02 ENDmarker 2.

 煙草型の吸入器を、吸った。

 気休め程度の、ミント味。

 煙。

 消えていく。


「よお。肺の調子はどうだ?」


 結婚式場の、外に張り出したロビー。


「おい。新郎が会場抜け出すんじゃねえよ」


 相棒。

 白いタキシードの上に、長めの黒いコート。新郎であることが、ぎりぎり分からないぐらいのカモフラージュ。


「おれにとっては、あそこにいる誰の命よりも、君の命のほうが大事だからな」


「おい新郎。俺のことはいいから嫁を愛せよ」


「やだね」


 ときどき、仕事を一緒にやる仲だった。


 自分は、死に向かって突っ走る。死にたいのだから、当然のことだった。物心ついたときから、基本的に、死にに行っている。


 相棒は、運動神経のない自分と違って、よく動き、よく反応できた。だから、死地から必ず戻ってくる。ただ、高度に倫理的な判断ができなかった。


「結婚だって、したくてしたわけじゃない」


「おい」


 こんな感じ。倫理的だったり情緒的だったりする決断で、意外なほどに脆かった。自分を助けるのも、目の前で人に死んでほしくないという、よく分からない理屈のせいらしい。


「わからないよ、おれには。おれよりも君のほうが結婚とか恋愛に向いてるのに。君は恋人と別れて、そしておれは、結婚する」


「そういうもんだよ」


 恋愛は、人と人。複雑だったり単純だったりする。器量や人格があるからといってうまくいくわけでもないし、ばかやろうが損をするわけでもない。


「おれは。理不尽だと、思うよ」


 相棒。隣に座る。


「自分が幸せなことがか?」


「君が死にに行くことがさ」


「俺は、身軽だよ。恋人とも別れて、これで、本格的に死ねる」


 前の仕事で、炎の中に突っ込んだ。相棒から助け出されたとき。身体の外側には何もなかったが、肺がやられていた。細胞幹培養を基礎に移植しないと、呼吸ができなくなって死ぬ。


「このまま移植しないで、死ぬのか」


「それもいいな」


 次の仕事あたりで死ねる。そう、漠然と思っている。


「移植を受けろよ。君がいないと、おれはいやだ」


「その愛情は、俺ではなく嫁に向けるんだな」


 相棒にも、愛する人がいて。家庭がある。そう思えることが、ちょっとだけ、嬉しかった。自分が死んでも、相棒は生きていける。


「君が死んだら。おれは、彼女と離婚する」


「おい」


「これは効くだろ?」


 相棒。隣。無表情。


「君が移植を受けてくれる方法を。死なないでいてくれる方法を。おれなりに、考えたんだ」


「それが、この結婚か」


 やられた。


「君は、自分が死ぬことで他人に迷惑をかけたくないと、思っている。だから、君が死ぬと、おれが迷惑になる方法を、考えた。考え続けたよ」


「俺は」


「君の命だ。たしかに、君の自由に使える。だけど、おれは、君が死ぬことに。耐えられない」


「だからって、そんなことで結婚ができんのかよ」


「できるよ。君のためなら、なんだってできる」


「まるで、人質だな」


 煙草型の吸入器。ひとつ取り出して、吸った。


「おれにも、一本くれ」


「ただのミントだぞ」


「くれよ」


 自分が吸っているのを、奪われる。


 相棒。吸って、煙を吐く。


「喉が、すっきりする」


「ミントだって、言っただろうが」


「死ぬなよ」


「お断りだ」


 それ以上、言葉は要らなかった。


 相棒の吸っているのを、奪って。


 吸い直す。


 気休め程度の、ミント味。


 煙は、空にゆっくりと。


 消えた。

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