第9話 不本意な名

 あの時、聞こえた言葉。


「刀を取れ」


 そして刀を手にしたとき直接耳にするような感じではなく心の中に響いた言葉。


「次は其方だ」 


 朧気な意識の中、目が覚め戦った後に記憶に残っていたのはそれだけだった。ただ一つわかることは、この刀を簡単に手放してはいけないということ。


「ハルさん? ハルさーん?」


「ん、ん?」


「どうしました? 少し休みます?」


「あ、大丈夫。ちょっと考え事を……この刀はもらいものでなんの刀かはよくわからないんです」


「もらいものの刀……ん~それなら尚更。これを持つべきですね」


 ニヤニヤと陳列された刃がゴム製の試供品ナイフを巧みに持ちこちらへと差し出した。


「解体用ナイフ……買うよう店主にも勧められたのですが今は装備にお金を使っちゃって今は────」


「だと思いました。なので私が一本プレゼントします!」


「え?」


「プレゼントですよ」


「え、いや」


「好きなの選んでください! 伊達に4年もつづけてないですからね」


「急にどうして?」


「ささやかなお礼……って言えばいいですかね? それに! いつまでも装備がこころもとない状態でこの先乗り切れるわけないんですから、ここはひとつ先輩からの贈り物です!」


「ありがとう────」


「あ、いえ……どういたしまして。んー! なんかやっぱり昔の感じとは違いますね」


「そう……かな?」


「そんな面と向かってこう『ありがとう────』って……あぁ!! なんだかもどかしいです! 選びましょう!」


「お、おう。じゃあ、このナイフとかちょうど良かったり?」


「ちょっと刃が長いですね。持ち運びが楽で丈夫なやつで尚且つ機能がいろいろつてるのが良いですよ」


「そしたら、これとか?」


「それはアクセサリーとして身に着けられる奴なので……ってなんで異界探索用のコーナーにこんなナイフがあるのでしょう?」


「店主の趣味ですかね?ってこれ20万するじゃないですかやだ」


「魔法がかかってるにしてはちっちゃくて可愛いナイフですよねぇ……」


「え、魔法がかかってるって? 今、未知の単語をするりと聞いたような」


「ああ、私達が放つ魔法とは別っぽいのですが異界で拾われたりした武器って何か特殊な効果が付いてることがあるのですよ。ハルさんも見てると思いますよ?」


「特殊な効果……。あ、カマイタチの爪!」


「ですです。ああいうのは素材ですが、その武器バージョンって言っていいですね。有名なのだと5番隊隊長の持つ振るうと炎を吐き出す大剣。炎神ってかっこいい名前がついてるやつ有名ですかね」


「炎を吐き出す?!」


「なかなか有名な人なんですけど知らないんですか?」


「世間には疎くて、テレビとかも普段見るのは天気とかニュースくらいですし」


「隊長達はたまにニュースに出たりするのですが、アカザキ サノって言いますけど聞き覚えとかは?」


「う~ん……ないですね。情報弱者です……」


「あはは、もうちょっと世間に目を向けましょ」


 談笑に浸りつつあれこれとナイフを選んだ。


 そして二人で、これが良いだろうという解体用ナイフを持って受付へと戻った。


「査定ついでにこれを下さい!」


「おお! お買い上げありがとさん! 刀のあんちゃんはお目が高いねぇ?」


「お目が高い?」


「そうさ。それは剛田社製のG0dA-K04の異界探索用で解体と開拓に特化したナイフだ。グリップの握りやすさ。扱いやすいノコ。太いツルでも斬れる良い代物だ。探索員なり立てのあんちゃんにゃぴったりよ」


「へぇ」


 選んだのはほとんどサユキなのだが良いプレゼントをもらってしまいなんだか悪い気がしてならない。


 ふと、サユキを見るとサユキはなんだか嬉しそうにしている。そんな表情をされてしまえば男はいちころだと改めて理解する。


 そして店主へと番号札を渡しゆっくりと査定結果を告げられた。


「さて、査定結果だがまず先に────例の爪についてわかったぜ」


「! それで……いかほどに?」


 前に一度店へ寄った時。カマイタチの爪の値段がうまくつけられないとのことでサンプル品として一つ提供してほしいとのことで、この前一本渡した。


 それだけ慎重に調べてもらったのだ。それなりの値段をつけられてるに違いない。


 しかし、どこか困り顔で店主。


「率直に言おう。今のところ……相場として一本、5000円だ」


「…………」


「ま、まあ。倒すのに多分に苦労したんだっていうのはわかる。が、本部でな。前に分けてくれたサンプルをいろいろ試してみた結果。素材として加工不可だったんだ。削ったり折ったりした場合。疼痛効果がなくなっちまってまったく普通のありふれた魔物の爪の素材となんら変わらないものになっちまってだな……それでも破格の値段ではあるんだ」


「へぇ、この爪が一本5000円……魔法が宿ってるにしてはとてつもなく安いですね」


「本部にも、ちょっと再度確認したが加工不可で使い道が少ない上に取り扱いが難しいとなるとこれくらいだろうとのことだった。売るかどうかは刀のあんちゃんにまかせ────」


「いや、売ります!! 一本5000円……この前のと今までの合わせたらすごい値段になるじゃないですか! えっとえっと……合計で確か43本だから一本5000円で計算すると215000円……売る以外選択肢あります?」


「な……ない。な?」


「なので次来た時、持ってくるので待っていてくださいよ?」


「おう! まってるぜ────っとそれでだ。今日もまた良い案件を持ち込んでくれたな?」


「あの大剣のことですか?」


「そうだ。刀のあんちゃんは何かしら持ち込まないと気が済まないのかねぇ。黒いねえちゃんもどうだと思うよ?」


 にやにやしつつも若干あきれ顔で店主。


 持ってきた方がお金が入るしこっちもお金が入るからウィンウィンの関係じゃないのかと思ったが、カマイタチの爪といい値段がついてないものに関しては手間がかかるのだろう。


「初級探索員が持ち込む案件じゃないってことはなんとなくわかりますね。ははは……」


「だろ?」


 顔を見合わせて苦笑いをする二人であるがこっちは必死だ。


「いや、まあ。その分不相応って言うのは何となくわかりましたが大剣もやっぱり値段がわからなかった感じですか?」


「まあな。あれってどこで手に入れたんだ?」


「近所にできた異界の3階層です。ゴーレムが持ってたんですよ!」


「ゴーレムか……そりゃ穏やかじゃないな」


「穏やかじゃないというと?」


「そりゃな。単純に危険だからだ。硬い。動きが端的。力が強い。強力な奴は魔法も行使する」


「魔法も?!」


「そうだ。ゴーレムの存在は異界が現れて遺跡が発掘されてから延々と確認されてきていてな。機械ではなく魔物でもない。誰が残したのか、どうやって作られたかも不明。唯一わかることは遺跡を守っている事だけだからな」


「へぇ……」


「未知。未知が故に対処する時は、様子見と対策がそれなりに必要な相手になるわけなんだが……」


 じっとサユキを見る店主。


 そっと目を逸らしてサユキ。


「いや、まあ3階層でしたし~」


「はぁ……2番隊の銀剣様がついているとはいえ」


「その呼び名は不本意ですって……」


「え、ユキさんそんなかっこいい二つ名つけられてるの?」


「そうだぜ? この黒いねえちゃんこう見えていろいろ────」


「ちょ! ちょっと! リュウさんそういうの禁止です! ハルさんは何も知らないんですから!」


 慌てながら店主との間に割って入るサユキ。


「いやいやユキさん。何も知らないんですよ? 知らないと進まないことってあると思うんです」


「きっぱり決め顔で言わないでください! プライバシーの侵害です!」


「ということで店主さん教えてください」


「なんでそんな頑なに! ハルさん昔から頑固な所ありません?」


「頑固ではなく信念があるってやつっすよ。ということで────あ、このくだり前にも」


「私も今思い出しましたけど諦めてください! それよりもです。その大剣の価値です! それが大事じゃないんですか?! ね?」


「そうだ! 大剣」


 若干ひきつった表情をするサユキを他所にきっとお高く売れるだろう大剣の話に一瞬でシフトする。


「あんちゃんはあんちゃんで欲望に忠実だなぁ……ただの無鉄砲死にたがり野郎だと思ってたが、まあ見直したよ」


「今なんかしれっと悪口聞こえた!」


「いや、口が滑った。それでだ。大剣の価値も例によってわからねぇ。そもそも3階層で拾えるような代物じゃないからな。イレギュラー価格ってやつだ」


「何となくはわかってましたけど、ゴーレムが出現したりする所ってそんなに深いんですか?」


「ああ、一番浅い目撃例で20階層だな。群馬県にあるみなかみ異界だ」


「さすがは群馬で話題になりましたねぇ」


「へぇ……」


「ってことだ。わかり次第また来たときに教えるさ」


「わかりました。それでユキさんのその銀剣様って────」


「まだ話戻します?!」


 結局銀剣の謎が深まったのみで終わってしまい帰るには良い時間帯になったのでファミマを後にして店を出た時だった。


「あれ、サユキ?」


 そう呼び止めたのは見上げる程の身長があり体はたくましく太く重そうな大盾と大剣を背に重い金属の鎧を身にまとって二番隊の腕章をつけた男だった。


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