第2話

「ふぁー…おっきい建物ですねぇ…」


 ウィステリオが広い吹き抜けのフロアを見上げると巨大なシャンデリアと荘厳なステンドグラスが朝の陽光で輝いている。加えて会する教導師たちがそれぞれの宗派の正装を身に纏っている様は壮観だった。


「オイ腹黒神父、なんでワイが折角の非番の日にこんなとこ来なあかんねん!」


 入り口での入念なボディチェックの後、武器をあらかた没収されたハーブ神父は如何にも機嫌が悪そうだった。


「仕方ないだろう?ジュージくんはイサキくんの授業参観のため欠員、シスターチヒロはコトリくんとイサキくんの送迎、お前だけ丁度非番だったんだ」


 サニーフィールド神父はにこやかな表情を絶やさずにそう言った。


「授業参観…?…どこまで所帯じみていくねんアイツ…?」


 ハーブ神父の怪訝そうないいようにウィステリオは苦笑する。ついこの間本気の殺し合いをした者同士、そんな風に思うのも当然かもしれない。


 今日は大陸教導師総会。年一回、各宗派の組織が集う活動報告会だ。


 総会では一組織当たり三人までの教導師が出席を許されており、それぞれの組織の活動内容の報告を通じて、各々の教義の在り方を省み、尊重し合い、切磋琢磨し、親睦を深める会合。


 …と、表向きはそうなっている。


 ここに集まる宗教組織は一様に勢力を争う立場同士、様々な政治的な思惑が交錯するのもまた自明のこと。


 特に主の岬ケイプ・オヴ・ロード静寂の耕地クワイエット・パディランド真正なる河ジェニュイン・リヴァー、というこの大陸における三大宗教組織の対立は否応なく根深い。いつも悠々とした態度を崩さないサニーフィールド神父の口数が少ないのもそういった緊張感の表れにも思えた。


 時刻は開会の時間となり、ひと際大きな音で鐘が鳴らされた。中央の演台から階段状に広がった席に各々正装をした教導師達が着席していく。 


 喧騒もひと段落した頃、ウェーブがかった髪を揺らす一人の女が会場最下部に位置する舞台の演台に上がった。女は皆に向けてにこやかに会釈をしてみせる。


「皆さま御機嫌よう。静寂の耕地の東地区教導師長のイチヨウ・ミタニと申します。僭越ながらここに大陸教会組織総会の開催を宣言させていただきますわ」


 静寂の耕地クワイエット・パディランドの東区の教導師長、イチヨウ・ミタニ。


「あれが…静寂の耕地クワイエット・パディランドの…」


「けっ、何が開催宣言や気取りよる。娑婆では到底言えんようなことしとるきな臭い奴らが」


「…ハーブ神父がそう言うのほとんどギャグですけどね?」


「じゃかあしいわボケ!」


 ・ ・ ・


 イチヨウ・ミタニの報告は用意されたスライドと共に粛々と進められた。


 異変が起きたのは始まって10分ほどたった矢先のこと。徐々に会場の緊張感も落ち着き始めた頃だった。

 

「さて…前・教導師長が不幸にも逝去されてから久しく、早5年が経ちます。今に至るまで新たな教導師長の擁立はなされておらず、ここまで空席の状況が続くのはまさしく異例のこと。これはかつての教導師長の血族がすべて何者かの陰謀により殺された悲劇がすべての発端でした…このような状況は我々も非常に遺憾です」


 ふと、ウィステリオはイチヨウ・ミタニと目があった気がした。気の所為かと思ったが、その後の言葉を聞いて心臓が飛び出そうになった。


「ところで…主の岬ケイプ・オヴ・ロードが我が静寂の耕地クワイエット・パディランドの元大陸教導師長直系の御息女であられるイサキ・パディランドの身柄を確保しているという話を聞きましたが、改めてことの真偽はいかほどでしょうか。主の岬ケイプ・オヴ・ロードの東区教導師長、サニーフィールド神父?」


 突然振られた話にウィステリオは凍り付いた。咄嗟に横目でサニーフィールド神父とハーブ神父に目をやるが、二人とも何か動くような素振りはない。


 すっかり慌てたウィステリオはただただ身を固くするほかなかった。


(どうするんですかサニーフィールド神父…!)


 サニーフィールド神父はゆっくりと席から立ち上がると落ち着き払って言った。


「ミス・イチヨウ。恐れながら、元・大陸教導師長のご息女イサキ・パディランドはマフィアの強襲により不幸にもご逝去されて久しいと先ほどご自身で仰られたと存じますが」


「…下手に誤魔化すと後が苦しいですわよ?サニーフィールド神父?」


 イチヨウ・ミタニは艶然と微笑む。その瞳の中には確信に似た何かがあるように思えた。


 ウィステリオは再度戦慄する。ここまで言うのであれば、静寂の耕地クワイエット・パディランドが何かしらの証拠を掴んでいると考えた方が自然だ。


「ええ加減にせえ」


 見るとハーブ神父も席から立ち上がりイチヨウを威勢よく睨みつけた 。


「ここは報告会やろ?手前の都合でいらん事案ぶちこむんやないで青二才が」


 ハーブ神父の刺すような物言いに場がざわめきだした。だが対するイチヨウも舌戦では負けてなどいない。


「あらあら…随分と威勢の良い聖職者様ですこと?主の岬ケイプ・オヴ・ロードもお里が知れますわねえサニーフィールド神父」


「…あ゛?今なんてゆうたオンドレ…?」


 ハーブ神父が身を乗り出すとイチヨウ・ミタニの側近と思しき二人の黒服の女が咄嗟に演台に駆け寄った。


 しばしにらみ合いが続く一触即発の危険な雰囲気だったが、サニーフィールド神父は眉一つ動かさずに言葉を続けた。


「…ミス・イチヨウ。そのように仰られますが、何か確証はあるのですか?まさか何の確証もなくそのようなことを仰られるのであれば、如何にも由々しきことです。もしも確証があられるならば然るべき場で証言者を立たせて頂きたい。それ以上申し上げることは当方にはありません」


 サニーフィールド神父の答弁は手慣れたものだったが、その横にいるウィステリオは当然気が気ではない。


「然るべき場…ねえ…?」


 イチヨウ・ミタニは片手で二人の黒服を制すると、場を収めるように妖艶に微笑んでみせた。毒花が咲くような、危険な色香がする笑顔だった。


「いいでしょう、その時は相応の落とし前をつけてくださいませね?それぞれの神の御名の元に…」


 イチヨウ・ミタニは口元を不敵に歪ませると舞台を辞した。


 ウィステリオはこっそりと安堵のため息を吐く。ウィステリオが横目でハーブの横顔を見るといつもの様子で尊大にふんぞり返っていた。サニーフィールド神父もいつものにこやかな笑顔を崩してはいない。ここまで平然と隠し通すとは余程肝が据わっている。


 やっぱり主の岬ここは伏魔殿だ…。


 ウィステリオはそんな感想を新たにした。

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