第二幕 ~柳アゲハの胸の内~
9.「私、周りからそう見られていると思います」
『優等生』って言われて何を思い浮かべますか?
勉強ができて、お行儀がよくて、着飾っていなくて、それでいて清楚で――
自分で言うのもなんだけど、私、周りからそう見られていると思います。
私……、あ、名前を『柳アゲハ』って言うんですけど、都立高校に通う十七歳。下の名前で呼ばれることは殆どなくて、仲良い友達ですら私のコトを『柳さん』って、さん付けで呼びます。部活動には入っていません。平日でも、学校帰りにお稽古ごとの予定が入っていることが多いんです。茶道、華道、舞踏、お料理教室――
そう、うちはいわゆる『格式の高い家柄』ってやつで、お母さんもお父さんも私のことを『淑女』に育てようと必死なんです。……ハイ、時代錯誤だって、自分でも知ってます。かくいう私も、両親に認められようと『淑女修行』に必死になって取り組んでいました。成績は常に学年トップ3位似内、学級委員には常に立候補して、中学の時は生徒会長を務めあげました。
でも、気づいたんです。
いくら私ががんばったところで、お母さんもお父さんも、決して私のことを褒めてくれない。
――何故なら、彼らにとって、『出来るのが当たり前』だから。
そのことに気づいたのは、高校入試に受かった時。決して偏差値が低くない都立の進学校に成績一位で合格して、思わずガッツポーズをした私は、そのことを両親に興奮しながら伝えました。でも、二人とも、『なんでそんな当たり前のことに喜んでいるんだ?』って顔して、ポカンと口を開けてて――
その時、思ったんです。私は、誰のために、頑張っていたんだろうって、何のために、良い子であろうとしていたんだろうって――
全ては、遅かったんです。『淑女』になろうと必死だった私は、良い子でいなければならないという強迫観念にとらわれてしまって、周りのみんなも優等生である私を、『柳アゲハ』と認識していて――
私は、『優等生』の仮面を外す方法を忘れてしまったんです。本当の自分が、わからなくなってしまったんです。……バカですよね、自分でもそう思います。
そんな私に、ある時衝撃が走りました。それは、高校一年生の時、去年の学園祭シーズン。
後夜祭――、うちの学校の文化祭は、最後の一日の夜を軽音楽部のバンド演奏で幕を閉じるのが通例で――、その時の私はロックなんててんで聴いたことがなくて、興味が一ミリも持てなかったのですが、学園祭実行委員という肩書きである以上、その場に居なくてはならなくて――
耳に飛び込んできた轟音は、今まで聴いたことがないくらい大きな音でした。鼓膜が破れるんじゃないかと思いました。
私と同い年くらいの子達が、学生服を脱ぎ捨てて、ラフなTシャツ姿で、舞台上をぴょんぴょん飛び跳ね回って、マイクに向かって、めいっぱい叫んでいて――
――なんて、自由なんだろう。
私の目はキラキラと輝いていたと思います。
両親が敷いたレールを、ただまっすぐ、何の疑いもなく走っていた私にとって、道なき道を荷車で爆走する彼らの姿が、ひたすらに眩しく映りました。特に印象的だったのは、ギターボーカルの『雷コトラ』くん……。
お世辞にも綺麗な歌声とは言えなかったけど、でも歌っている時の彼の表情は、思わず息を呑んでしまうくらいに真剣でした。泣き叫ぶような彼の声が私の耳に張り付いて、うねるようなエレキギターの音色が私の頭の中にこびりついて――
その日から、私は『ロック』と『コトラくん』に夢中になってしまいました。両親に内緒で『ロック音楽』を聴きあさり……、たまにこっそりと軽音楽部の練習室を覗き見するようなていたらく。……でも、コトラくんに直接声をかける勇気なんてありません。
何故なら、みんなにとっての私は『優等生』の『柳アゲハ』。ロック音楽に傾倒しているなんて、露ほども思っていないはずです。淑女で通っている私が、コトラくんとロックの話なんてできるわけありません。私はこの期に及んで、『優等生』の仮面を外すことにしり込みしているんです。
……でも、もう限界、相反する二人の私が、いつも耳元でささやくんです。
「本当のあなたは、どっちなの?」
――ああ、コトラくん。
張り付いてしまった『優等生』の仮面をひっぺがして、
どこか誰も知らない世界に、私のことを連れて行って――
――キーン、コーン、カーン、コーン――
……ハッ。
いけないいけない、私としたことが、四時間目の授業を半分も聴き逃していました。
……まずいわ、板書がびっしりと……、急いで書き写さなきゃ――
「――柳さん、何をしているの?」
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