第11話 2-7


             *           *


(幾通りか予想していた中の一つだったなぁ)

 口を尖らせて息を吐いた戸茂田は、考えをまとめるために紙に単語を書き出していた。

(とはいえ、まさか君がここまで狡猾な人間だとは思っていなかったよ、市村君。Sカードは本物だと分かったくせに、だんまりを決め込むなんて。――でも非難はするまい。僕とて、似たような心根の持ち主なのだから)

 今、彼の手元には一枚のカードがある。UNOのスキップによく似たSカードだ。使用者名の欄は空白のまま。つまり、戸茂田はもう一枚、Sカードを所有していたのである。

(親父を殺した犯人の奴、こんな特別な道具をくれるなんて、一体どういう心算なんだろうかと訝しんだ。いくら改心し、詫びる気持ちがあっても、それとこのカードとは別じゃないか。現在の世の中には存在しない、未来の道具を簡単に譲るはずがない。裏があるんじゃないかと考え、あいつが家から帰るとすぐにカードを試してみた。その時点ではどうせ嘘だろうと高を括っていたのだが、万が一ということもあるから、あいつが僕の家に来る寸前の時空を行き先とした。もし本当だった場合、あいつの秘めたる意図を問い質すためだった。

 僕が虚空からいきなり姿を現すと、あいつは驚愕を顔一杯に貼り付けた表情をしていた。もちろん僕もカードが本物だと理解し、驚いていたのだけれども、驚いている暇がないくらいに相手の方が慌てふためいていた。その場で跪いて、両手を拝み合わせ、必死に言い募ってきたな。

『やっぱり殺しに来たのか。今日私と会わなかったことにするつもりか? だったらよしといた方がいい。私と会わなかったことになったら、Sカードも君の手に入っていないことになる、多分。だから今、この私を殺したとしても、それもまた無効になるかもしれないぞ。いや、本当に無効になるのか、まだ何も試していないから私には分からないが』

 復讐殺人にはほとんど興味なかった。父親は酔うと家庭内暴力がひどくなることがあって、別にいてもいなくてもどっちでもかまわなかった。あのとき殺された親父は、巨額の生命保険金を遺してくれたから、まあありがたいと言っておく。

 そんなことよりも、試していないという台詞が気になった。人にSカードを譲っておいて、試すも何もないじゃないかと思ったが、すぐ次の瞬間に閃いた。こいつは二枚、Sカードを持っているのではないかと。その内の一枚をくれたのなら、それなりに反省と改心はしているのだろう。だが、こんな優れもののカードを使う人間が近くにもう一人いるのは、何かとよくない。過去や未来に飛んだ先で邪魔される恐れがある。僕はこいつの持っているSカードを出させ、無記名であるのを確認すると、二枚目のカードを強引に買い取った。

 僕がその内の一枚を市村君にあげたのは、Sカードを手に入れた彼なら間違いなく高校のときの校長とその親戚筋の高崎君に対して、何らかの罰を与えるに違いないと見込んだからだ。僕もあの二人、特に高崎君には恨み骨髄でね。直接手を下すのは嫌だったから、市村君に白羽の矢を立てさせてもらった。

 僕の動機? 少々込み入った話になるけれども、強いて端的に言えば好きな女性を手にするためなんだ。

 僕はSカード二度目のスキップで賭けに出た。十五年後の実家近くを旅先に選んだ僕は、命を落とすことなく無事に到着した。そこから制限時間いっぱいを使って、僕が中学生のときに恋した女子――山谷和穂やまたにかずほさんの消息を探ったのだ。中学二年のときのクラスメート、特に女子に片っ端からコンタクトを取り、彼女の現状(といっても僕の主観から言えば十五年後の状態だが)が掴めた。

 きっと結婚して子供もできているだろう、それはショックだが、むしろそうなっていることを見越して十五年後に飛んできたのだ。

 ところが――彼女は既に亡くなっていた。

 高校二年のとき短期留学に出て軽いホームシックになっていたところ、同じく短期留学に来ていた日本人男子高校生から励まされ、帰国後に本格的な付き合いを始めたらしい。しかし、結婚を意識して同棲生活を始めたところ、男の言動に徐々にぼろが出てきて、関係がぎくしゃくし出した。彼女の方は縁がなかったと別れるつもりになっていたのに、男が執着し、そのままずるずると関係を続けた挙げ句、無理心中を図った。そしてあろうことか、男だけが生き残っていた。そいつの名前が高崎良人。

 そう、何ていう偶然なのか、僕の好きな女子と付き合い、死に追いやったのは高崎良人だった。高校の時分は学校が異なる上に、そこそこ遠距離だったせいか、僕や市村君をはじめとする周りの者は誰も、高崎に恋人がいることすら気付かなかった。

 僕は高崎君を排除し、山谷さんを救うために、市村君を利用したのだ。その思惑は実は外れたのだが、結果的には怖いくらいにぴたっとはまったようだ。

 というのも僕の予想では市村君は留学の枠を高崎君から奪い返すぐらいで収まると思っていた。それが校長を殺害して罪を高崎君に着せるなんて。予想とはだいぶ違ったけれども、そのおかげで高崎君も命を絶ったのだから復讐にもなった。困ったのは山谷さんと高崎君が付き合い始めていたこと。現在の山谷さんは、高崎君の自殺を今でも引きずっているようだ。そんな彼女に僕がいきなり接近しても、恐らく相手にされない。

 だったら元々の狙い通り、彼女と高崎君とが留学先で知り合わないようにすべきだろうと僕は考える至った。そのためにはもっと早い段階で高崎君に死んでもらうのが一番確実なんだけど、先にも記したように直接手を下すのは避けたい。ではどうすればいいのか、思い悩んでいる内にふと閃いた。

 山谷さんは市村君に告白し、中学を卒業するまで付き合っていた。それをもっと長引かせればいい。僕は残り一回のスキップを使って、中学二年の僕に会いに行き、市村君と山谷さんが長続きするようサポートしろと強く言い聞かせるのだ。

 え? それだけじゃあ山谷さんが僕と付き合う流れにはならないだろう? 確かにその通り。これから仕上げが必要なんだ。僕は中二の僕にもう一つ、伝えておくべきことがある。『高校二年生のときの体育祭で、校長先生が校長室で殺される。その様子をどこかから覗き見ていれば、犯人が市村君だと分かる』とでもね。やがて高二になった僕は“未来から来た、ちょっぴり歳を食った”市村君が校長を殺す場面を目撃し、動画撮影もするだろう。それを証拠として告発すれば市村君の排除はなる。

 そこからあとは、僕の腕次第になるけれどね。まあ、何とかなるでしょ。


 あ、あともう一つ。

 Sカードの説明書きにはなかったから、書き加えておいてもいいんじゃないかというあることに気が付いたんだ。

 それは、Sカードの使用者は、他の者がSカードを行使したことを感知できる、というもの。

 いつ、どの時空に旅をして、何をして戻って来たか等の詳細が分かる訳ではなく、『うん? 今、過去が変わった?』と感覚が教えてくれる程度なんだけれども。おかげで僕は市村君がカードを使ったのが分かったし、それが金森校長殺しなんだと当たりを付けることもできた。


 さあ、これから中学二年の僕に会いに行こうと思う。ただ、最後の一回を使うのは勇気がいるなあ。僕の計画に落とし穴があるとしたら、市村君が勘よく察知した場合だ。気付いた彼が一回だけ残っているであろうスキップを使って、過去に干渉してきたら……そこまでは読み切れないな、残念ながら。

 機会を見付けて、市村君からSカードを取り返しておくのが賢明かもね。


――エピソードの2、終わり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る