第3話 恐怖の催眠ジョーズ

「そういえば射地助しゃちすけさんはどうしたんですか? 」


 ホームに降りた後、真帆は凪義に尋ねた。どうやら青梅支部のこの隊士は、凪義とともに戦い、鮫辻の切り札であった超巨大ザメ「悪魔巨鮫デビル・メガロドン」を討伐した爆平はぜひら射地助のことも知っているようだ。


「ああ、彼は船に乗りそびれたらしくてな……一日遅れるそうだ」

「へぇ~……」


 やがて、目的の電車がやってきた。真帆が先頭となって乗り込み、凪義、ゼーニッツがそれに続く。それから暫くして、電車は西に向けて出発した。


 車内に乗客はそれほど多くはない。三人はロングシートに座って揺られていた。


網底あみぞこ島の師匠ってどんなお方なんですか?」

「どんなお方……か。どのように言い表せばよいか分からない」


 真帆は相も変わらず、きらきらした目をしながら凪義を質問攻めにしている。それに答える凪義は、何処か面倒くさそうであった。

 真帆の問いに答えながら、凪義はゼーニッツの手の甲を人差し指でとんとんと二回つついた。ゼーニッツの肩が、ぴりりと強張った。

 このサインは、サメの臭いを察知したことを意味しているからだ。そして、このサインを真帆に伝えず自分にだけ送ったことの意味を推察できないほど、ゼーニッツは魯鈍ろどんな少年ではなかった。


――蟹江真帆にも、サメの嫌疑がかかっている。


 鮫辻は呪をかけることによって人間をサメに変えてしまうことができるが、人間からサメへの変化は緩やかなものである。完全にサメに変化する前の段階で、人間の体にサメの頭を持つ鮫人間シャーク・ヒューマンと呼ばれるものになる。

 鮫人間は戦闘力こそサメより低く、一般人より少し強いといった程度だ。徒党を組んで襲い掛かってこないのであればそれほど討伐には難渋しない相手である。

 だが、彼ら鮫人間はある意味サメそのものよりも厄介な性質を備えている。というのも、彼らは人間になりすまし、人間の中に紛れ込むことができるからだ。

 凪義は鋭敏な嗅覚によってサメの存在を察知することができる。だが今凪義は鼻炎によって持ち前の嗅覚が万全の状態でなく、加えて鮫人間の発するはサメより弱いため、サメ臭の出元を特定できない。だから、鮫人間の嫌疑は凪義とゼーニッツを除く車内の乗客全てにかけられているのだ。

 よくよく話を聞いていれば、凪義は真帆に対して核心的な情報を与えないように上手くはぐらかしている。それに所々、凪義が真帆に語る話の内容に嘘が交っていることをゼーニッツは察知していた。


 駅を四つほど過ぎた辺りのことであった。ゼーニッツの耳が、奇っ怪な音を捉えた。まるで水に濡れた吸盤が張り付くような、そんな音である。それは床からではなく、上の方から聞こえてきた。


 ――敵は、天井にいる!

 

敵襲Enemy!」


 ゼーニッツは叫ぶとともに、愛用の打刀を取り出した。凪義も肩掛けカバンから

チェーンソーを取り出す。

 

 天井の上から、がぶら下がっていた。いや、ただ双頭というだけではない。普通のサメと違って赤褐色の背に黄色い目をしたそのサメには尾びれがなく、代わりに尾からはタコのような触手が八本生えていた。サメはこの触手の吸盤を使って、まるで蜘蛛のように天井に貼り付いている。


 凪義が懐から何か極小の物体を取り出して投げたのと、サメの右の口から水色のガスが噴射されたのはほぼ同時であった。

 サメの出現と、突然武器を取り出した少年たち。それらは他の乗客を騒然とさせるに十分なものであったが、逆に車内は静けさに包まれた。


 車両内の乗客全員が、眠りに落ちてしまったからだ。そしてそれは、鮫滅隊の三人も例外ではなかった。


 二つの頭とタコの脚を持つ奇っ怪なサメは床に降り立ち、乗客の一人であった細身の中年男性を左の口で飲み込んだ。そして、次々と乗客を触手で巻き取っては自分の元へと引き寄せていく。

 自らに仇なす鮫滅隊は、他の乗客ともどもこのサメの催眠ガスを浴びて昏倒している。目下最大の敵を無力化した今、この空間は完全にこのサメのものであった。


「Electrical breath Type one……鮫電撃Shark Shock!」


 ……本当にそうであるなら、乗客を絡めとった触手が全て切り離されるようなことは起こらない。


 サメの目の前には、眠っているはずの鮫滅隊の一人、ゼーニッツが立ちはだかっていた。目は閉じられているが、しっかりと抜き身の打刀を構えている。

 この少年、ゼーニッツは、眠っている間でも戦うことができる。寧ろ、平時は臆病な彼がまともに敵と戦えるのは、覚醒していない時のみなのだ。

 素早く踏み込み、距離を詰めるゼーニッツ。対するサメの方はまだ切られていない二本の触手を振るったが、それは赤子を手をひねるよりも簡単に切り払われてしまった。

 いよいよ、サメに対して刀が振るわれる。明かりを受けて白銀の光を放つ二尺三寸の刃が、ざらつく鮫肌に食い込む、まさに直前のことであった。

 ごん、という鈍い音とともに、金髪の少年はうつ伏せに倒れた。その後ろには、「マイティ・ソー」のムジョルニアのように四角い頭部をしたハンマーを持つ少女――蟹江真帆が立っていた。





 

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