第19話 煽り耐性はありません

 屋上で二人の話を聞いた後は、休み時間の度にリムがクラスメート達に囲まれていた為、良太は比較的静かに過ごす事が出来た。


 授業中のリムは意外にも真面目に教師の話を聞いているようで、正面を向いたまま何事か頷いたりしている。


 本当に勉強が嫌いなのだろうか?


 リムの机を覗き見ると、ノートには良太の知らない文字が書き記されていた。


「頭は良さそうなんだよなぁ……」


「当たり前ですっ! 姫様は魔界でも百年に一人の才女。魔法で言語は翻訳されておりますが、文字は自身で翻訳されたのですよ」


 ぼそりと呟く良太の背後で羊が補足説明をしてくれる。そんなに頭が良いのに、なぜ勉強嫌いで家出するのか良太は不思議でならなかった。 


「って、羊。お前ずっとリムについてまわるつもりなのか?」


「ええ、もちろんです。私は姫様の傍を肩時も離れるつもりはございません。もちろん入浴も寝所も一緒ですっ!」


 どうしてこんな奴が執事をやれているのかも不思議だ。とはいえ昨日はリムに追い出され、朝方リムの部屋の前で寝ていたようだが……。 


 リムが静かに勉強に集中しているので、良太も静かに柊の背中を見つめる。


 お前も勉強しろよと、頭の中の真面目な部分がツッコミを入れてくるが、今の良太は柊がどう考えているのか気になって授業に集中が出来ない。


 教師の言葉などほとんど耳に入らず、視線を向け、あまり見ているのもおかしいだろうと逸らしたりを繰り返しながら頭を抱えているのだ。


 一番後ろの席でなければ他のクラスメートに不信がられたことだろう。


「良太君は、あのメスに好意があるのですか?」


「のわあぁぁあぁああっぁあっ!!」


 耳元で囁くような言葉が聞こえ、驚いた良太は勢いよく立ち上がり、普段は出ないような声を教室内に響き渡らせた。


「どうした浅野。何か言いたいことでもあるのか?」


「あ、いえ、なんでもないです」


「静かにしてなさい。今やってるところはテストに出すからな」


「……すいません」


 当然のように注意され、クラスメートからはクスクスと笑い声も聞こえる。悪目立ちしてしまった良太は顔を赤くして座り込む。


「羊、いきなり変な事言うんじゃねぇ」


 教師が背を向けるの見届け、背後にいるであろう八木へと小声で話しかける。


「……いきなり大声を出すものですから私もびっくりしましたよ。気が触れてしまったのかと……」


「お前あとでおぼえとけよ……」


 姿も声も良太とリム以外には聞こえない。それで調子を良くしているのか、小声の良太とは違い普通に八木は話しかけてくる。


 今は歴史の授業、先ほど注意してきた教師は特に厳しくて有名だ。


 次に注意されれば、放課指導室に呼び出されかねない。 


「それで。あのメスが好きなのですか?」


「この状況で聞いてくるんじゃねえよ……」


 良太の事情など気にも留めていない八木は、顔がくっつきそうな距離にまで近寄ってさらに問いかけてくる。 


「私気になった事は出来るだけ早く知りたいものでして……」


「少し黙ってろ羊」


 授業に集中できない良太だが、これ以上は目立つわけにはいかないのだ。


「なぜですか?」


「……」


 右側でパタパタと飛んでいる八木が耳元で質問するが、良太はそれを無視することに決めた。


「すっと答えるだけなのに」


 今度は左側だ。余程暇なのだろう。だが我慢するしかない。


「恥ずかしいのですか?」


 また右。一言問いかける事に八木はくるくると良太の周りを回る。


「別に良太君があのメスを好きでも私は馬鹿にしませんよ」


「……」


 なんとか助けてもらいたくてリムの方へと視線を送るが、彼女は真面目に授業を聞いていて、良太の方に気づかない。


「ああ……思春期というものですか」


「……うるせえぇぇぇぇぇぇっ!! ……あ」


 無視をする良太の頭の上に座ると八木が、勝手に納得をした。


 バキッ! 


 先ほどからのイライラがピークに達した良太の手の中で、鉛筆が二つに折れる。そして声を上げてハエを追い払うかのように両手を振り回す。


 その抵抗を軽やかに躱す八木がニヤリと笑うのを良太は見た。


 先ほどと同じように周囲の視線が良太へと集まる。


「よほど私の授業がお気に召さないようだな……浅野、あとで指導室にきなさい」


「……はい」


 授業終了のベルが鳴り、教師の言葉に小さな声で返事をする良太だった。


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