カリスマアイドルが学生寮に引っ越してきて、俺が彼氏になったんだが。

吉田コモレビ

序章 あざれあ荘と愉快な仲間たち

Prologue...

 まばゆ朝暉ちょうきがまぶた越しでも煩わしく感じ、俺は図らずとも目を覚ました。内容をも覚えていないような曖昧な夢に囚われていた脳がだんだんと覚醒し始め、今日という日を認識する。


 そうだ。今日から俺、宮原みやはら夕陽ゆうひは高校二年生だ。

 

 昨晩アイロンを丁寧にかけた、白のワイシャツに腕を通した。ボタンを留めて、六畳ほどの部屋をぐるりと見渡しネクタイを探す。ドアノブに掛かった赤色のそれは、カーテンの隙間から差す光に照らされていた。


 結びながら、しばし思考する。


 高校二年生。アニメやドラマの学生モノの主人公といえば、だいたいこの学年に在籍しているイメージがある。なぜだろう、と以前考えてみたことがあった。結論としては、先輩と後輩が両方できる点、受験や進路に対して、まだナーバスにならずに行事を楽しめる点、修学旅行という一大イベントが秋に控えている点などが、主な理由なのだろうという考えに至った。


 そして俺は今朝から、その輝かしい青春の領域へ足を踏み入れるのだ。


 ネクタイは緩めに締め、紺色のブレザーの前ボタンは開けておく。顔を洗って、髪には軽めにワックスを揉み込んだ。


 えーと、鏡、鏡。


 自分の部屋を出て、寮の共用洗面所へ向かう。幸い、先客は居ないみたいだ。


 寮といっても、俺を含めて五人しか住んでいない小さな寮だ。名前は『あざれあ荘』といって、少々特殊な事情を持つらしい生徒たちが集まっている。先月に俺も、とある事情で引っ越してきた。


「...よし!」


 鏡で自分の容姿を確認し、頬を叩いて気合を入れる。映っているのは、イケメンとひょうしても差し支えないであろう俺の顔。上には柔らかそうな黒髪が、ワックスで少しボリューミーになって乗っている。


 一年生の頃は、全然クラスに馴染なじめなかった。と、いうのも秋頃に転校してきた俺にとって、既に出来上がったクラスの人間関係にうまく溶け込むことは難しかった。


 しかし今日からクラスが替わる。一つの学年につき十クラスもあるから、ある程度人間関係はリセットされるのだ。きっと新たな出会いと青春が、俺を待っていることだろう。


 身だしなみに満足して共用のリビングへ。飯を食わねば青春もできまいと思い、食卓に向かう。先程から鼻腔びこうをくすぐる香りが廊下を漂っているから、笹野ささのてる先輩がクッキングしている頃合いだろう。

 匂いに釣られてじゃないけど、リビングに向かう足取りは早くなる。照先輩は一歳年上イケメンの先輩。この『あざれあ荘』全員分の料理を毎食作ってくれている優しい人だ。


「おはようございます!照先輩!」

「おっ、みやくん早いね〜」


 台所で目玉焼きを焼いていた彼が振り向く。遅れて鮮やかな銀髪がなびいた。ちなみに『宮くん』というのは宮原夕陽の宮、俺のあだ名である。と、いっても現状は照先輩だけがそう呼んでいる。


「ええ。新学期ですから」

「そうかそうか。もう君も二年生か」


 三年生になる照先輩は快活に笑いながら、目玉焼きを皿に乗せる。


「今持っていくから、座って待っててよ」

「ありがとうございます!...あれ先輩、エプロン変えました?」

「うん。新学期だからね」


 それにしても照先輩は、何をやっても様になるなあ。裸エプロンも似合ってるし。料理も美味いし運動神経も抜群、成績も学年トップで学内でも彼を知らない人はいないほど。なんとファンクラブまでもある、まるでフィクションの世界の人だ。


「お待たせ〜。宮くんは、目玉焼きには塩派だったかな?」


 目玉焼き、フレッシュトマトとレタスのモーニングプレートを片手に、塩の入った小瓶も持ってきてくれる。


「はい、いただきます!」


 手を合わせてから箸を運ぶ。おお、相変わらず美味しい。照先輩も食事にするらしく、皿を持って僕の前の席に座る。


「美味しいです」

「それは良かった」


 整いすぎている顔でくしゃりと笑ってから、照先輩も食べ始めた。


 しばらく二人の咀嚼音だけが響く。


 って...。



「おめえ裸エプロンじゃねぇかああああああ!!」



 俺の咆哮ほうこうがリビングに響いた。

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