第23話 悪鬼


 藩陽の地下、菌体でできた秘密基地に俺たちはいざなわれたわけだが、そんなところでもムシコロンはまだコイルを巻いている。何故か哪吒まで真似し始めた。


老师せんせい、機械巻きすればいいだけだろうに何故手で?』

『単純な機械巻きより威力を上げたいからな。いろいろあるかもしれないがまずは巻け』

『はぁ』


 哪吒は半分納得半分諦めといった感じで、コイルを巻き始めた。高出力の核融合炉ジェネレータからの電力供給でコイルガンを連射できれば、確かに威力は期待できそうな気もしないでもないが。


「変なことはじめてるな」

「船の中でもやってたけどな」


 俺たちも半分呆れてはいるが、暇つぶしにはなるだろうし、それだけではなくあいつの対策にもなる。俺は先程の話を思い出す。



『それで、ここにいるのはどうしてだ紫萱ツィシュアン?』

「息子を人間に戻すためです」

『蟲化病だったのは記憶にあるが、そこから何がどうやったら昊天ハオツィエンが哪吒に組み込まれるんだ?』

「蟲化病とはどんな病気です、老师せんせい?」

『それは、人間の体表を中心に身体組織が蟲の組織になる疾患だ』


 紫萱ツィシュアンはわずかに首を振る。


「それだけでは老师せんせいに合格点をあげられませんね」

『む。そちらのことか。蟲の組織というのは一種のでもあるということか?』

「そうです」

『蟲化病が進行した人体は、蟲機の演算部になる。それはそういうことだというのも知ってはいる』

「そうです。蟲化病が進行した人体は演算部として有用なのです」

『だからか!昊天ハオツィエンを哪吒に組み込んだのは!だが、それはおかしくないか?』


 ムシコロンが首をかしげている。おかしいってのはなんのことだ?


『蟲機の演算部になるような末期症状では、人間の心など残っていないだろうが。昊天ハオツィエンは人間の記憶をしっかり持っているぞ』

「私が止めました。神経系の虫化は完全に抑えられます」


 マジか。それ治療に十分使えるやつだろ!?


「もっとも身体についての虫化は止められません。一度神経だけ取り出して体を再構築しないとなりませんね」

『そんなことができるとでも?』

「ロシアに面白い研究者がいるのはご存知ですか?」


 ムシコロンが驚いたようなそぶりを見せた。


『!!まさか!あのか!?あの技術が完成しているのか!?』

「ええ。ですが、彼女は行方不明です。生きていたとしてもかなりの高齢だと思います。技術の方を得られるかどうか……」


 また変な奴が出てきたな。


『母さん。それに加えてここでやってること老师せんせいに教えてあげなよ』

「そうですね。私がやってるのは、冬虫夏草とうちゅうかそうの解析です」

「冬虫夏草??」


 キリュウが怪訝な顔で聞いてくる。紫萱ツィシュアンがその冬虫夏草を取り出すと、女性陣が悲鳴をあげる。


「うわぁああ!!?な、なにこれ!?」

「ムシからキノコが生えてる!?」

「不思議だねー」


 ミナは平気そうだ。俺もちょっと気持ち悪い。これなんなんだよ!?


「蟲機はその構成ゲノムの多くを、昆虫のそれを使っています。つまり虫の弱点は、蟲機の弱点でもあるのです」

『ネオニコチノイドも効果があるしな』

「はい。そこで私はいま、蟲機を殺すための菌を開発しています。成功すれば……」


 それはすごい。もし成功したら、あの地上の蟲機はすべてこの昆虫の死骸と同様になるということだ。俺たちが地下で過ごす必要もなくなる。


『なるほど。だが紫萱ツィシュアン、蟲機は厚い装殻に覆われている。装殻は簡単には抜けないぞ』

「装殻を私たちが抜く必要は無いのです。そちらについては別の手があります」


 紫萱ツィシュアンの顔が、かなり怖かった。何を考えているのだろうか。


「とにかく、研究の成果が出たら私たちも蟲機に対抗できると思います。ですが、それにはすでに感づかれているようです」

『やれやれ。勘のいい奴は嫌いだな』

「特級蟲機がこのあたりをうろついているのはそのためだと思います」

『そう。それもよりによって爆裂甲虫ボンバービートル老师せんせい


 そんなに強そうには思えないんだがな。その名前だと。


『グレンデルかひょっとして?!』

老师せんせいたちはそっちの呼び名の方が分かりやすいか』

「グレンデルってどっかの国の鉄の巨人だろ?北欧神話だったか?」


 ノジマがそんなことを言い出した。なんで神話の名前が出てくるんだ?ムシコロンが返答する。


『ベーオウルフだ。あいつがこのあたりにいる限り俺たちも反攻できない。そこに老师せんせいがきたのは想定外だった』

『敵の増援と思われたわけか……』

「ともかく、ここは確実に狙われているのです。そしてグレンデルでしたか、を中心にした蟲機を殲滅しないとこの先には進めないでしょう」


 なるほどな。状況は理解した。そしてムシコロンと哪吒はコイルを作っている、とまぁそんな状態である。


「しかしグレンデルってやつ、そんな頻繁にくるのか。そもそも強いのか?」

『……強い。俺だけじゃ勝てなかった』

『哪吒でも厳しいとなると、本気を出さないとならぬか』

「また修理しろと?ムシコロン、いい加減に一度完全に修復しないと、壊れますよ完全に」


 ミコトが冷たい目でムシコロンを睨んでいるのを見て、どうやらムシコロンは震えているようだ。


『そうは言ってもだな、哪吒が勝てない相手に縮退炉抜きで勝てるとでも?』

「なら別の方法を考えなさい」

『厳しいことを言うな。仕方ない、やはりこいつを完成させるか』

 コイルガンの試作が大体終わって、試射したいなとムシコロンたちが言っていると、突然地面が揺れた。


「な、なんだ地震か?」

「地震じゃないです!爆撃で攻撃しています、この付近全体を!」


 紫萱ツィシュアンが叫ぶ。俺たちと哪吒はは外に飛び出すように出撃する。果たして、そこには黒光りする身体の巨人がいた。巨人の身体から、無数の閃光と共に何かが飛び出し、周囲を破壊していく。


「なんで威力だ!無数の爆弾かよ!」

『早速こいつを喰らわせるぞ!』


 ムシコロンがガドリングを構え、コイルへの通電を開始している。


「多連砲身!ムシコロン・コイルガドリング!!」

『反動ない分命中精度は低くはないぞ!』


 俺たちの叫びとともに、コイルガンの弾丸が巨人の身体に吸い込まれ、爆発する。


『やったか!?』

「フラグ立てるな昊天ハオツィエン!」

『タケルの言う通りだ!あれは爆裂装甲だ!素体にダメージは通ってないぞ!』


 爆炎のなかから巨人が突っ込んでくる。その速度は巨体に反してかなり素早い。俺たちは巨人にコイルガンを投射するが、当たっているのに効いていない。爆裂装甲がダメージを殺してしまうからだ。無数の爆発が俺たちを襲う!


『かわしきれない!』

「気合いでかわせ!」

『無茶苦茶いうな!!距離を置くぞ!」


 グレンデルの恐ろしさに俺たちは徐々に気がつかされる。どこまで俺たちを追い詰めるのか、この悪鬼は。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る