スマブラ編

スマホの力を過信したな

「クソっ、筋肉ダルマが…!格ゲーに戻っていろ!」


 悪態を付きつつ紙一重で上強を躱す、当たれば浮かせられ試合終了なプレッシャーと驚異的な後隙の少なさから俺は行き場のない焦りを感じていた。ベヨネッタ特有の稼ぎやすさにより向こうも100%を切っている。こちらは60%台なので普通の状況ならば焦る必要は無い。決め手こそ少ないもののしっかりとテリーの弱点である空中機動を読み、空後で決着が着く試合だ。


 しかしヤツにはGOサインが出ている、テリーの吹っ飛び率が100を越えると発動する一発逆転の術。難攻不落のバラウール、それがテリーの最大の特徴である。


 特殊入力により前方に超強力な衝撃波を放つパワーゲイザー。大きく前に移動し掴みあげ画面端ならば40%からでも撃墜可能なバスターウルフ。いずれも相手が高パーセントの場合下強や上強のコンボからはずらされるか浮きすぎて入らないが、コイツにそれは通用しない。


 ほぼなどではなく確実に入力を決めてくる。上級者でもミスする強攻撃からの超必殺技コンボ入力をだ。バケモノとしか言う他あるまい。故にこその膠着状態である。発生も範囲も優秀な上強下強が決まれば軽いベヨネッタなどチリのように吹き飛ぶだろう。


 NBで牽制しながら距離を取るが羅刹の如く躱してくる、クソが。チャージを織り交ぜて発射タイミングをずらしているのにも関わらず、だ。やはりこいつ俺の癖を完全に見抜いている、只者ではないが負ける訳にはいかない。


 ここで負けたら1週間続いたお嬢様からの尊敬の眼差しが失われてお姉様などと慕われ取られる未来しか待っていない。「タイが曲がっていてよ」「あっ…///」なんてやり取りしちゃったりしてな!見てみたい気もするがプライド的に負ける訳にはいかないのだ。


 !


 バカめ、隙を見せたな。


 地上からバレット(NB)をチクチクされるのに嫌気が刺したのであろう、苦手な空中から差し込んで来た。勝利の分水嶺はここに。テリーの空Nを後退し避け、横強を擦る。


 3段目まで入力するベヨネッタの意外に伸びる横強だ。初段は距離が足りなかったが2段目が刺さった。3段目まで当たり見事高く浮く。伊達に110%まで切ってない!今までの空中での挙動、回避の癖を海馬から総動員し必殺のタイミングを計る、狙うはもちろん空後。今作で当たり判定がクッソ削られたが威力は健在だ!


 フェイントを織りまぜるとやはり回避した。未熟!今作の仕様上2回目の空中回避は不可である。魂が叫ぶのを感じた。


「逝けよやぁあああああああああああ!!!!」


 スカッ


 その時既に地上だった。


「あっ」


 声が漏れる。


 ベヨネッタは空中で攻撃を降ると着地隙が大きくなるのだった。先に着地し素早く密着するテリー。


「あっ」


 ダッシュからの滑り下強、また高等テクを。浮かされる。


「や、やめ」


 ガシ


『Are you OK!?』


  よくない。


『Buster Wolf!!!』


 その日俺は初めてお嬢様学院で敗北の苦汁を味わった。




 ミナミがいそいそと朝ごはんの支度をしているのを横目に歯を磨く。炊き立てご飯と味噌汁のいい香り。アジの干物だろうか、香ばしい匂いが空腹を刺激する。げんじんしんのように素早く動きちゃぶ台の前に座る。座布団がひいてあったのでどこかから引っ張り出してきたようだ。


「いただきます」

「はいどうぞ、召し上がれ」


 まず味噌汁をすする、赤味噌の塩気が目を覚ますと同時に運米欲(今俺が作った)を刺激させ、やさしいお豆腐の味がまた泣かせてくる。


 アジの骨とってと駄々をこね仕方ないですね…と聞いた後しめしめとご飯を口に入れる。もっちりと歯を押し返す心地よい感触、噛むたびほのかに甘みを感じられ脳まで満たされる様だった。はいどうぞ、と干物の身を渡される。あーんと言ったらチョップを食らったので大人しく受取る。


 程よい塩気、香ばしい香りが口に広がりすかさず飯を。十、二十回噛んだ後味噌汁を少しすすり一息つく。久しぶりに食べたまともな朝食という事もあるだろうが、やはりこいつの作る飯は最高だ。ぶっちゃけちょっと惚れたかもしれない。こんな素晴らしい女性を前にして話の途中にソシャゲを始める奴は一万年と二千年以来のゴミカス野郎に違いない。俺が一生をかけて守ってやらねば。


「ごちそうさまでした」

「お粗末様、やっぱり貴方食事中は大人しいですね。米粒一つ残してないしなんか箸の使い方も綺麗だったし…」

「モテる男は内側からって言うしな、それにいつも大人しいだろ。で?今日から学校だって?」

「何言ってるんだか。はい、聖ヘイズ「長くない?」…ヘイ女に通って貰います。特殊な行き方なのでしっかり覚えて下さいね。いずれ一人でも行けるようになってほしいですから」


 気の抜けた略称だなあ。にしても…


「なんだよ特殊な行き方って、お嬢様学校なんだからリムジンで送迎してくれないのかよ。都合悪いなあ」

「よくそんな最高に都合のいい事言えますね、まあ。そういう生徒がほとんどですけど避難用や外部の教師のために別口があります。当然国家機密なので他人に喋ったら…いえ何でもありません」


 絶対誰にも言わないようにしよう。


「とにかく早く準備してください、私も支度しますから。ホラ!靴下は向こうの箪笥!」

「へいへい」


 お前はオカンか。



 押し付けられた黒いブレザーを身にまとい外に出る。素人目だから知らんがめちゃくちゃ肌触りがいい。お嬢様秘密学校の件、半分まだ信じてないが現実味が帯びてきたぞ。


「お待たせしました」


 パンツ…じゃなかった、葛籠の中と同じ、懐かしくも上品な和の香りを僅かにさせつつ白いブレザーを纏いミナミは出てきた。しかしその香りと合わさり何とも洋風の服が似合わない奴である、やっぱり浴衣を着せて帯をくるくるとほどいていくほうがいいな、ゲへへ。


「変なこと考えてないで、行きますよ」


 そんなに顔に出ているのだろうか。


 駅まで歩き三駅先の都心へ、そこからまた歩き裏路地に入ると古ぼけた電話ボックスの前で止まった。一回ずつダイヤルを回していくタイプのアレである。


「よく覚えて下さいね」


 そう言うとおもむろに五円玉を入れた。何やってんだと思ったら何故か五円が帰って来ない、飲まれたか。


 気にもせずダイヤルを回すミナミ、725578…くっ。案外簡単に覚えられそうだ。するとカシャン、と音が鳴り周りにシャッターが下りる。


「お、おい」


 少し地面が揺れたかと思うと次はまるでエレベーターで下がっているような感覚に陥った。まさか…


「校外から来る教師用のエレベーターです、これで地下まで行き後は学校まで直通のリニアモーターカーで行きます」


 一体日本は何時からこんな秘密結社じみたことをし始めたんだ。しかしまあめっちゃ好きな展開ではある。てかこれオトナ帝国じゃん。


 チーン。という音と共にシャッターが開くと想像より地味だがどこまでも続くトンネルと無骨かつ近代的な乗り物が待っていた、大きさは新幹線の一車両ほどだ。


「思ってたんと違う」


 お嬢様学校っていうからもっとスターでウォーズな設備を想像した。


「言ったでしょう教師および外部用って、設備自体は最新鋭らしいですから早く乗ってください」


 せかされ入る、おお。中は意外といいじゃないか。自由席の新幹線とまんまな内装だし椅子はふかふかだ。しかられたくないしこれ以上の文句は言うまい。



 出発進行。電話エレベーターのような揺れはほぼない。申し訳程度の窓がついてるが同じコンクリが見えるだけで早さすらよく解らない。


「場所は極秘ですからね。生徒すら詳しい場所は知りません、三十分程で着くので寝ててもいいですよ」


 と、巾着から本を取り出し読み始めた。マイペースな奴。言われた通り寝てるか…





「だから言ってるだろ?TSモノは所詮恥じらいと困惑の相乗効果を味わうだけの一発ネタであって50話までがせいぜいで長々と連載するようなものではないって」

「いやそのりくつはおかしい。段々と男としての心と体に引っ張られて女の心になっていく自分との葛藤を長い時をかけて見守るものなのさ」

「だからそう言ってるじゃねえかこのタコ!お前は理由をつけてダラダラ見続けていたいだけなんだろ!?新ジャンルにいくことを怖がってるチキン野郎が!」

「喧嘩を売られたと受け取るぞその言葉!そもそもお前はTSモノで普通に抜くじゃないか!『見守る』を信条としている我が部にふさわしくないのではないかなぁ!?所詮お前は数あるオナネタの内の一つとしか考えてないんだろ!」

「はあああああ!????もう戦争だぞコノヤロウ!表へ出やがれ!今こそ恋恋慕家に伝わる奥義を」

「昇竜拳!」

「うごはぁ!」

「弱すぎなんだけどマジ!誰こいつを神って言った奴は!誰だよこいつを神って言った奴は出て来いよ!ぶっ殺してやるよ俺が!よーえーなーマジ神、神とか言ってマジで!言い訳してるだけじゃねえか!そう言う議論じゃねえからこれ!」



 …きてください、くろうさん着きましたよ。起きてください」


 心地よくゆすられ夢の世界から覚醒する、中々に悪夢だった。懐かしい気がしたが気のせい気のせい、予知夢か何かさ。


「おん。早いな?」

「言ったでしょう三十分で着くって、さあ行きますよ。はぐれても知りませんからね」

「ハイハイ、なあ。ところでさっき俺の事名前で」


ぱしん、と頬を叩かれた。


「行きますよ」

「ハイ」


 既にドアは開いていた、時計を確認。八時半か、何とも言い難い時間だ。


 乗った所とほぼ変わらないホーム。しかしようやくお嬢様学校らしい煌びやかなエレベーターが待っていた。さあもう流石にドッキリでしたで終わる雰囲気じゃなさそうだ。ドキがムネムネしてきたゾ。


「まず学院長室に向かい学院長とあいさつして頂きます、その後は全校生徒の前で簡単な演説をですね。今のうちに簡単な話でも考えておいて下さい」

「ちなみに全校生徒何人?」

「三百人程ですが」


まあマシか。


「おつきのメイドが各一人に日本の重役が二百人程、後は教師が数十人に日本中の大富豪の進学希望者に生配信ですね。今の待機人数が千人超えました」


 さーて帰り道はどこかなとスマホを取り出すが圏外だった。


「スマホの力を過信しましたね」


 帰りたい。

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