翌朝

 朝、電車に揺られている僕は憂鬱だった。

 単語帳をめくるも全く頭に入って来ない。

 理由は、昨日ミスターコンで口走った言葉の数々だ。


(なんであんな事言っちゃったんだ……)


 『あの自分』になると少し気が大きくなるというか、自信に満ち溢れてしまってテンションがおかしくなってしまうのだ。


 昨日の夜は思い出してずっと部屋で一人のたうち回っていた。


 はぁ……、張替もあんなイタいのドン引きだろうな……。


 ふらふらと電車から降り、通学路を歩く。

 ……やっぱりめっちゃ見られてるな。

 前髪の隙間から周りを見ると、周囲の人たちは僕を見てこそこそと噂話をしていた。


 昨日のミスターコンでの暴れぶりは良い意味でも悪い意味でも目立ったようだ。


 そんなふうに見られながらも学校につき、教室の前まで来た。

 大きく深呼吸する。

 意を決して教室のドアを開けた。


 開けた瞬間、一気に教室は湧き上がり、皆が僕を見て駆け寄ってきた。


「昨日はすごかったよね!」

「奏雨くんって、あんなにイケメンだったの!?」

「なんでいつも顔隠してるの?」

「お前あんな歌上手いのかよ!」

「めっちゃカッコよかったぞ!」


「え、ええっと……」

 矢継ぎ早に質問されて僕がたじろいでいると、その時、張替から助けが入る。


「はいはーい、皆、そろそろ準備の時間だよー!」

 そして僕の手を掴んで教室の外へと引っ張ってくれた。


「ふぅ……、大丈夫?」

「あ、ありがと張替……」

 僕がそう言うと、張替は「ん?」と首を傾げた。


「ねぇ、昨日みたいに恋羽って呼んで?」

「き、昨日はちょっとアレだったから……」

「ね、早く」


 顔を背けるも、張替は回り込んで顔を覗き込んでくる。


「は、早く準備するぞ!」

「あー、照れたー」


 僕が歩き出すと張替は笑いながら隣に並んでくる。

「よし、じゃあ今日はとびきり可愛くするね」

「……はぁ!?」

「昨日、好きに着飾っていいって言ったよね?」

「いや、あ、あれは……」

「言ったよね?」

「は、はい……」



★★★



 文化祭三日目が始まると、メイド喫茶は一瞬で人が溢れ返った。

 恐らく昨日と一昨日の倍は人が人が来てるだろう。

「何か昨日よりも人多くないか……?」

「昨日のハルの女装が大好評で、皆見に来てるらしいよ」

「最悪じゃん……」

 本当に恨むぞ、昨日の僕……。


「一緒に写真お願いしまーす!」

「あ、はーい!」


 呼ばれたテーブルまで行き、笑顔を浮かべて写真を撮る。撮り終えると、お客さんたちは「握手してください!」と言ってきた。

「本当に可愛いですね!」

「あはは、ありがとございます……」

「昨日のミスターコンも見てました!」


 それは一刻も早く忘れて欲しい。


 全員と握手をし終えて見送ると、また別のお客さんに呼ばれた。


「“魔法”お願いします!」

 くっ……!

 やはり来たか……!

 だがしかし、今の僕は昨日と一昨日ずっと“魔法”をかけ続けていたんだ。

 こんなので恥じらいはもう麻痺してしまった。


「それじゃあいきますよ! 萌え萌えキュン!」

「わー! かわいい!」

「ホントのメイドさんみたい!」


 そのお客さん達の褒め言葉を聞いて、僕は満足気にため息を漏らした。


 フッ、完璧だな。

 本職である櫻井にしっかりと教わっただけはある。


 その後も、僕はひっきりなしに指名され続けるた。

 しばらくして一段落すると壁に寄りかかって息を吐いた。


「取り敢えず順調だな……」


 そう、順調だったのだ。

 だからあんな事が起こるだなんて僕は思いもよらなかった。

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