五章 彼女と過ごした夏休みについて

1 決断

 結局丸二日程掛けて風邪を完治させた俺が真っ先に行った事は、柿本さんに連絡を取る事だった。

 あの人に、保留になっている答えを告げなければならない。

 果たして俺が出した答えを聞いてどういう反応をするかは不安な所ではあったけれど、俺の意思に反して救ってくれるような真似はしないだろう。


 ……あの時、こちらの意思無しで介入はしたくないといってくれた。

 本当に誰かを救う事のみを信念に置いている人ならば、きっとあの場で殺していたであろう事を考えれば、その当たりは信用できる。


『分かった。都合の良い時間はいつだい?』


「できれば遅い時間の方が良いです。万が一にもメリーに聞かれる様な事が無いように」


 そうして設定された時間は二十三時。

 場所はファーストフード店。

 その時間帯に足を運ぶと、奥のテーブル席でアップルパイを食べながら陣取っている柿本さんを見付けた。


「こっちだ少年」


 その声に頷いて、流石に何も買わない訳にはいかないのでコーヒーを買って席へ。


「一応予め言っておくけど、店員さんの目は気にしなくていい。僕らの声は届かないようになっているからね」


「凄いですね……魔法みたいだ」


「少しは怪しんだりしないのかい?」


「今更でしょう、そんなのは」


「……確かに。キミも既にこちら側の人間だ」


 そんなやり取りを交わした後、柿本さんは俺に問いかけてくる。


「さて、早速だけどキミの答えを聞かせて貰おうか。キミは今回のメリーさんの一件。この一件にどういう決着を付けるつもりなのかな?」


 その問いに、軽く一呼吸置いてから。

 柿本さんの目を見て答える。


「……メリーに殺されようと思います」


 もう揺るがすつもりのない、俺自身が選んだ決断を。


「……そうかい」


 俺の答えを受け入れるように、柿本さんは静かにそう答える。


「……止めないんですね」


「止めないさ。倫理的に、道徳的に考えれば止めるべきなのだろうけど、それでもそれがキミの出した決断だ」


 そう言って俺の目を見て柿本さんは言う。


「人の決断は時に命よりも重い物となる。それを部外者が咎めたり正そうとするのはエゴの押し付けだよ。決して軽くない選択を僕は尊重したい」


 ただ、と柿本さんは言う。


「黒沢君……だったか。もし彼がキミの決断を咎め正そうとしたのであれば……それは許してあげて欲しい。それもまた、最低限尊重されるべき決断なのだから」


「……いい人ですね、柿本さん」


「いい人な訳ないだろう」


 軽くため息を吐いた後、柿本さんは言う。


「いい人だったら、僕は人間を救っているよ。少なくとも……土下座までして頼み込んできた子供の頼みを無碍にしたりはしない」


 そう言って柿本さんは立ち上がる。


「とにかくキミがそういう決断をして此処に立っているなら、この話はもう終わりだ。早く家に帰った方が良い……残り少ない貴重な時間を他人の僕なんかに使うな」


 そう言い残して、柿本さんは店から出ていく。

 俺も残っている理由はない。

 時間を無駄にする理由は無い。


「……帰るか」


 柿本さんに続くように、俺も家へと帰る事にした。

 そして店を出てから明人のスマホにコール。

 やがて数コールで出てきた明人に対して言う。


「悪いな、明人。こんな時間に」


『いや、別に良い。それで、どうした……メリーさんの件か?』


「ああ。柿本さんとも話を付けたからさ。伝えておこうと思って」


 そして俺は明人に言う。


「柿本さんの手は借りない。当初の通り、俺はメリーさんに許してもらって生き残る。そういう手段を取ろうと思うよ。本当に難しい事だとは思うけど」


 息を吐くように嘘を吐いた。

 俺の為に色々と手を尽くしてくれた明人がここから先下手に動かないようにという理由もある。

 だけどもう一つ。


 ……たとえ嘘でも、生きるつもりのある意思を見せないと、不安にさせるだろう。

 そんな、俺の頭がおかしくなっていた時と同じ答え。

 いや、おかしくなっていた時と同じなら、きっと今もおかしいのかもしれない。

 過去形ではなく現在進行形だ。

 もっともそれでいい。

 それがいいのだけれど。


『……そうか。多分、そういう答えを出すと思っていた』


 そういう明人は一拍空けてから、どこか自虐するように言う。


『最初から何も変わっていないな……つまり俺のやった事は全部無駄だった訳だ』


「無駄じゃねえよ。今はもうメリーの影響を何も受けていない。純粋に俺自身の考えでやる事を選べた。それはお前があの人を連れてきてくれたからできた事だからさ」


 結局辿り着く場所は同じなのだろうけど、それでもそこに至る意味はまるで違う。

 ……これで良かった。


『お前がそう言ってくれるならそういう事にしておこう……とにかく俺は、お前に微かでも良い。生きる気が残っている事が聞けて良かった。それだけでいい』


「……とりあえず、もうちょっと頑張ってみるよ」


『ああ。俺にできる事があればいつでも協力する。だから……頑張れ』


 そして俺からの一方的な嘘に塗れた通話は終わりを迎える。

 ……本当に俺は碌でもない奴だよ。

 人でなしに加えて、大嘘吐きなのだから。

 救いようがないクズ野郎だ。

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