第1話 コインの表3

柳井は再びポケットからジッポライターを取り出し、火をつけた。シュボッという音がした。


「次回は今日の3倍だよ。じゃないと頭ハゲちゃうよ」


柳井はそう言いながら火を再びぼくの顔面に近づけた。


「熱っ、熱い」


ぼくは顔を必死にそむけた。

顔が焼ける……


その時だった。

突然けたたましく非常ベルが鳴った。


「どうせ間違いだろ」


柳井は吐き捨てるようにそう言った。

廊下が何やら騒がしかった。

柳井の腰巾着の一人がドアを開け、廊下を見た。


「人が集まって来てる」


柳井はチッと舌打ちをして言った。


「今からいいとこだったのに。何だよ」


柳井はジッポライターを引っ込め、ぼくの胸元を突き飛ばした。


「わかったな。3倍だぞ」


柳井たちはそう言い残すと、そそくさと教室を出て行った。


助かった……。


ぼくは力が抜けヘナヘナとその場に座り込んだ。

しばらくして非常ベルは鳴り止んだ。

やはり何かの間違いだったようだ。


その時、突然、道具箱の横にあったロッカーがガタガタ音を立てた。


中に、何かいる!


「う、うわっ!」


ぼくは座ったまま、後ろずさりした。

そして勢いよくロッカーの扉が開いて、人が倒れ込むように出て来た。


「う、うわー!」


ぼくは思わず校舎中に響き渡るような大きな叫び声を上げた。


中から出てきた男は汚れた学生服を着ていていた。角刈りで口髭を生やしていた。ぼくは座り込んだまま、その男に恐る恐る訊いた。


「だ、だれ?」


「ぼく、ドラえもんです」


ぼくはあっけにとられて、言葉が出なかった。

その男の顔が赤くなるのがわかった。


その男は「それはさておき」と言って、自分の口髭を指先で横に引っ張った。


「君は大変そうだね」


「えっ、ここにいたんですか?」


「私がここにいたら、君らが急に入って来たもんだから、思わずロッカーに隠れてしまったんだね」


「じゃあ……見てたんですか?」


「見てましたよ、まるっと全部ね」


「なんで助けてくれなかったんですか?」


「助けましたよ。私が部下に非常ベルを押すように指示したんですから」


なんか、挙動不審で変な人だ。さっきから彼の言うことは意味不明で、会話が噛み合わない。

ぼくの本能が『関わってはいけない人』とぼくに教えていた。


ぼくが「じゃあ、そういうことで」と言って慌てて立ち上がると、その男はぼくの右腕を力強くガシッとつかんだ。男はぼくの目を見てこう言った。


「私は社長です」


「は?」


「助けてあげようか?」


「何を?」


「いじめられてるでしょ?」


ぼくは「けっこうです」と言って、その男の手を振り払った。すかさずその男はぼくに名刺を差し出してこう言った。


「気が変わったら連絡してね」


ぼくはその名刺をむしり取るように受け取り、走って教室を出て行った。


これが、ぼくが後日「キャップ」と呼ぶことになる男との出会いだった。

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