有事の際には合体してロボにもなる

「「勝ったなガハハ!」」

 

 調子に乗っていた、例のメイド物がかなりの高評価を得たのだ。RT数一万、いいねの数はおよそ三万八千まで伸びまくった、想像以上である。社畜狙い撃ち作戦が功を奏したのかは知らないがリプライもフォローも留まるところを知らず通知が未だガンガン鳴っている。すごいな。


「よかったじゃん、次はどうする?」

「「コミケに出る(ます)!」」


 露骨に調子に乗っている、でもちょっと面白そう。


「いいね、乗った。じゃあ十六ページじゃなくてこのメイド物を単行本一冊分まで描いて出すか」

「「グッド!」」


 お前らそんなキャラだっけ?特に姉。やはりSNSは人を狂わせる、よく覚えておこう。


「あの、コミケってなんですか?」


 問うミナミ。


「そうだね、この前クロと行った本屋は覚えてるかい?」

「ええ、ムカデ人間2に出てきそうな人達が奇っ怪な本を買ってた所ですね」


 よく知ってんなそんな映画、てか流石に言い過ぎである。


「ああ、あそこで売っていた本の即売会さ。日本どころか世界最大級のね、いやーあれの規模はとらのあなの比じゃないよ」

「行きたくないんですけど……」

「そもそも抽選に当たらないと販売出来ないしな、落ちたら適当にブースにでもあげりゃいいけどさ」

「いいえ、当ててみせます!」

「今の私たちに不可能などないわ!」


 いつかバチが当たればいいのに。



 そんなこんなで夏コミへ向けて取り憑かれたように作業を進めた双子、バイタリティはあるのはよろしい事だが全てが終わったあと雷落とされたりしないだろうか。こちらも自分が男の喜ぶシチュや鉄板などを横からこぼしてクオリティを高めていく。油断するとすぐ謎のイケメンを出そうとするからなこの姉は、そんな事したら純愛警察や解釈違い警察というゲリラじみたイナゴ達のエサになってしまいかねん。やだやだネットってやだやだ。


 トキはデジアシにハマったようでこちらも調子に乗ってなんと自分のツイッターで背景演出や漫画効果のイロハをドヤ顔でツイートしていた、画像付きで。お前は何時からそんなに偉くなったんだ、こちらもプチバズりしたようでほぼ凍結していた元スマブラ垢が息を吹き返した様子にウハウハしている。お前はそれでいいのか。


 という訳で絶賛暇である、ミナミと二人仲良くハルヒを見る日々が来るなんて思いもしなかったぞ。


『……他にみんなやりたい事はないわね?少し物足りないけど、まあこんなものよね。じゃあ今日はこれで解散でいいわ!』


「この平野綾って人有名なんですよね?他のアニメで全然見ないですけどどうしたんでしょう。あと何回この話見せられるんですか」


 そんなの俺どころか全世界のオタクが聞きたい。




「「当選!」」


 あれから一ヶ月。ものすごい速さで描き進めほぼ完成と言った頃に届いた当選のメール、なんで三日目なんだ?まあもう後には引けないな。あと双子の語彙力が落ちている。


「印刷やらサークルの配置やら売り子やらどうすんだ」

「それはもちろん貴方たちに手伝って貰います」

「どうせ暇でしょ?」


 いつもいつも暇だからを理由に押し進められている気がする、まあそうなんだけどさ。


「トキ、印刷会社のツテは任せるぞ」

「えっ、いや私はそんなの知らな」

「売り子は二人でやりゃいいだろ、スケブやらお願いされるかもだし見た目はいいんだからいつものゴスロリ着てニコニコしてりゃ皆足を止めるぞ」

「そうだね、オタクがわかりやすいのはもう痛いほど知ったよ」

「そうですね、視姦されるのは不本意ですが作品の為ならば致し方ありません」

「俺は近くで適当にアドバイスしてりゃあいいだろう、ボディーガードも含めてな。ミナミは俺に着いてくるだろ?」

「まあ、そんな地獄に行くなら離れる訳にはいきません」


 嬉しいことを言ってくれる。


「よし、じゃあそれなりに頑張りながらそれなりに楽しもう。ああトキは当日コスプレしてくること」「えええ!?」


 えいえいおー、とまたもや情けない掛け声。こんなんで本当に大丈夫か?まあいいや。





 あっという間に時は過ぎコミケ前日、まさか本当にここまで来てしまうとは。ちゃらんぽらんな漫画部だったのにサークル活動までこぎつけるとは俺のプロデュース力が恐ろしい。

本は見事に完成した、『チャーリー』の総集編全七話+α‬、質量共に文句なし。二百ページ弱の大作である。いやはや実際に紙の形で手に取ると感動するな、俺が描いた訳じゃないけど。


 部数は二千、冒険しすぎな気もするしどこからそんな金がと思ったが忘れていた。こいつらは総じてぶっ飛んだ金持ちなのだ、売れようが売れなかろうが蚊が刺したようなもんらしい、羽振りがよろしい事で。じゃあなんでそんな出すんだよと聞いたが


「「名声と力」」


 と帰ってきた、海賊かな?そういや俺が呼ばれた理由もスレと酷評だったしこいつらの原動力は自己顕示欲のみなのかもしれない、まあいいや。そもそも参加をそそのかしたのも俺だしな。


 本は既に会場に届けられているだろう、明日は朝早くから出て領布の準備だ。少しはお小遣いも貰えるらしいから程々に頑張るかね。


 夜、居間でミナミと明日の準備をする。


「買いたいものも特にないだろうしできるだけ身軽で行こう、食べ物とか飲み物は割高だけど現地でも買えるし」

「はい、それにしてもこんな大事になるとは思いませんでしたよ。大きなお祭りらしいですけどちょっと心配になってきました」

「大丈夫だろ、サークルの近くで座ってりゃいいしわざわざ壁サーの列に並ぶわけでもないんだから」

「?」


 分からないよな、まあわざわざ説明もしない。なにせあの魑魅魍魎どもが跋扈している混沌を見たミナミの反応が見てみたいというのがあるからだ。うーんこれが愛というやつか。


「まあ程々にして早めに寝よう、明日は始発で行くからな。これでも遅い方なんだ」


双子は向こうでホテルを取っているからな。三日目当日のワシントンホテルなんて今更どうやって取ったのか、ああ知りたくもない。


「早起きは得意ですよ、でしたら今のうちに朝ごはんの準備もしておきましょう。うどんでしたら麺を入れればすぐに食べられますよね」


 手品の様に割烹着を身につけぱたぱたと台所へ、汁だけ先に作っておくらしい。良妻っぷりに涙が出そうだが良く考えればまだ妻じゃなかった、でもなんかそっちの方が興奮するぞ。さーてと、


「先に寝マース」

「はみがきしましたかー?」

「はーい」


 いよいよ明日か。






『あるーはれーたひーのことー』


「わああああああああ!!!!」


 ミナミがぬるぬるの作画で踊っていた、センターは何故か俺。驚いて飛び起きるとまだ外は暗い早朝も早朝、ド早朝である。

 

 二度寝しようと思ったがそうだ、今日はコミケ当日だ。寒さを感じつつ布団から抜け居間に出るとお出汁のいーい香りがここまでしていた、昨日の言っていたうどんか。


「よう、おはようさん」


「あら、一人で起きれましたね。おはようございます」

「昨日言ってたうどん?」

「ええ、ちょうど温めてたので麺も入れちゃいますね」

「たのんます」


 ふわーあと欠伸をして洗面台へ、歯を磨き寝癖を直してぱしゃっと顔を洗い戻る頃にはぽっかぽかのうどんが用意されていた。


「いただきまーす」

「はーい、めしあがれ」


 ずるずるとうどんをすする。簡単にと言っていたがしっかりと香りのいい出汁が使われまいたけ、豚肉、にんじんにごぼうと具沢山で中々楽しませてくれる。上に乗せられたしゃっきりとしたネギがたまらない。うどんと言うよりちょっとした鍋だなと思いつつもこれはこれで大好きなのであっという間にぺろりである。


「ごちそうさまでした」

「はいおそまつさま、簡単なものですみません」


 これが?嘘だろ承太郎、このクオリティで簡単な朝飯なんて言ったら全国のお母様が真っ青だぜ。


「いやいや、めっちゃ美味かった。ありがとな」

「そうですか?ふふん、ありがとうございます」


 自慢げだ、愛いやつめ。さーて今日は私服かあ、ミナミママのネクタイタイムがないなんて悲しいがサッと着替えミナミを待つ間パンフを眺める。漫研のサークルは当然だが長机サークル、パイプ椅子二つのお世辞にも快適とは言えないすしずめスペースだ。双子と俺と一緒に行きたいと渋るトキに通行証を押し付けたので準備している手順である、不安しかないが。にしてもそんな所に二千部とかバカじゃないのか?


「準備できましたよ、行きましょうか」


 ムッ、ミナミの私服。紺のロングスカートに灰色のシャツ、デニムジャケットを羽織っている。うーんレアだ、いつもは似合わない制服かよく似合う着物を着ているのでこう言う恰好はなかなか見れない、…年頃の女の子にしては地味な気がするが。


「おっしゃ、行くか」

「はい」




 いつもの駅でがたんごとんと都市へ、乗り換え次のゆりかもめまでしばらくあるので寝てるかと思い目をつぶろうとすると肩にふわりと重みが。横を見ればすうすうと寝息を立てるミナミ、おいおい朝には強いんじゃなかったのか?まあ遅くまで動いていたし朝も早かったので仕方ないか。にしてもこんないい娘に特にお礼もせずに生きている許嫁がいるってマジ?きっと人生の運を使い切っているに違いない。


 しばらく揺られ新橋に着く、未だ幸せそうな顔で寝ているが致し方なし。


「おーいミナミ起きろ、起きないと以前俺が双子の為に通販で買ったエロ同人を居間に放置した時こっそり見てたのばらしちゃうぞ」


 ゆさゆさと肩を揺らし声をかける、おっ目を開けた。


「うーん……朝ご飯はうさぎのステーキでいいですかぁー?」

「おーいなに寝ぼけてんだ、てか朝から重いな」


 マズい、発車メロディが。このままでは折り返してしまう。


「おーい!!ママー!?朝ですよお!!??」


 強めにゆするが起きない、ふにゃふにゃ何か言っているが聞き取れないし。朝に強いんじゃなかったのかよ!


「致し方なし!許せミナミ!」


 ぐいっと背負うようにしてそのままおぶる、ミナミの手を首に回しレッツゴーだ。ぐ、普通に恥ずかしいぞ!こういうイベントは人通りの少ない公園とかでやりたかった、周りには明らかに目的地が同じであろうファットマンがごろごろしている。邪魔だ邪魔だこちとら世紀の大富豪とのパイプを持った男とスーパー万能ママ様だぞう!首を垂れて感涙に咽べ!



 駅から外に出てゆりかもめの改札に入ろうとした時、後ろで身じろぎを感じる。


「……ふぁああ、…………どこですかここ!」

「おはようマイプリンセス、そこはわたくしめの背中にございます」

「はあ、それはわかりますけど。なんであなたの背中で寝てたんですか」

「ついても起きなかったからおぶってきたんだよ!全く朝から羞恥プレイさせやがって」

「あ、そ、そうだったんですか。すみません起きれなくて…」


 しょんぼりしてしまった、ちょっと強く言い過ぎたか。


「や、まあ背中にいい感触を貰ったし別にイーブンってことで」

「背中に?……ああなるほど、最低ですね」

「なにおう」

「まあもういいです、それで帳消しになるなら。さあ早く行きましょう、次はこれに乗るんですよね」


「おっおう」


 何とかなったか?なったよな。




改札を抜けゆりかもめへ乗る、新橋でもそうだったがもう既に同種の方たちが車内にはびこっていた。


「私ゆりかもめ乗るの初めてですけどいつも朝からこうなんですか?」

「俺もそんな乗った事ないけど流石にそれはないだろ、てか初めてなんだ」

「はい、確か電気で走っているんですよね」

「ああ、まあ普通の電車も大体はそうなんでけどな。あとゆりかもめは運転手がいないぞ」

「へえ」

「有事の際には合体してロボにもなる」

「なるほど」


 信じるな。



 青海で降りそこから歩く、ああいやだもう行列が見える。ほぼ最速のアクセスなのにこいつらはどこから湧いてきたんだか。


「凄い人ですね、こんな大人数みるのも初めてです」

「これでも序の口だけどな、早めに来たけどまだ開場まで時間はあるしのんびり並んで待ってよう」

「はい…これでもまだ少ないんですね」



挑むはどっしりと構える逆三角の失楽園、さあ今日は生きて帰れるといいな。帰れるよな?

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