静謐

 ぱちんぱちんとミナミの爪を切る。丁寧にお湯で濡らし少しずつ、形を整え、深爪にならないよう気をつけながら。


「まったく今日は酷い日でした、頑張って作ったお料理を煩悩一つで書き換えられるなんて」

「ごめんって、あの後直ぐに撤回したろ?」

「まあそれはそうですけど」

「それに前後関わらずお前のカツ丼の方が美味かったのも事実だ」

「そんなの当たり前です、さば味噌だけ一週間後で猛特訓した人に負けてたまるもんですか」


 ふくれっ面をしている。


「そうだそうだ。もし仮にミナミがさば味噌を作ってたら足元にも及ばないもんな」


 ふふん、と得意げになっているミナミはなんとも微笑ましかった。


「鬼祇麗免さん、『実質引き分けですわね!また今度リベンジ致しますわー!』とか言ってましたね」

「もし来たら引き受けるのか?」

「もちろん、こと料理に関してはそこらのお嬢様に負ける訳には行きませんからね」


 スマブラの時も思っていたがこいつは俺の思う以上に負けず嫌いなのかもしれない。


「その度引っ張り出される俺の身にもなってくれ」

「いいじゃないですか、かわいい女の子の手料理ですよ?役得とはまさにこの事ですね」

「ほう、かわいい女の子ときたか。お前も中々言うようになったな」

「違うのですか?」


 首を傾け、こちらを見る。意地の悪い顔をして。ああ、またこいつは……


「ふん、知らんね。俺は人を中身で見る人間なんだ、外見など視覚的情報の集合体に過ぎないのだよ」

「視覚的情報で勝利を左右させた人の台詞とは思えませんね、まったく」



 ぱちん、と切り終わる。


「ほい、じゃあ次左手な」

「はい」


 柔らかく滑らかな左手に触れる、ひんやりとして自分の手よりも白く、小さい。だが指の付け根は少し固くなっていた。


「……」

「……」


 沈黙が続く、部屋には爪を切る音と互いの息遣いのみ。しかし気まずいことは無い。穏やかな夜に心落ち着かせ、ただ二人の時間が過ぎていくのみ。


「あの、」

「ん?」

「明日は、さばの味噌煮にしましょうか?」

「おおいいね、是非ともお願いする」

「ええ、貴方の言う本物とやらをご覧に入れましょう」

「楽しみだ」

「はい」



 また静謐、二人の時間へ。しかし左手もそろそろ切り終わる頃合だ、そうすればこの時間も終わる。歯を磨き、布団へ潜り、騒がしくなるであろう明日のため目を閉じるのだ。





……それがとても、とても惜しく感じた。


「ミナミ」


 なぜなら、


「はい?」



 もっと見続けていたいと思ってしまったから。


「いつも、ありがとな」


 お前がふいに見せる、


「……好きやっている事ですから」



 その、柔らかなーーー

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