第13話 3-2

「前に言ったかどうか、僕は通学にバスを使っているんだ。それで火曜の下校時、僕は最後尾のシートに陣取って、おばあさんは二列前の席に座っていた。五分ぐらい経って、そのおばあさんが降車ボタンを押したな~と何となく認識した。ところが次の停留所に着いても席を立とうとしない。その停留所では他にも降りる人がいたので、運転手は不審に思うことなく発車しようとしていた。柄じゃないんだけど、僕は反射的に『あ、待って。降りる人まだいます』って声を上げてた。そして席を離れたおばあさんのところまで行った。寝てしまったんだろうと思ったんだ。けど、近くに来ておばあさんが苦しそうな顔をして、低く短い呻き声を上げていると分かった」

「病気か」

 情景を思い浮かべつつ、想像を口にしてみた。弟のシュウはこくりと頷いた。

「うん。リアルタイムにはそんな感想も浮かばず、ただ大変だ!ってなって、大丈夫ですかと声を掛けた。すると『大丈夫です』と返事があったんだけど、言い終わると同時に意識を失ったみたいに隣の席に横倒しになって。これはいよいよやばい、助けなきゃって――あれ、自慢話になってる?」

「言われてみればそうだな。当然、助けることに成功したんだろ?」

「うん。周りの乗客と協力して。救急車を待つ間、交代で心臓マッサージと人工呼吸を試みたよ」

「すげーな。自慢していいよ」

 自分が同じような場面に出くわしたとして、そこまで行動ができるか、確証を持てない。

「それでおばあさんは病院に運ばれて。どうなったのか気になっていたところ、木曜日の下校のとき、バスの中でおばあさんを見掛けたので、結構びっくりしたよ。もう平気なのって。それで話し掛けたら向こうも僕を覚えていて、おかげさまでもう元に戻りましたと。で、お礼がしたいと言われて、断ったんだけど、どうしてもと言うから。それで受け取ったのがそのカード」

「……言っちゃあ何だけど、命を救った対価がただのカード? 紙じゃないようだがプラスチックか何かだろ」

「ただのカードじゃないかもしれないんだ。おばあさんが言うには、時間旅行ができるんだってさ」

「ふぇ?」

 突拍子もないことを言われ、思わず変な声が出た。口の中に食べ物が入っていないタイミングで幸いだ。

「詳しいことはカードの裏面に書かれてる」

「いや、だけどさ。そのおばあさんのジョークだろ? おまえ、食事か何か誘われたのを断ったんじゃないのか」

「そんな人には見えなかったし、真顔で『私にはもう使いようがない代物だから。若い人が使いなさい。大きな失敗をしたときにでも』と言ったんだよ。物凄く真剣な口ぶりだった」

 僕はカードにある説明書きに目を通し、面を起こすと弟に聞いた。

「なら、試せばいいじゃないか。ここに書いてある通りなら、空欄に名前を書いて足下にぽいってやるだけで念じた時間と場所に飛べるって」

「そこなんだ、今日会おうと思い立ったのは」

 しゃべっている時間が長かった割に、弟はもう食べ終わった。手をはたき、カードの空欄を指差す。

「ここに書く名前、ガーくんと共同作業にしたらどうなるかなと考えたんだよね」

「共同作業? 何だそりゃ」

「同じ名前じゃん、僕ら」

「それが?」

「ここに佐藤主我吾と書いたら、ひょっとしたら、僕もガーくんもこのカードを使えるようになるかもしれない」

「まさか」

 一笑に付した。そもそも本当に時間旅行できるかさえ怪しい。ていうか嘘だろ、常識的に考えて。

「でも本当だった場合を考えて、試しておかないともったいなくない?」

「本物だとしたらな。シュウが一人でやればいい。おまえがもらった物なんだから」

「そうも行かないよ。共同作業で名前を書けば、もしかしたら僕が三回、ガーくんも三回使えるかもしれない」

「虫のいい話だ」

 そう思って苦笑いが出た。でもまあ、考え方は面白い。

「共同作業で名前を書くってのは、具体的にどうしたいんだ」

「一文字ずつ交互、あるいは一画ずつ交互に書いてみたらどうかなと思ってる」

「なるほどな。しかし、それをやると無効になる恐れがあるんじゃないか」

 僕は説明の最初の項目を指先でトントンと叩いた。

「これって自筆で署名しなきゃいけないって意味に受け取れるんだが」

「そうかな? たとえば手を動かせない人はこのカードを使えないのかっていうと、多分違うんじゃないかなあ。他の人が手を添えて、書くのを助けてあげても有効だと思う。それが未来の介護社会ってもんでしょ」

「未来の、介護社会?」

「うん、このカードって本物だとしたら、きっと未来の道具だろ? そして未来は多分、今よりも介護が充実している」

「何とも……凄い理屈だ」

 根負けというか馬鹿負けというか。とにかく弟はこの欄に、僕と共同で名前を書きたいのだ。その気持ちを汲んでやるのも悪くはない。

「分かった。書こう」

「ほんと? よかった。来た甲斐があったよ」

「その代わり、最初に試すのはおまえな。恥ずかしい目に遭うのはごめんだ」

「いいよ。ただ、カードが本物だった場合、ガーくんにもそれが伝わらないと意味がないよね」

「カードが本物だと僕にも分かる方法って、何かあるか? ――ああ、過去に行って僕の私物を取ってくるとかか」

「ま、そういう感じかな。それよりまずは名前だよ」

 僕とシュウは一画ずつ、交代で書いていき、佐藤主我吾の文字を作った。

「これでよし」

 名前を確認したシュウは、ボールペンを仕舞った。

「望んだように六回使えるようになるとは限らない。三回しか使えないことも考えて、なるべくなら試しの一回も何か有意義なものにしたいんだけど、何かないかな?」

「条件が多いな。僕にカードが本物だと分かるようにして、しかも有意義か。宝くじを買うのは? 当たり番号分かってるやつを」

「それは僕も考えた。当たりのくじがどの売り場にあるのか分からない。突き止めるのに三時間では無理じゃない?」

「じゃあ、数を選ぶタイプのくじなら」

「あれは十九歳以上じゃないとだめなんだってさ。馬券と同じ」

 宝くじの種類によって、未成年かどうかの適用が違ってくるらしい。

「過去に飛んで、親に会って、当たりのナンバーを教えるとか」

「悪くない。でもうちの母親って、宝くじを買うような人だっけ?」

「うーん、見たことない。今の父親は年末ジャンボだけ買うみたい」

「こっちの父親は割と好きなタイプみたいだから、言えば買ってくれる可能性はある」

「それじゃあ、宝くじの件はガーくんがカードを使うときに試してよ。当選金は山分け……あ、でもお父さんにも大金を渡さないといけないね。意外と面倒だなあ」


 続く

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