づついる、三兄弟妹の長男の、江崎涼真くんだよ」

「ご、ごめんなさい。学年が違いますし、そういった話に疎くて。先輩だったんですね」


 と言うかウバさん、詳しすぎます。家族構成まで知っているなんて、まるでストーカー……いえ、何でもありません。

 だけどどうやら落ち着いてはくれたみたいで、何事もなかったみたいに炎は消えてくれた。


「ウバちゃんはネット動画を見るのが趣味なんだけど、今は何故か涼真くんにゾッコンになっちゃってね。暇さえあれば彼の動画ばかり見ているんだよ」

「そうなんだ。けど夢中になれるものがあるって、良いじゃないですか。この人、格好良いですものね」

「おお、分かってくれるかい」


 賛同されたのがよほど嬉しいのか、ニッコリと笑うウバさん。

 歌が上手い人なら、他にもたくさんいるだろう。だけど理屈とか抜きにして、好きになれるものって、やっぱりあると思う。

 おばあちゃん達はちょっと呆れ気味だけど、私はウバさんの気持ちも分かるよ。


 だけど一緒になってタブレットを見ていると、岡留くんが小さく呟いた。


「綾瀬は、こういうのが好きなのか?」

「え? まあ、歌を聴くのは普通に好きだけど」

「歌か。音楽の授業以外ではあまり歌ったことないけど、好きなんだな」

「お、岡留くん?」

「……絶対に負けない」


 い、いったいどうしたの? 表情は変わっていないのに、声が重く不機嫌そうになっている。

 ひょっとして私が江崎先輩の事を、格好良いなんて言っちゃったから?

 でも待って。勘違いしないで。


「あのね、さっき格好良いって言ったのは、あくまで一般論だから」


 ウバさんに聞こえないように小声で言うと、岡留くんは「えっ?」と眉を動かした。


「誤解させちゃってたらゴメンね。私にとっては岡留くんが、世界一格好良い男の子だから」


 言ってて、頭から湯気が出そうになる。

 恥ずかしくて、今にも溶けちゃいそう。だけどこれは偽りの無い、私の本心。

 するとそれを聞いた岡留くんも、ほんのりと頬を染めて、照れを隠するようにそっと目を反らした。


「ありがとな。それと悪い、一人で空回って」

「大丈夫、私は平気だから」


 それに岡留くんの照れてる姿や、ヤキモチを妬く所を見ることができたし。怒られちゃうかもしれないけど、可愛いって思っちゃった。

 意外な一面を見ることができて、嬉しかったよ。




 ……だけどこの時、私はまだ気づいていなかった。

 この時の出来事が、後に起こる大騒動に繋がるということを。

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