第8話 2-4

 駅に着くまでの徒歩や着いてからの待ち時間、そして帰りの電車に揺られている間もずっと、一つのことを考え続けていた。言うまでもないであろう、Sカードの使い道についてである。

 先に記したように、俺には殺してやりたい人間の一人や二人はいる。そいつらを殺すのにSカードを活用すれば、完全犯罪として迷宮入りする可能性は極めて高いと思われる。方法は頭に次々と浮かんでくるし、実際にやり遂げる度胸や冷静さにも自信を持っている。

 だが……反面、そんな個人的でくだらないことにSカードのような素晴らしい力を行使してよいものだろうか?と大いに疑問に感じるのだ。力に見合ったもっと素晴らしい使い道があるんじゃないか、いや、あるに決まってる。そういう迷いが、俺自身の内に生まれて、育ちつつあった。厄介なことになったものだ。何しろ、使える回数はあと二回。どうすれば最高の結果を残せるか。

 恒久的な世界平和に画期的新薬の開発というような、公共的で壮大なことは言わない。あくまでも俺のためにSカードを使わせてもらうとしよう。

 私利私欲を満たすとなると、金儲けと色恋沙汰の二つが筆頭に来る。

 前者に関しては、ナンバーを選ぶタイプの宝くじや競馬の結果を知ったあとで過去に行き、大もうけすることは理屈上、可能のはず。ただ、大金を得たことが原因で、不幸になっては元も子もない。時間旅行先に三時間しか滞在できないんじゃあ、金持ちになったことが後々どんな影響を俺の人生に及ぼすのか、その場では見極められまい。

 後者の恋愛となると、ぐっと不確定要素が増し、過去に行ったからと言って簡単には思い通りにならない気がする。せいぜい思い付くのは、見送った告白をやり直すぐらいだ。“あのとき勇気を振り絞って、当たって砕けてもいいから告白しておけばよかった”という後悔が、俺には一度だけある。中三の夏、古風な言い方をするならマドンナ的存在が同学年にいて、その彼女が夏休み明けには転校することが明るみに出た。玉砕覚悟でアタックした男子が数名いたが、全員枕を並べて討ち死にの憂き目に遭ったという。俺も枕を並べる仲間に入っておくか。だが、一縷の望みもないのに、Sカード一回分を消費するのはいかにも惜しい。ドブに捨てるようなもんじゃないかと考えてしまう。

 もっと違う方面に眼を向けるべきかもしれない。Sカードは時間のみならず、場所も自由に設定できるようだ。だったら、俺のような人間では一生入ることはかなわないであろう場所に、Sカードの力を借りて三時間目一杯滞在するというのも悪くはないのではないか。有名人が集まるパーティ会場……ぐらいでは甘いかな。真の意味での上流階級の者しか立ち入れない秘密クラブとか。あ、でもそんな秘密の場所、俺が正確に思い描けるはずがない。没だな。いきなり飛び込んでも無事にいられるようなら、宇宙ステーションに入ってみるのも魅力を感じるが、乗員に見付かったら燃料やら酸素やら食料やらの問題が生じて、速攻でステーション外にほっぽり出されるかもしれない。

 いけない、Sカードの力が現実離れしているせいか、突拍子もない方面に思考が広がりがちのようだ。もっと現実的な線を考えないとな。

 どうせならSカードでしかできない、あるいは通常なら困難だがこのカードがあれば楽に達成できることに使うべきだ。となると、ぐるっと一周回って、残り回数の内一度はやはり殺しに使おうという気持ちが強まってきた。だが貴重な一回を使っても、殺せるのは一人だけだろう。そこが問題だ。

 正直に告白すると、俺には殺してやりたいほど憎い人物が二人いる。一人は高崎良人たかざきよしひと。高校二年のとき、俺から短期留学のチャンスを奪った野郎だ。俺よりも成績もその他の評価も下のくせに、校長の親戚というコネを使って枠を勝ち取りやがった。

 もう一人は、金森希かなもりのぞむといって、その校長だ。高崎から頼まれたのか、校長自ら積極的に手心を加えたのかは知らないが、最終的にコネを発動させた校長にも当然恨みはある。おかしいのは良心が咎めたのか俺の在学中、生徒会を通じて希望を出すとたいていはかなえてくれたのだ。無論、その程度で許しはしない。俺は戸茂田と違っていつまでも恨みを持ち続けるタイプだし、相手が相応の罰を受けない限り許す気になることはない。

 どちらか一人しか始末できないんだとしたら……高崎になるだろうな。金森と高崎は親戚の関係なのだから、何らかの形で一つの屋根の下に同席するケースもたまにあるかもしれない。だが、そのタイミングを掴まえて二人とも殺害するのはさすがに難しそうだ。俺の殺したい二人だけがいる状況ならまだしも、親戚の集まりともなると、他にも人の目がどこかにあるに決まっている。

 いや、待てよ。一人を殺害し、もう一人をその犯人として偽装するのはどうだろう? これが実現できれば、二人とも抹殺したのとほぼ同等と言えるのではないか。この計画は俺の目には魅力的に映った。家に帰り着いたときには、具体的にどの時空に飛べばいいのかまで検討を開始していた。


 続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る