51.「そういう欲求は、少ない方だと思うんダケド」


「――柳さん、これで、お別れだね……」


 私の眼前、神妙な顔つきの葵くんが、珍妙な声でそんなことを言いました。


 きょとんと目を丸くしている私……、柳アゲハの頭には、クエスチョンマークが全力の阿波踊りを披露しております。


「……この数日、本当に楽しかったよ。雷とホタルにも、よろしく伝えておいて、僕は、明日の約束にも行かないつもりだから……、それじゃあ――」

「――ちょ、ちょっと待って、待ってください、葵くん」


 ――三人の浅黒い殿方が姿を消した後、おそらく紅さんは、怪我をしたコトラくんを連れて手当てに……、舞台に残されたのは葵くんと私、それに花火の残骸でした。三人の殿方を花火で撃退し、私の元へ近づいてきた葵くんがおもむろに口を開いて――


「……あの、『お別れ』って……、なんのコトでしょうか……?」


 ――至極シンプルな『疑問』。私は自分自身で、おかしなことを言っている自負は一ミリも一ミクロンも一ナノもなかったのですが……、葵くんは、「何故そんなことを聞くんだ」って、首を斜め四十五に傾けていて――


「……えっ、だって……、引いたでしょ? 『さっきの僕の行動』……、だから、もう友達ではいられないなって……」


 フッと、寂しそうに笑ったのは、『葵くん』。


「……いえ、特に引いてはないのですけれど……」


 相変わらず、きょとんとしているのは『私』で――



「――えっ……?」



 幾ばくかの静寂が流れて、葵くんがポツンと声をこぼしました。普段はポーカーフェイスの彼ですが、およそお目にかかれないような呆けたお顔を晒しております。


「……なんで? 見知らぬ人に花火を向けて追いかけまわしてたんだよ? 普通じゃなくない? おかしくない? そんなこと、フツウしなくない?」


 まくし立てるように、何かから逃げるように――

 まるで、呪いをかけられてしまったみたいに、吐き出される言葉が止まりません。

 自分自身に言い聞かせてるようにも、自分自身を傷つけているようにも見えました。



 いつも無表情な葵くん、何を考えているのかてんでわからない葵くん。

 その『仮面』の裏側。


 寂しさに押しつぶされてしまいそうな、

 彼の『素顔』を垣間見てしまった気がして――



 ……葵くんは、みんなから嫌われるのが、蔑まれるのが、怖いのかしら。



 ――だとしたら、私と、同じ――



「……葵、くん――」


 気づいたら、身体が勝手に動いていました。おもむろに彼に近づいた私は、その肩にそっと手を回して、その身を、ギュッと寄せて――


「……『フツウ』なんて、人それぞれだと思います。何がおかしいとか、誰が悪いとか……、見るひとによって変わってしまうんだと思います。少なくとも、私は――」


 彼の体温が私に伝って、たぶん、私の体温も彼に届いていて――


「……私は、葵くんがしてくれたコト……、スカッとしましたよ。……やり方は、他にもあったかもしれませんが、シンプルに、嬉しかった、です――」


 波音が、静かにさざめいています。

 潮風が、私の鼻をツンと刺激します。


 幾ばくかの静寂が流れて、徐に口を開いたのは、『葵くん』で――


「……柳さん」


 一言、ポツンと、水たまりにしずくが滴る様に、


「――ありがとう」


 五文字のテキストが、フンワリと、私の耳を包みました。



「……でも、ちょっともう、限界、カモ――」


 ――ふと、あることに気づきます。私が抱きしめている葵くんの身体……、その全身が、プルプルと震えているではありませんか。……どうしたのでしょう。そういえば、さっきよりも身体が火照っているような――


「こんな雰囲気で、こんなこと言うのもどうかと思うんだけど……、いや、僕もさ、雷とか、一般的な男子高校生と比較すると、そういう欲求は少ない方だと思うんダケド……」


 波音が、静かにさざめいています。

 潮風が、私の鼻をツンと刺激します。


 ――私は、今の状況……、およそ『ハレンチ』な行為を、自分がしでかしてしまっていることに、ようやく気が付いて――


「水着姿でこうも密着されると……、やっぱり、む、胸が、気になっちゃって」



 ……ふっ――


「……ふぇぇぇぇぇぇっ!?」



 身体が、勝手に動いてしまいました。


 恥ずかしさに耐え切れなくなった私は、すべてをナカッタコトにしてしまおうと、

 思わず彼から身体を離して、思わず右腕を大きく振りかぶっていて――


 

 ――ばっこーんっ。



 無実の罪を背負った一人の男子高校生が、暗がりの空を舞いました。



 ……ご、ゴメンネ――

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