自由は諸刃の剣

冷門 風之助 

その1

◎自由を唱えたその瞬間から、人は自由を失うものだ◎


『あなた、本当に僕を知らないんですか?』

 俺の事務所オフィス入って、ソファに向かい合って座ると、男は少し失望したような口調でこちらを見ながら言った。

それから彼は”いいですか?”と断り、俺がうなずくと、ラークの箱を取り出して火を点け、煙を空中に吐き出した。

『弁護士の田中先生からのご紹介は行ってなかったんですか?』

『来たかもしれません。ただ、忙しくってね。』俺はわざと嫌味ったらしく答えを返す。

 田中弁護士からは確かに電話があった。だが俺はこのところ本当に細かい依頼に追われて頭が一杯だったのだ。

”新宿の一匹狼”こと乾宗十郎いぬい・そうじゅうろうだって、別に機械でもないし、スーパーマンでもないからな。

 仕事が続けば電話の内容まで、細かく覚えちゃいない。

 不機嫌そうに、彼はラークをふかす。

 しばらく経ってから、彼は名刺を差し出して、卓子テーブルに置く。

 俺はそいつを指で挟み、目の前に持って行きながら、傍らに出しておいたシガレットケースからシナモンスティックを出して咥えた。


 名刺には、

”劇画原作者、当麻淳とうま・じゅんとあった。

 彼は”この名前を見ても何とも思わんのか?”というように、また俺を見る。

 シナモンを齧り、

『いや、生憎漫画や劇画の類はあまり読んだことがないもので』

 俺は一本目をかじり終え、既に二本目を咥えていた。

 仕方ない。と言った表情をしながら、ざっとだったが、彼は自分の経歴について話してくれた。

 当麻淳、年齢は27歳。今売り出し中の劇画原作者である。

 高校時代から創作活動をしていたが、当時はまだ趣味の延長のようなもので、自分が書いたストーリーを絵の上手い友達が漫画にしてくれ、それを同人誌の即売会で売ったりしている程度だった。

 本格的にプロを目指そうと思ったのは大学に入ってからだという。

 たまたま即売会にある中堅漫画雑誌の編集者が訪れて、彼と友人の描いたものを手に取ってくれて、

”ウチの雑誌に描いてみないか?”と誘われたそうだ。


 学生生活を続けながら三年ほど、その出版社が発行している少年漫画雑誌に読み切りを友人と組んで何度か発表した。

 評判の方は上々とはいかなかったが、さほど悪くはなかった。

 

 そのうちに彼は同じ会社が、今度は青年向けの雑誌を創刊する事になり、彼はそちらに移ることを勧められ、友人は友人で、

”自分は少年誌で行きたい”と言ったため、コンビは自然消滅となり、彼だけが青年誌に移り、別の漫画家と組んだ。


 青年漫画ってのは、まあ大体想像はつくだろうが、当然エロチックなシーンも場合によっては書かなければならない。

 最初の内はそれを抑えめにしていたが、そのうち編集部から、

『もっと刺激的なものを』と注文が来るようになった。

 正直いって、あまりそういうものは不得手だったのだが、しかしこの世界に入ったのだからやむを得ない。

 そう割り切って『必然性があろうとなかろうと』エロなシーンを入れた原作を書く。

 彼と組んだ漫画家の画力も相まって、作品は次々とヒットし、それにつれてますます『エロさ加減』も増していった。

 不倫物、百合物、熟女物、それにSM・・・・エロのジャンルは問わなかった。

 彼らの作品は、やがて他の雑誌からも注文がくるようになり、寝る間も惜しんで書き続けねばならない状態となった。


『つまり劇画原作者としては順風満帆ということですな。そんな貴方が何故私に依頼を?』


『実は・・・・脅迫を受けてるんです』

 何本目かのラークを灰にした後、彼は苦い顔をして、上着のポケットから、一枚の封筒を出して、卓子の上に置く。

 宛名の部分には金釘流が踊っていた。

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