岡留直人、白塚宝side

~幕間 友達との距離感~

 ある晴れた日の昼休み。郷土文化研究会、通称郷土研の部室に、人影が二つ。岡留直人と白塚宝である。

 彼らは今日、予定よりもだいぶ遅れている壁新聞の作成を、昼休みを返上して行っていた……が。


「宝……退いてくれるか」


 無表情を欠片ほども崩さずに、ダルそうに口にしたのは岡留。彼が冷たいことを言うのも無理も無い、なぜなら本当に邪魔なのだから。


 椅子に腰かけて、壁新聞を作成中だったのだが、問題はその後ろ。

 岡留の背後には白塚が立っていて、首に手を回しながら体重を預け、じゃれるように彼にもたれかかっていた。


「むう、つれないなあ直人は。少しくらい甘えさせてくれても、罰は当たらないだろう」

「罰は当たらなくても、時間は無くなる。今日は壁新聞を作るって言うから、わざわざ昼休みに集まったんだろう。いいから、宝も手伝ってくれ」

「りょーかい」


 一瞬不機嫌そうに頬を膨らませた白塚だったが、素直に言う事を聞いて製作に取り掛かった。


 スキンシップを取ってきた白塚を岡留がかわす。本格的な作業が始まるのは、この一連の流れが終わった後。それが少し前までの、郷土研のお決まりのパターンだった。


 千冬が来てからはその流れは変わっているのだが、今はそんな千冬はいない。

 それでつい、スキンシップを取っていたわけだが。白塚はふとペンを止めて、岡留に視線を移した。


「今日の事、千冬ちゃんにナイショにしておいて良かったのかな?」

「向こうだって都合があるって言うのに、昼休み返上で新聞作るのを手伝ってくれなんて、頼めるわけ無いだろ。元々俺達が夏休みの間、サボってたのが原因で遅れているんだから」

「まあ、それはそうなんだけどね」


 本当なら、もうほとんど完成していてもおかしくなかった、壁新聞の作成。

 しかしダラダラしていくうちに遅れはたまっていき、更には当初予定になかった、写真部とのコスプレ撮影会の準備もすることなった。結果こうして昼休みを返上して作成に追われると言う事態に陥ってしまったわけだ。


 撮影会はともかく、夏休みに怠けていたのが遅れの原因。よって二学期になって転校してきた千冬に頼るわけにはいかないと岡留が言い出し、こうして二人だけで制作にあたっているわけだが。

 白塚は納得のいかなそうな顔をしていて、それに気づいた岡留は、ため息をついた。


「アイツだってこんな所で新聞作るよりも、友達と過ごした方がいいだろう。今ごろきっと、木嶋や犬童と楽しくやってるさ」

「ああ、私もそうは思うよ。けど、直人が黙っていろって言うからそうしたけど、一言くらい声かけても良かったんじゃないかなあ」

「綾瀬の事だから、そんなことをしたら手伝うに決まってるだろ」


 作業を自分達に任せて昼休みを過ごす千冬の姿なんて、岡留には想像がつかなかった。

 だけどそれくらい、白塚もわかっている。ただ……。


「言いたいことは分かるよ。だけどもし後から、私達だけで作業を進めていたことを彼女が知ったら、どう思うかな? 同じ郷土研の部員なのに、仲間外れにされたって、思ったりしない?」

「それは考えすぎたろ……たぶん」

「気遣いが悪いとは言わない。だけど言ってることは間違いじゃなくてもやり方を間違えたら、かえって相手に気を使わせてしまうからねえ。直人はその辺の事を図るのが苦手だから、注意した方がいいよ」


 よけいなお世話だと思わなくもない岡留だが、自覚があるだけに返す言葉もない。

 昔から口下手で無愛想。人見知りな性格も相まって、今では人付き合いがすっかり苦手になってしまっている。


 良かれと思って今日の事は黙っていたけれど、はたしてその判断は正しかったのか。考え出した岡留は、急に不安になってきた。

 けどそれでも、自分達の落ち度なのに千冬に頼るというのは、やっぱり気が引けた。


「まあ今さら呼んでも、手伝ってもらう時間はないだろうしね。けど、千冬ちゃんの気持ちは、今後もちゃんと考えておきなよ。居心地が悪くなって退部、なんて事にはしたくないだろう?」

「ああ、それは絶対に嫌だ」


 せっかく入ってきてくれた部員。逃してなるものかという思いは、岡留にだってある。

 実のところ、千冬が来てくれたおかげで楽しくなったと、彼は感じていた。

 おかしいだの変わってるだの言われている趣味を、笑わずに受け止めてくれたし。たまにストレートに誉めてくる時は戸惑いもするけど、悪い気なんてするはずもなかった。ただ。


「そういえば最近、綾瀬がなんかよそよそしいと言うか、前より若干、距離を感じるんだけど、何か心当たりはないか?」


 思っていた疑問を口にする。

 よそよそしいのは、自身が白塚と過剰なくらいに仲良くしている所を見られたのが原因ではあるのだが。

 そうとは知らない岡留は、そんな千冬の変化に困惑していた。そしてそれは、白塚も同じ。


「うむ、それについては私も、不思議に思っていた。てっきり君が何か、彼女の嫌がるようなことでもしたのかと思っていたが……」

「するか。真面目に答えてくれ」

「そうは言われても、皆目検討もつかない。探ってはみるけど、直人の方も何か分かったら教えてくれ」

「ああ。……もし本当に知らないうちに何かしてたら、謝らないといけないからな」


 人付き合いは苦手な岡留だが、最低限の礼儀は持ち合わせている。特に相手が、友達なら尚更だ。


「ふふ、直人がこんなにも、他人に興味を示すなんて珍しいね。それに、彼女が来てから、よく笑うようになった」

「そうか? 今までだって面白い事があれば、ちゃんと笑っていたけど?」

「……それは本気で言っているの?」


 白塚の呆れたような態度に、何か言い返したかった。だが実際今まで笑わないって言われた事は一度や二度じゃなかったため、何も言えない。


「まあ何にせよ、彼女が来てくれてから君は明るくなった。お姉さんは嬉しいよ。けど、千冬ちゃんにはちょっぴり妬いちゃうかな」

「そんなんじゃないって。まあ、ちょっと気になる事はあるけど……」


 バスの中で、暑さで苦しんでいた所を、助けた女の子。

 その後同じ学校に転校してきて、一緒の部活に入ってくるなんて思ってもみなかったけど、この縁は大切にしたいというのが、岡留直人の偽りのない本心。

 彼は周りから見るよりもずっと、千冬の事を大事に思っているのだった。


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