7 罪滅ぼしという戦い

「あ、そういえばさ、バイト決まったよ」


「うっそだろ!? いくらなんでも早くね!?」


 夜。俺の料理をおいしいと言ってくれるメリーとの夕食時。

 いくら何でも早すぎる報告に思わずそんな声を上げた。


「募集の張り紙見て、その事お店の人に話したらそのまま面接で。それで……即決だね」


「え、ちなみにどこだよ」


 あまりにあっさり即決で決まってしまっているのを見ると、なんだか危ない人にでも目を付けられたのではないかと心配になってしまう。

 だけど俺の心配は他所に、メリーは笑みを浮かべて言う。


「商店街に喫茶店あるの、分かる?」


「商店街の……あーあそこか。分かるよ。何回か行った事ある」


「そこ」


「へーあの店か。なるほど」


 俺の記憶が正しければ、結構年配の爺ちゃんが趣味でやってるような喫茶店だ。

 だから採用基準とか段取りに関しても結構緩いのかもしれない……それが良いのかと言われれば、雇う側からすればあまり褒められた話ではないのかもしれないけれど。

 まあ何はともあれ怪しさは別になく、多分悪いバイト先ではないだろう。


「良かったじゃん。頑張れよ」


 だから素直に応援できる。応援してやれる。


「うん、頑張るよ。頑張って立て替えてもらったお金返すね」


「別にゆっくり返して貰えればいいからな」


 まあ別に……もう返して貰わなくてもいいんだけど。

 だけどメリーは言う。


「いや、お金は早めに。返せる内に返すよ。ほら……私はいつまで此処にいるか分からないからさ。こんな事お金を立て替えて貰っている立場で言う事じゃないのかもしれないけど、明日にはいなくなっているって可能性もある訳だし」


「それは、もし復讐する相手が早い段階で見つかったらって事だよな」


「うん……まあ、多分だけど。それが終わったら私はもういなくなると思うから」


 だから、とメリーは言う。


「ちゃんとここにいる間に、将吾に返せる恩は返しておきたいんだ」


「そっか……」


 メリーの心配は杞憂だ。

 メリーはしばらく此処にいる。

 何も急ぐ必要なんてない。

 だけどメリーにそんな事が分かる訳がなくて。

 分かっていたらこうはなっていなくて。

 そして伝える訳にもいかないから。


「まあでもほんと、無理のないようにな」


 メリーの言葉を肯定しつつ、そう言葉を返す


「うん……無理しない程度に頑張るね」


「ああ」


 ……できる事ならそうやって頑張って稼いだ金は自分の為に使って欲しいのだけれど、多分そう言っても聞かないのだろうなと思う。

 彼女の言い分は真っ当で。

 その真っ当さを貫ける位に彼女は人の事を考えられるから。

 俺が焼き殺した相手というのは……そういう存在だから。


「……」


 罪悪感に圧し潰されそうになる。

 今日の一日を……いや、彼女と再会してから徐々に。

 徐々にその重圧は重くなっていく。

 本当に、少しでも幸せな時間を送ってほしいという考えがなければ、俺は今すぐにでも自白しているだろう。


 生きていてはいけない。

 死んで償わなければならない。

 殺されて償わなければならない。


 自分の罪を棚に上げて彼女を撲殺しようとした事。

 彼女に媚を売って許してもらおうなんていう汚い打算に塗れたろくでもない考えに及んだ事。

 それらを含め、俺という人間は一刻も早く断罪されるべきだ。


 そんな感情を必死に抑え込む。


「あ、そうだ。今度将吾お店来てよ。私が接客するからさ」


「じゃあお前が仕事覚えた位のタイミングで行ってやるよ。楽しみにしてる」


「うん、待ってる」


 メリーを少しでも幸せにする。

 俺なりに彼女にしてやれる罪滅ぼしの為に。

 これはもう、そういう戦いだった。

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