第18話 僕の姫様、今日はお気に召すまま、参りましょうか?

 窓から差し込んでくる眩い日の光で目が覚めた。

 私はきれいにベッドの上に寝ていて、シーツまでご丁寧に肩まで掛けている。

 それも一人寂しくだ。

 おかしい……あれ?

 昨日の夜のアレは夢だった?


 起き上がり、ふと気配に気づいてそちらを見やるとアンドレが一心不乱に大斧を素振りしている。

 そんな大得物を室内で振り回したら、危ないんじゃないのと思い、声を掛けようとして彼が一心に何かを呟きながら、素振りをしているのに気付いた。

 『メルと俺はピュアな関係であって』『そういうのはもっと……』みたいなことを呟いているようで。

 じゃあ、昨日の夜の出来事は夢ではなかったんじゃない!

 出来事を思い返すと恥ずかしくて、顔が熱くなってくる。これだけ熱いと顔は真っ赤なんだろうなと思いながら、アンドレを見ると向こうも私を見つめていて、視線が絡み合った。


「お、お、おはようございます、メル」

「お、お、お、おは、おはよう」


 二人とも完全に挙動不審の奴にしか見えない。

 こんなのが騎士団で要職にあったなんて、知られたら色々とまずいことになりそうだけど、もう辞めているから問題ないよね。


 🏨 🏨 🏨


 ぎこちない動きで着替えを済ませた私はカラクリ人形のようなカチコチした動きで朝食を済ませると部屋に戻って、また着替える。

 さあ、今日も頑張ってダンジョンへ行こう! で着替えた訳ではない。

 今、着ているのは冒険用の旅装ではなく、防御力なんて欠片もない薄い生地の白いブラウスにネイビーブルーのフレアスカートだ。

 長めで膝下まであるので肌見せの心配もないから、安心して街に出れるというものだ。


「そういう格好のメルは新鮮で……いいですね」

「そういうお前もかっこいいじゃない?」


 アンドレは長い足を革の黒いパンツに収め、ダラッとした長いシャツが気怠い雰囲気を漂わせていて、普段と違う様子に心拍数が上昇して、どうにもならない。

 そう珍しく、緊張しているのだ。

 この私が。

 だって、これデートじゃない? デートでしょ? デートだよね?


「デートなの?」


 やってしまった。

 つい心の声を出してしまうなんて、修行が足りないわ。


「デートですよ。騎士団やめたのに毎日、ダンジョン潜るなんて、ナンセンスじゃないですか? 今日は休みだから、デート日和というもんです」


 きっぱりと言い切った割にアンドレの顔は赤いから、彼だって相当恥ずかしいんだろう。

 お互い、ずっと騎士団にいて、デートどころか、付き合うなんて遥か彼方の夢幻だった訳だから。


「そう……なの。デートなんだ、そうデート!?」


 デートって、好き合っている人同士がお買い物したり、お食事したりするアレだよね。

 アレってことは私とアンドレはやはり、お互いに好きで想い合っているということでいいんだよね?


「つ、つまり、私のことが好きなの?」


 あぅ、また心の声が出てしまった。

 そうじゃないでしょ、私。


「ずっと昔から、メルのこと好きだって言ってましたよね。忘れたんですか?」


 忘れていない。

 忘れていないとも。

 あの頃はまだ、二人とも子どもだった訳で。

 男の子として育てられた私だけど、アンドレに大きくなったらお嫁さんになりたいとか言ってたのはどこのどいつって言いたいくらいだ。

 アンドレの奴もたいがいだよ、大きくなったら騎士になってメルをお嫁さんにするとか、言ってたんだからね。

 どの口が言っていたんだって、声を大にして言いたい。

 あの頃のアンドレはかわいかったから……実のところ、今でもかわいいんだけどね。


「わ、私の方が昔から、好きだったから。私の勝ちだ」

「勝ちとか、負けとかないと思うんですよ。それじゃ、僕の姫様、今日はお気に召すまま、参りましょうか?」


 宮中の舞踏会さながらにエスコートしてくれようと手を差し出してくれるアンドレに心拍数はさらに上昇していくんだが。

 ええい、心臓が持たないじゃない。

 お互い、頬を赤らめながら、手を取り合って出かけるもんだから、宿のお客さんや女将さんの生温かい目が……辛い。


 🏙 🏙 🏙


 舞踏会なんて、滅多に出たことがない二人な訳でぎこちない動きのまま、連れていかれた先はブティック。

 冒険者の町だから、都や州都みたいに最先端のファッションはないようだけど、元々女の子らしいファッションしたことなかった私にとっては見ているだけでも楽しいものだ。

 それが好きな人と一緒に見て回れるのなら、こんなに幸せなことはない。

 アンドレは楽しいのかな?女物の服を見ても楽しくないだろうに。


「なあ、アンドレ。私は服をいつまで見ていても飽きないがお前はつまらないのではないか?」

「目をキラキラさせて、服を見ているメルを見ているだけで幸せですよ」


 尊いね。

 この子、尊い。

 尊すぎて私が死ぬ。

 アンドレはもしかしたら、アレか。

 私が死ねと言ったら、死ぬかもしれない。

 気を付けよう。


「この店を出たら、次はアンドレの欲しいものを見に行こう」

「え? 欲しいものは目の前にあるから、いいですよ。メルは好きなだけ、ここにいてもいいんです」

「欲しいものが目の前って、そ、そういうの禁止だからっ」


 スカイブルーの美しい瞳に射抜かれて、欲しいものとか囁かれたら、おかしくなりそう。

 本当、心臓がドキドキし過ぎて、どうにかなってしまいそうで。

 これは私だけなのだろうか。

 アンドレは平気なんだろうか。

 気になってしまって、気に入った服を選んでいる振りをして、チラッとアンドレの様子を窺うと心臓の辺りを押さえて、目が泳いでいるようだった。

 なんだ、アンドレもドキドキしてるんじゃない。

 そう思うとちょっと楽な気分がしてくる。


「じゃあ、アンドレ。次はお前が食べたいもののあるお店に行こう。駄目かな?」


 いつもしないようなちょっと上目遣いで彼の空色の瞳を見つめると私の顔がそこに映っているような気がして、何だか幸せな気分に浸れる。


「そ、そ、そういうの反則ですよ。分かりました。行きましょう」


 やっぱり、アンドレはかわいい。

 あの頃と違って、大きくなって凛々しくなって、何だか、頼りがいのある男になってしまったけど私達の関係は変わっていない。

 変わるとしたら、その時の私はどうなっているのだろうかと想像してみるが家でおとなしく家事をこなしている自分がありえない気がしてくるのはなぜなんだろう。

 まあ、いいさ。今はこの関係が幸せなんだから、楽しもう。


 それから、アンドレが好きな魚料理を食べに魚料理で有名なレストランに行ったり、二人でアクセサリーを見て回ったりと一日、のんびりと楽しめるだけ楽しんで休日を満喫出来たのだった。

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