第47話:禁口(きんく)

「…何よ…!二人きりじゃ…無かったの…!?」

 あたしは思わず声を荒らげてしゅんに詰め寄る。

 抑えなきゃ、と思っているのに、自分で自分が抑えきれない。


 数日前に遡る。

「それじゃまた明日な、明莉あかり

 玄関まで送ってくれた瞬は、家と反対方向に足を向けた。

 ここ最近、彼はデートしても早めに切り上げたり、こうして送ってくれた後に瞬の家から遠ざかる道を選んでいる。

「…何だろう…?」

 前にも同じく反対方向に帰っていく瞬を見たけど、気にしないでいた。

 けどこう毎回だと気になってくる。

 …まさか、あたし以外の女の子と会ってるんじゃ?


 ある日に気づかれないよう、後を尾けてみた。

「…あれ…?見失っちゃった…」

 同じ場所で見失うなら、その近くに用事があるはずだけど、見失うポイントが尾けるたびに変わっている。

 瞬ってモテるから、たくさんの女の子と会っていても不思議ではない。

 社会に出るまであたしとはとお互いに決めたから、その欲求不満を他の子に求められても仕方ないけど、だからといってとても容認できることじゃない。


 足早にもう少し先へ行ったのかと思って走り去った場所の物陰から白須賀が姿を現す。

「ふう、明莉には悪いけどまだ知られるわけにはいかないからな。次からは遠回りになるけど、家への最短ルート側へ進むか」

 言葉を残して、白須賀は明莉が走り去った方とは逆に足を向ける。

「早くしないと遅刻で怒られてしまう。あのひとを怒らせると怖い」

 遠回りを迫られた白須賀は全速力でダッシュを始めた。


 結局、瞬を見つけられずに家へ帰った。

 見失ったあたりはかなり道が入り組んでいて、後を尾けるには不向き。

「…疑いたく…ないけど…どうしても…気になる…」

 Directの「Shirasoccer」をタップする。

 メッセージを送ろうと思ったけど、通話アイコンに指が導かれる。

 文字じゃなくて、声を聞きたい。

 どうしてあたしを送った後に彼の家から遠ざかったのか、理由を知りたい。

『大丈夫だよ』

『心配ない』

 そんな言葉を聞きたい。

 押そうと指が動くものの、わずかなところで指が止まる。

 押すと決めた指が、画面に到達することはなく、やがて画面は真っ暗に変わっていた。 

「…信じて…いいんだよね…?見捨てられたり…しないよね…?」


 夜、家に帰った白須賀は幼馴染と電話していた。

「もしもし、例の件だけど、話はしてくれたか?」

「おう、彼女も知らない仲じゃないしナ。その日は少しの時間ならいいってサ」

「そうか、助かるよ」

「それにしても、お前の本音を聞かせたら鐘ヶ江のやつショックでぶっ倒れたりしないカ?」

「彼女はそんなにヤワじゃない。意外に思うかもしれないが、芯は強い人だ。彼女のためでもあり、俺のためでもある心の内を聞かせてあげたい」

「そうかヨ。けど知ってて黙っているのはなかなかモヤるもんだナ」

「そう思ったからこそ、進めていた準備期間の間は教えなかったんだ」

「あと数日の話だからマシと言えばマシだったカ」

「それじゃ、当日は頼んだぞ」

 幼馴染との通話を終えて、別の通話を始めた。

「ああ、わかった。少しの時間なら付き合ってる彼女も聞いてくれるだろう。何しろお前の彼女にとって唯一無二の親友だしな」

 事情を説明して納得した相手は、そう返事した。

「しかし早すぎないか?まだ半年程度の付き合いだろ?」

「これ以上時間稼ぎして状況が変わりそうならそうしてるさ。俺の心はもう決まった。証言者として立ち会って欲しい。俺の親友とその彼女も来る予定だ」

「わざわざ証言者を付ける必要なんてあるのかよ?お前の彼女が泣き崩れても面倒見きれないぜ。用事が済んだらすぐ行くけどいいのか?」

「ああ、それでいい。それはそうと、まだ一ヶ月たらずだけど付き合ってみてどうだ?」

「お前の言った意味がやっと分かったよ。自分の本質すら変わっていってるのがよく分かる。初めはあまり乗り気じゃなかったけど、今は側にいて欲しいと思うよ」

「そうか。彼女を大切にしてくれよ。それと、態度ではなく言葉でも気持ちはしっかり伝えた方がいい。気を損ねると後が面倒だからな」

 白須賀は通話を切る。

「これで舞台は整った。後は…」

 テーブルの上に置いた包み紙を纏った物へ目線を送った。

「明莉…俺もしっかり伝えるからな。俺の決意を」


 ホワイトデー。

 ちょうど周辺校との合併が決定した日。それを創立記念日に指定されたこの日は、瞬とデートする予定だった。

 けど、あたしは知らなかった。

 この日、一生忘れられない衝撃的な出来事が待っていることなど。


「…少し…早かったかな…?」

 腕時計の時間を見る。

 待ち合わせは10時。

 今は9時40分。

 瞬と会うのが楽しみすぎて、待ちきれなくなり家を早く出てきた。

 今日はあたしの誕生日にしてホワイトデー。しかも創立記念日だから、一日中二人きりでいられる。

 体の接触…前みたいに瞬の全部を受け入れるのは止めることになっているけど、手をつないだり、キスしたり、裸で抱きしめ合うだけでも十分に幸せを感じることができる。

 瞬がそれで満足してくれるかはわからないけど、お互いにそうしようと決めた。

 ソワソワする体を、なんとか抑え込んで待ち合わせ場所に立っている。

 思わずキョロキョロと探したくなる衝動とも戦って、抑え込む。

 周りから見て、シャキッと佇んでいるように見えているか心配している。

 早く…早く来て。


 逢いたい。


 早く…。


「おはよう。待たせたな、明莉」

 待ち合わせ場所にある時計台を一瞬だけ確認すると、9時47分を指している。

「…瞬…おはよう…」

「早く来ていたんだな。待たせてごめん」

「…ううん…勝手に早く来ただけだから…」

 逢いたかった人と逢えた幸せを噛み締めて、あたしはその場に佇んだままでエスコートを瞬に任せる。

「行こうか」

「…うん…」

 瞬が向けた足の方へあたしは付いていって、横に並んで歩く。

 すぐに手をつながれて、恋人気分に浸る。

 街中はホワイトデー色に染まっていて、パステルブルーがあちこちに散りばめられていた。

 バレンタインデーの時は街が金赤に染まって女子たちが浮足立つけど、パステルブルーに変わると途端に男子たちがホワイトデーを意識し始める。

「…そういえば…ホワイトデーのお返しは…どうしたの…?」

「ごく一部は残ってしまった。昨日明莉も見たと思うけど、Directのグループチャットで俺の席に呼び出して、入ってない人やスルーした人については直接持っていった。それでも配り損ねた人がいて、明日に全部返し終わる予定だ」

「…あたしが止めれば…そうならなかったんだよね…?」

「今になって思えば、あの場で明莉が拒否したら女子たちから明莉への風当たりが強くなったかもしれない。適度なガス抜きになったと考えれば、結果的には良かっただろう」

 そう…だった。そういう可能性もあるよね。

 まだ肌寒い風が吹き抜けていて、つないだ手の温もりが心にまでじんわりと沁み込んでくる。

 あたしが好きになった人があたしを好きになってくれたこの奇跡に感謝したい。

 優愛ちゃんも塔下先輩と付き合ってはいるけど、先輩からはまだ言葉で好意を示してくれず、片思い状態が続いているらしい。

 その辺は瞬も気にしてくれていて、昼休みはたいてい塔下先輩と一緒に食べながら優愛ちゃんとうまくいくよう働きかけてくれている。

 学校ではイチャイチャしないと決めて、瞬が休み時間に他の女子と過ごしていても口出ししないってことで瞬と話し合ったけど、決めた時に限ってそうはならないのが不思議に思える。

 二人でウィンドウショッピングを楽しんで、見たものや聞いたことをどう感じたかお互いに気持ちを交換した。

 こうしてお互いのことを知り合って仲良くなっていくんだろうな。

「そろそろお昼にするか」

 お手頃なファミレスに入って席に座る。

「こちらへどうぞ」

 フロアスタッフに誘導されて、二人がけソファ席に腰を下ろす瞬。

「…少し…お手洗いに…」

「ああ、行ってらっしゃい」

 席に座ったままの瞬は、手に提げていた小さなバッグにある中身へ視線を送る。

「明莉、どう反応するかな?」

 待っている間にDirectで二人にメッセージを送って予定どおりに集まることが可能であるかを確認する。

『問題ない。けど彼女が泣き出したら面倒見きれないからな』

『彼女が少しの間だけでも二人きりでなくなることを心配してるけど、いいのか?』

 と返事がきた。

 どちらとも「うまくやる」と返事する。

 ほどなく、本日の主役がお手洗いから戻ってきた。


「…美味しいね…」

「明莉と一緒だから、何でも美味しく感じるよ」

 専用工場で作ったものを冷凍して出荷されたものを、お店で温めて出しているだけの運営だということは知識として分かっているけど、それでも特別に美味しく感じるのは事実。

 何を食べるかは重要じゃなくて、誰とどう食べるかが重要なんだと思えるひとときだった。

 好きな人と過ごす時間は、それ自体が特別と実感する。


「…次は…どこに行くの…?」

「もう決めている」

 そう言って、少し離れた大きな公園に足を運ぶ。

「3月になってもまだ寒いな」

 周囲の植え込みは常緑樹以外が枯れ木のような様子で冬の眠りについている。

 あちこちに遊具はあるけど、この寒さでは子どもたちの姿もない。

「…どうするの…瞬…?」

「そろそろか」

「…え…?」

「よう、時間どおりだな」

「まあナ。そこのカフェで時間調整してたんダ」

「こんにちは、鐘ヶ江さん」

 突然現れたのは司東しとうくんと、その彼女さんだった。

「待たせたな」

「え?もしかして明莉?」

 そして後ろからは塔下先輩と優愛ちゃんまでもが合流する。

 時間どおり…待たせたな…って、もしかして最初からこのつもりで今日の予定を組んでた?

「白須賀くん、説明して。今日が何の日か分かってるよね?」

 優愛ちゃんは不機嫌そうな顔で問い詰める。

「…瞬…どういうことなの…?」

「明莉を驚かせようとして、六人で集まることにしたんだ」

 いつもの余裕なすまし顔で返す瞬。


 …嫌…せっかくのホワイトデーにして、あたしの誕生日。

 二人きりで過ごせると思ったのに、それが崩されてしまう。

「…どうして…何も言ってくれなかったの…!?今日が何の日か…瞬は知ってるはずでしょっ…!?」

「知ってるさ。明莉の誕生日だろ」

「…だったら…なんで二人きりじゃなくしたの…!?あたしは…瞬にさえ祝ってもらえれば…それが最高の日になるんだよ…!!あたしのことなんて…どうでもよくなっちゃったのっ…!?」

「そういうわけじゃない。むしろ…」

「…最近の瞬…あたしを家まで送った後…こっそり誰かと会ってるみたいだし…社会に出るまで…って決めたし…こんな面倒くさいあたしに…嫌気が差したんでしょっ…!?」

「それはっ」

「…もう無理なら…無理って言ってよっ…!!隠されてる側の気持ちなんて…瞬にはわからないでしょっ…!?いつも予想を飛び越えてきて…驚かされてばかりだけどっ…あたしは…隠されてるのが…寂しいのっ…!!」

 司東くんと彼女さんに塔下先輩と優愛ちゃんは、事情がわからずに黙ってみているだけだった。

「…どうして四人を呼んだのっ…!?二人きりでいるのが嫌になったなら…そう言ってよっ…!!瞬は確かにすごい…あたしなんかじゃ…とても考えつかないことを平然とやってる…けど…隠し事されて…どれだけ傷ついてると思ってるのっ…!?」

「それは悪かったと思う。だけど今回は…」

「…そうやって先回りした言葉をかければ…許されると思ってるんだよねっ…!?あたしを手玉に取って…内心チョロいと思ってるんでしょっ…!?」

「何だよ!!今日に限ってどうしたんだ!!?明莉らしくないぞ!!」

 珍しく声を荒げる瞬。

「…あたしにだって…分からないわよ…けど止められないのっ!!隠さないで…本当の気持ちを聞かせてよっ…!!」

「今日は本当の気持ちを聞かせるために集まったんだ!!何も聞かないまま一方的に決めつけて騒ぎ立てるなよ!!」

「…だったら…はっきり言ってよ…!!こんなあたしじゃ…物足りないんでしょ…!?」

「そんなこと言ってないだろ!!だから決めつけなと言ってる!!」

「…余計なことを言わなければ…表面上は無難にやり過ごせると分かってるからって…瞬は言葉足らず過ぎるよっ…!!」

「そこまで言うか!!ずっと喋らなかった明莉が言うことじゃないだろ!!?」

「何よ!瞬なんて…瞬が原因で…!」

「明梨が原因で…!」


くせして!!』

 

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