第26話 魔女の一撃


 前方に、無数の蟲がいる。


 あまりの数に思わず眩暈がしそうになる。しかもムシコロンは出撃不可。もっとも出撃不可になるような必殺技を放たなければ俺たち全滅の可能性もままあった。あったから仕方はない。仕方はないのだが、愚痴の一つもこぼしたくなる。


「脆弱すぎんだろムシコロンは……」

「でもタケル、ムシコロンが縮退炉、だっけ使わなかったらみんな爆死してたんでしょ?」


 爆死してたかもなぁ。藩陽の研究施設は爆発炎上してたし、かろうじてアメノトリフネに必要なものは持っていけたからまだいいが。それにしたって、この先の無数の蟲、どうなってやがるんだ?


「ちょっと変じゃねぇか?」

「ノジマさん、どうしてですか?」

「いやな、あいつら、こっちに全然気が付かずどんどんあちら側を攻撃し続けているんだ。何かいるんじゃねぇか?」


 何かいるってどういうことだ?確かに攻撃し続けているようには見えるが……。ククルカンがやってきた。


「攻撃してみますか」

「攻撃って言っても、そんないい方法があるのか先生?」

「高空から、あれを撒いてみますか」

「あれか……」


 あれってなんだよ。なんとなく察したけど。


「そういえばタケル君。ムシコロンの殺虫剤ですが、壊れたと聞いています。どうなりました?」

「殺虫剤自体は分離しておいてあるけど、まさかククルカン」

「はい。撒きましょう。盛大に」


 そっかー……よかったなムシコロン、殺虫剤が盛大に撒かれるぞ。あとでまた作らないといけないな。殺虫剤で大量の蟲機が落ちていくのを見つつ、その周囲に何があるんだろうなと思って窓の外を見ていると、あり得ないものを見てしまった。



 大量の、人の、体。



 それが積みあがっているのを俺たちは見てしまった。一同唖然とするしかないだろう、そんなものを見ると。人の体を無数の蟲機が攻撃している。


「なんだあれ……」

「冗談だろ……なぁ……」


 言葉もない。積みあがった人の体は建造物ほどの大きさである。蟲機が人間を殺して積み上げたというわけでもないだろうが、一体何人の体が積みあがっているのか……ふとククルカンが気が付く。


「おかしいですね。いや、おかしいですよ」

「何がだ先生?」

「仮にあれが人間の死体だとします。死体をなんで攻撃するのですか、蟲機たちは?」


 言われてみれば確かにそうだ。確かにそうだが、じゃああれはなんだよ。あまりにも多くの人間の体が積みあがっているように見える。いや、よく見ると、人間の体ではあるが、頭が、ない。


「なんだよこれ?」

「まるで人間の体で作った建物だな」


 その時点で十分驚きだったが、さらに驚くべきことが起きる。巨大な手がその人間の体からなる建造物から現れた。手は、蟲機たちを張り倒し、殴り倒してゆく。あの手は人間のそれにも、機械のようにも見える。


 あっという間に、無数の蟲機たちが残骸に姿を変える。無数の人間の体と、無数の蟲機の残骸。どうなってるんだよこれ。誰がこんなものを作ろうと思ったんだ?


「どうやら到着したようね」


 船橋に上がってきたミコトがそんなことをいう。到着というのは……まさかここが魔女の家か!?ムシコロンが俺に連絡してきた。なんだよこんな時に。


『着いたか?』

「ムシコロン、どうした通信などしてきて」

『みんな面食らっているのではないかと思うのだが、どうだ?』

「あれなんだよムシコロン?」

『魔女の棲家すみかだ。相変わらず趣味がわるいようだなその分だと』


 魔女の棲家だぁ!?人間の体であんなものつくってんのか!?建造物を?思わずムシコロンに問いかける。


「あの人間の体のようなものはなんだよ!?」

『建造物だ。セントラルは木質組織と貝のようなものを主体に、藩陽が菌体を主体に建造物を作っていたのと同じだ』

「そういうことよ。人体をベースに培養組織で作ったのね。趣味が悪い……」

『どの細胞を使うかは自由だとはいえ、よりによってそれを選ぶのは悪趣味としかいわぬ。あの魔女のばあさんらしい……』


 人間を材料にするとか無茶苦茶すぎるだろ。あきれてものも言えねぇ。あっという間に蟲が殲滅されたかと思ったら、通信が入ってきた。全然会話の意味が分からんがムシコロンが返答している。


『Кто бы мог быть в таком месте?』

『ロシア語も苦手なんだがな……Это я.Переведи для меня.』

『……お主か。やれやれ。とっくにくたばってると思ったんじゃが』


 しゃべり方は老婆のようなのに、声は幼女のようにも聞こえる。ここの主はどういう奴なんだ一体。思わずつぶやいてしまった。


「あんた誰だ?」

『その坊主は誰じゃ?ススム』

『ああ、イザナたちの子供でタケルという』

『ほう、イザナのな……』

「待てムシコロン。お前俺の親知ってるのか!?」


 初耳だぞ。これまでそんなこと聞いてなかったが……。


『昔の友人だ。言ってなかったか?』

「聞いてないぞ全く」

『その空の上での話もなんじゃ、一度降りてこんか?』

「そうさせていただければと」

『なんじゃククルカンもおるのか。懐かしいの』


 世界狭すぎだろ。全員知り合いなのかよ。そんなことを言っているうちに、人間の体でできた構造物が動き始めた。なんて言うか気持ち悪い。構造物の間にアメノトリフネを着陸させられるくらいの地面ができたので、船はそこに静かに降りてゆく。降りてゆく先に人影が見える。


『はよう来い。魔女の一撃で蟲機共は始末したしの』

『ラトゥーア、お前腰悪いのか』

『はぁ?何を言っとるんじゃススムは』

『魔女の一撃って、ぎっくり腰だぞ』


 その人影は幼女の姿だった。幼女は、ひどく赤面していた。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る