漫画家編

覚悟の準備

「え?フローラ派とか本気?日本人やめたら?」

「え?二周して無いとかマジ?人間失格じゃない?」

「ええいうるさい、俺はあの健気で華やかな青髪に惚れたんだ!天空の花嫁はフローラ。これは英語よりも世界で統一された意思なのだ」

「「は?」」


 怖いから同時にこっちを見ないでほしい。


「どうしよう姉、やっぱりこいつイカレだよ。処す?処す?」

「どうしようかしらね妹、やっぱりこいつイカレだったわ。処すしかないかしら」

「やれるもんならやってみろ、もし俺に手出ししたらその机のブツをピクシブに本名で、」

「「お嬢様ダブルぱーんち☆」」

「がっ!?」


 頬を両方から同時に責められる。無表情のままよく人を殴れるもんだ、前世は二流のアメコミヒーローに違いない。ああ……なんでこんなろくでもない引きこもりと非生産的な会話をするような仲になったんだっけな……















 ……ろうさん、起きてください。お味噌汁が冷めちゃいますよ」


揺らされ、意識が夢から引き戻される。幸せな夢だったのか、悲しい夢だったのかはもう覚えていない、眠気はあるが飯が冷めると聞いては寝てる訳にもいかない。


「眠いよ〜ママ〜、おはようのキスはないの?」

「何言ってるのやら、ほらほら今日も頑張りましょうねー」


 優しく腕を引かれ布団から起こされる、今日も割烹着が似合っているな。のっそり立ち上がり居間へ。


 今日は厚揚げ豆腐をさっと焼きしょうがと醤油をかけたもの、なすと長ネギの味噌汁に鮭の切り身だ。座布団に座りミナミからお茶碗を受け取る。


「いただきます」

「はい、めしあがれ」


 まずは味噌汁、白味噌だ。ほのかな甘みと優しい味わいの白味噌はとろとろに溶けたなすとよく合う、長ネギのしゃっきりとした食感もアクセントになり箸が進んでしまう一品である。つやつやのお米を一口、二口と口に入れお次は厚揚げ。一口大に切られているのでそのまま食べる、外はかりっと中はお豆腐のとろりとした舌触りがたまらない。そしてああなんて醤油としょうが、豆腐の相性はこんなにもいいのだろうか。素朴とも地味とも言える豆腐の味を醤油が形作らせ、香り高いしょうがが料理としての完成度を果てしなく高めてくれるのだ。


 だがしかし、贅沢な事を言うがこれはあまりご飯のうけにはならない。一品で完結していてかつ、元が豆腐という食材のため味のないご飯を進ませるには向かないのだ。ならば、ここで鮭の切り身の出番である。まだちりちりと僅かに聞こえる焼きたての鮭、油が皮から染み出てなんとも美味そうだ。早速箸で身を切り取り口へ運ぶ、まず感じるのは塩気。甘塩特有の甘く、後から来る塩気が口の中で広がる。次に鮭の油、肉ほどどろりとせず、さらりと旨味を運んでくる魚特有の油だ。だが塩気はまだ残っている、ここで白米。


 なんて素晴らしい、塩気が中和され次へ、次へとご飯が進むではないか。油の旨味が口の中でご飯と出会いでんぷんとの相乗効果を発揮している、この流れを辞めたくない。ご飯、鮭、ご飯というルーチンをいつまでも、いつまでも続けていたい……




「ごちそうさまでした」

「はい、おそまつさまでした。ちゃんと鮭の皮まで食べましたね」

「楽しみのうちの一つじゃんか、残す奴は鮭を取りに来た熊に家まで押し入られてエサにされてしまうぞ」

「ふふっ、なんですかそれ」


 微かに笑いながら食器を下げに行くミナミ。それはいつも家で着ている藍色の小袖とよく似合っていて、その背中をずっと追ってしまっていた。


「ふん、さーて着替えよっかなー」


 ズズズとお茶を飲んで立ち上がり服の畳んである場所へ、あっらいたてのシャツゥ〜を……前も言ったなこれ。


 さっとズボンを履いてお次はタイだ、自分でできるしその方が早いが……


「おーいミナミ、頼む」

「はいはい」


 ぱたぱたと戻ってきたミナミにお願いする。タイを受け取り首の後ろに回すため少し背伸びをし抱きつくような格好に、必然的に密着するわけで穏やかなおしろいの匂いを嗅ぐ事ができる、これは言う訳にはいかないな。しゅるしゅると巻き付け首の少し下で結びキュッとして完成だ。


「はいどうぞ。ほら、また変な顔になってますよ」

「なってない」

「なってますよ。一週間前、鬼祇麗免さんの腕を見てた時と同じ顔です」

「そ、そんなことないし!別にこいついい香りだなとか髪綺麗だなー可愛いなーとか思ってないし!」

「何言ってるんですか、はあ。また適当なことを」

「いや、別に適当じゃないけど」

「えっ?」

「はっ?ああ、いや違う!そのあれだ、前やったゲームにそんなキャラがいてな!」

「はっはあ…ソウデスカ」


 シラーッとした顔に、よかった誤魔化せた。


「まあいいです、私も準備するのでぼやぼやして待っててください」

「なんだぼやぼやって、あっミナミ」

「はい?」

「ありがとう」


 ミナミは立ち止まり、振り返りながら。


「どういたしまして」


 いつもの優しい笑顔でそう返してきた。はあ、全くなんなんだ俺らしくもない。




……でも、まあ。適当じゃないってのは、本音かもしれないな。














「それでだね、聞いてくれよクロ!今朝メッセで言ってやったんだ。『そんなにVIP帯に篭もりたかったら一生マイナーキャラでも弄ってすがりついてな』ってね!アハハ!」


 俺は中学時代ヒロイン探しを間違えたのかもしれない。


「朝からうるせえよメッキヒロイン、顔とゲームの腕意外最悪なんだからさっさと退場してエピローグで仲間と世界を旅しててくれ」


「はああ?朝からこんな可愛い娘と喋れるのにクロは贅沢になったなあ!そんなだから中学時代の先輩に『顔はいいけど心の顔がかんたんルミナス以下だよね』って言われちゃうんだぞ?」


「関係ないだろそれは!そんな事ばっかり覚えてやがって!やはりここで悪魔は滅するべきなのか……凍れる黒き、虚ろの刃よ……」

「たあー!」

「ぎゃーっ!だからお前はいつも股間を蹴るな!」


不能になったらどうする、もう女の子として生きていくしかなくなるじゃないか。俺のホットワードはIPS細胞だ。




 昼休み。


「で、なんでまたいるんだよ」

「そんな言い方酷くないかい?親友と一緒にご飯を食べたいと思っただけさ。本音を言えば二人っきりがよかったけどね?」


 俺の横を見るトキ。


「そのけだものと二人でいると大変な事になりますよ?すぐ手を出して来るんですから」

「そうなのかい?」

「せんわ、んなこと。俺だって時と場合と相手を選んでから手を出すに決まってる」

「隙あらば出すんだね、でもいいよ。私はクロの性のはけ口になっ「今日の弁当の中身なんだ?」ても構わない女さ、さあ今す「えーと卵焼きにちくわの磯辺揚げ、それに」ぐ私の胸に飛び込んでオイ!!!」


 うるさいなあ。


「なんだよお前、ミナミの飯の時間を邪魔するなんて覚悟の準備は出来てるんだろうな」

「うっ、そんなマジな顔試合中もしてなかったじゃないか。すまない、食べててくれ」


 あったりまえだこんちくしょう、ミナミ様が朝早く起きて用意してくれたお弁当を放置するなぞミナミ様が許しても俺が許さん。


「いただきまーす」

「はい、私もいただきます」

「ぐっ、二人とも同じ弁当だ。サンドイッチの私がなんだか恥ずかしくなってきた」

「それだってお嬢様用の超高級食材のサンドイッチだろ、文句言わず食えよ」

「まあそうだな、サンドイッチに罪はない」


 モソモソ食べ始めた、さあこちらもまずは卵焼きを。うーんあまーい味付け、ご飯には合わないがお弁当の卵焼きはこうだと決まっている、てかそうリクエストした。タコさんウインナーも口に入れしょっぱさを残したまま冷えたお米を、炊きたてにはおよばないが冷えたご飯特有のもちもちとして熱さを気にせず咀嚼できるのはお弁当の特権だ。


 ベーコンで巻かれたアスパラ、磯辺揚げ、ミートボールに小さなハンバーグまで。ミナミは俺を何回泣かせれば気が済むのだろうか、あっという間にぺろりである。


「ごちそうさま、美味かったぞ」

「相変わらず早いですね、綺麗に完食ですし。はいおそまつさま……あっちょっと、」

「ん?」

「動かないでくださいね?」


ぐぐいと近寄りポケットティッシュで俺の口を拭いてきた。


「はい、ケチャップ付いてましたよ。まったく子供じゃないんですから」

「あっ、ああ…」


 ……こういうのは、上手い返し方が解らなくなる。いつものような話で誤魔化せば、いたずらをしてからかい返してやればいいだけだと言うのに。何故かそれが出来なくなる。まったくこれでは、俺らしくない。


「ぐぬぬ」


 気づけばトキが睨んでいた、ああ、そうだな。ちょうどいい。


「で?放課後どっか行こうって朝言ってたけどどこ行くんだ?」

「あな」

「ああ、まあ最近行ってないしな。お前と行くのも久々だし行くかあ」

「やったあ、クロとデート」

「ミナミも来るだろ?」

「あなってなんですか?」


 それを端的に説明するのはスーパーハカーでないと無理だ。


「本屋」


 嘘は言ってないな!


「ああ、でしたら行きたいです。ちょうど読んでた物が終わっちゃいましたし、持ってきたぶんもそれで最後だったんですよ」


 よく読むお嬢様だこと、でもミナミが好む本があるだろうか。……ないな、まあ反応を見て楽しむのもいいだろう。


「じゃあ行くか。……?どうしたんだトキそんな親の仇みたいな顔で俺たちを見て」

「とりあえずクロはヘタレで鈍感なアホだって事は今更ながらに思い出してきたよ」

「まだまだ俺への理解が足りてないな、俺は押す時は押す男だぞ」


 フン、とガツガツサンドイッチを流し込んでしまった。こいつの言うことはよく分からん。


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