第2話 逃げ出した先で。

吹き抜けの天井は高く、月明かりがステンドグラスをすり抜けて辺りを照らす。

本棚が連なるそこはこの学園の図書室であり、私にとっての休息の場所だった。

私はいつもの場所へと急き立てられるように歩いていく。

一般書の棚をさらに進んだ図書室の奥、一部の生徒を除いて立ち入りが制限されている禁書の棚に囲われた場所に彼はいた。


「…アルフィ、こんばんは」


私は彼に声を掛ける。


「おかえり」


ぼそり、と彼は目を合わせないまま答える。

彼は王族の正装に身を包み、ワックスで前髪をオールバックに上げていた。


「待っていてくれたんですか?」


らしくない彼の姿は、おそらくクリスマスパーティーに出席するためのもの。

彼はいつもの席に座ってこそいるが、いつも広げている本はなく、机の上は綺麗なままだ。


「…ここが落ち着くだけ」


彼は顔を逸らしてぶっきらぼうに答えた。その様子を見て合点が行く。


「見てたんですね」


「…うん、ごめん」


彼が申し訳なさそうに俯くものだから、急に肩の力が抜けてしまった。


「ふふっ、貴方が謝る必要ないですよ」


私は彼の優しさに頬が緩む。


「…けど、ルーカスは僕の弟だから」


「もしかしたら、本当に私がフレアを殺そうとしたのかもしれませんよ?」


私が冗談めかして言えば、彼は慌てたように首を振った。


「君がそんな事するはずない!」


「…ありがとうございます」


もしかしたら、私がルーカス皇子に振られるところを見て、心配してここに来てくれたのではないかと自意識過剰にも自惚れそうになる。

机に置かれたランタンの灯が揺らめく。

僅かな沈黙とともに、私は彼の隣の椅子を引いて腰掛けた。


「そういえば、靴をありがとうございました。踊る機会はありませんでしたが、凄いですね…全く足が痛くなりませんでした。」


「あ、ああ…いや、まあ…痛くならないように設計したし…その…魔法陣を組んでおいたから」


彼はボソボソと言い訳じみた説明をする。

なるほど、魔術だったのか。私はヒールを履く機会が少なかったため、すぐに足を痛めてしまうことを彼に相談したことがあった。

そして、この靴を頂いたというわけだ。


「靴に魔法陣…聞いたことがありませんでしたが、おまじないのようですね」


「そうだね…おまじない…かな…うん…あの、レン。帰るまででいいから、その靴は絶対に脱がないでね?」


「ええ、帰宅するまで脱ぐことはないと思いますが、なにか理由が?」

彼は困った顔で笑い、話は終わりとばかりに私の質問には答えず書棚へと向かった。アルフィは本棚から数冊の本を物色し始める。

ランタンから橙の光が四方に広がり、暖かな色が包み込む。



ーーガタガタガタ…!



突然、大勢の足音が近づいて来たかと思えば、数名の騎士団が姿を現した。


「レンフレッド・バルバストルはいるか!」


騎士の1人が声を張って、詰問するような口調で尋ねてくる。


「私になにか御用ですか?」


「フレア・バルバストル公爵令嬢暗殺未遂の容疑で連行します」


騎士が纏う制服は王族直轄の第1騎士団のものだった。

提示された令状には国王陛下の押印がある。


「…わかりました。ついていきましょう。」


「行かないで…っ!」


アルフィが声を荒らげて、力任せに私の肩を掴む。

私は肩を掴むアルフィの手をやんわりと外し、「大丈夫です」とできるだけ落ち着き払った声をつくって答えた。

「大丈夫って…そんなわけ…」

アルフィは困ったように頭を掻きむしる。ルーカスと同じシルバーの髪が乱れる。

髪を乱すアルフィの腕を左手で掴み、右手を手櫛にしてアルフィの髪を撫でつけた。

「アルフィ、私なら大丈夫です」

「はぁぁぁ、もう、ほんと、君って」

私がシニカルに笑って見せれば、アルフィは呆れたと言わんばかりに溜息をつく。

アルフィから1歩距離を取り、踵を返して真顔で騎士団へと向き直った。


「連行してください」


私は騎士団にそう告げて、前に進みでる。

騎士団に後ろ手に腕を掴まれながら、私は図書室を後にした。

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