第3話 眩しくて

────大木の異界第一階層。


 差し込む異界の光はまるで木漏れ日。


 真上に大きな木が生えているような感覚のない空間のなかに広がる森。


 そんな幻想的な景色を堪能するようにユキ。


「すごい。光が……眩しい」


「ほっこりするような光景ですよね。異界じゃなかったらちょっとした観光ができるほどに」


「大自然を模したような異界はたくさんありますけど、ここまで穏やかな所はそうないですね。なんだかいいところを見つけちゃいました」


 こういう時は一体なんて言葉をかけたり返したりするのだろうか。


 少し頷く程度しかできない。


 シロ相手と喋るだけであれば、『お腹空いたの? お昼食べたばかりじゃない』なんて適当に済ませることは可能だ。


 だが、相手はヨゾラ。改めユキさんだ。


 仕事の時は仕事の話をしていれば大丈夫だった。何も考えず無の境地と心の中に平穏をもたらしながら話す。


 これがコミュニケーション能力の浅い自分の処世術だ。それ故に異界のなかでどう話したら良いものかよくわからない。


 いや、遊びに来てるわけじゃないし一応、命がかかっているわけで気を抜いてるわけじゃない。


 ここで何か気の利いた会話の一つでも出せるスキルでもあれば今頃一人で探索をしているようなことはなかったのだろうか。


 今は……二人か。


 情けない思考をめぐらせている間も歩いて行く。ユキは空を見たり木々を眺めたりと忙しそうにしているところへ突然。


「この葉、なんでしょうね?」


「え、は?」


「あ、これです。葉先が丸くて葉脈が無い。今までに見たことがない植物ですよ」


「確かに……よく注意して見たことがなかったから気づかなかった」


「植物も異界によって多種多様な生態系を築いているのですが……ここのはなんだかかどの異界で見た物となんだか違う気がします」


「へぇ、ということは新種?」


「ん~、異界植物学については私も使える薬草についてしか知らないのでよくわかりませんね」


「異界植物学……?」


「はい。地上の植物と系統がまったくもって違うらしく植物というには足りないから異界は異界で分けて植物らしいものを異界植物と定義したところから始まったそうですよ」


「そんな学問があるんですね」


「他にも魔物学、魔法学っていろいろありますけど……ハルさんはあまり知らないですか?」


「ああ~。ここ最近でいろいろ情報収集を始めるようになったから何となくは知っているけどよくはわからな────っということは」


「ということは?」


「もしかして、この葉っぱ……新種で薬草だったら高く売れる?!」


 ユキが握る葉っぱを食い入るように見つめるハルヒト。だが、いくら見つめても薬草であるかどうかなどわかるはずもなく。


『緑色の葉っぱぁ』という感想だけが頭の中に残るのだったがしかし────


「え? あ、ちょちょっと、は、ハル……さん。近い……です」


「ん? あ、すみません。つい」


「い、いえ……でも、本当に切実なんですね?」


「う~ん、威張る程ではありませんが切実に生きています」


「もう、なんです? その切実に生きるって。それに薬草かどうかなんて使ってみないことにはわからないんですから難しいですよ」


「なら、これを食べれば……」


「いや間違っても食べないでくださいね? それにもうちょっとこう……やり方があるじゃないですか」


「やり方かぁ……擦る? いや潰す。塗る? 効く。そして……売れる!!」


「ふふっもう、勝手に連想して目標地点にゴールしないでください! 『売れる』って言った時だけめっちゃ笑顔になるのもやめてくださいよ」


 木々を触り、生えている謎の草を観察していく平和な探索にシロが警戒を始めた。


「グルルルル」


 シロの威嚇。


 魔物が近くに寄ってきている合図だ。


 刀に手をかけ、敵の素早い動きに警戒するべくシロが警戒する方向を見る。


 その雰囲気を察したようにヨゾラは何も言わず腰に下がる大剣を抜いた。


 銀色に輝く刀身。


 木漏れ日に反射した剣はしっかりと手入れのされてあるものであることを物語る。


 そして草木が揺れる音と供に敵は現れた。


 目にも止まらない素早い身のこなしで一直線に向かってきたと思わせるように長い爪を走らせ右へと進行方向を転換させた後、攻撃を加えられる。


「く!」


 反応した瞬間にその一連の動きは終わり駆け抜けていく様はまさに伝奇に存在するカマイタチを彷彿とさせるに足る動き。


 今まで奴と戦ってきた体がここだと教える様に爪の当たる所へ刀を構えなんとか攻撃を凌ぐ。


「速い! ハルさん無事で────」


「次きます!!」


 目を離したすきを突くようにカマイタチはユキへとその爪を当てるべく迫りくる。


 だが、さすがと言うべきか夜空はその攻撃を小回りが利きずらいだろう大剣でカバーし一振り。


 風を切る音が重い。


 刀で風を切る軽い音と比べるのでは桁が違う程に一撃の威力の重さを感じさせられる。


 ユキの大剣による攻撃に焦ったのかカマイタチは一定の距離を取り周囲を素早く走る。


 この魔物と初見で戦ってその初撃を防ぐんだから自身の戦闘経験とは比べ物にならない。


「ハルさんが言っていたカマイタチ……ヤバイですね」


「はい。めちゃくちゃ速いうえに方向転換も自由自在なので気を付けてください」


 あれだけ苦労してあの魔物の攻撃を受けないようにしていたが、その段階を踏むことなく対応できるのはすごい。


 それにユキは、初めて戦うだろう敵であるのにも関わらず前へ出てくれようとしている。


 小柄なのにとても安心感のある背中がそこにはあった。


 その背中に任せてみたい。そんな今までにない感情が心の中から出てくるのを感じた。


 だが、あの攻撃はとても痛い。初撃は防げても戦い続けて受けないという保証はない。


 あの痛みをユキに負わせてしまうのはなんだか気分が……良くない。


 ユキの肩に手をあて前へ出る。


「ハル……さん?」


「任せて」


 一言残し、姿勢を低くして走る。


 その瞬間、弱いやつがわざわざ前へ出てきたと思うがの如くこちらへと一直線でカマイタチが向かってきた。


 いつもより行動が読みやすいのは恐怖を味わったからなのか。


 時間にするとほんの1秒にも満たない世界。


 だが、はっきりと見えた。


 一直線に向かったカマイタチは必ずどこかでフェイントのような動きをしてから本命の部位に攻撃を仕掛ける。


 その動きをなぞらえるような青い線のような何かが見えた。


 終点へと向かうようにカマイタチは宙を行く。


 そして当たると。確実にとれると。わかった所へ刀を置いた時。


 斬れた感触と供にすれ違った。


 静かに当たった感触を確かめ刀に着いた数滴の血を拭き取る。


 ぴくぴくと痙攣するカマイタチのところへと向かいいつものように爪を剥ぎ取った。


「ありがとうございます!」


「ん? ああ」


 お礼を言われたが一体なんのことなのかはわからないが頷いてしまった。


 なんなら、最初にヨゾラが牽制してくれたおかげでカマイタチの動きが読みやすく楽に倒せたのだから、こちらからお礼を言うのが筋だろう。


 黙々とカマイタチの爪をゆっくり切り落とす。


 指は3本あり、腕に2本ある。その3本のうちの中指に長い爪がついている。


 そのほかの指からも爪は生えているのだが長い爪特有のあたったものに痛みだけを与える性質はない。


 それ故に中指から生える長い爪だけを剥ぎ取る。


「私が、この魔物を見るの初めてだから前へでてくれたのですよね?」


「ああ、この爪は痛いからあまり……ね」


「ハルさんってやっぱり優しいですね」


「え? あ、いや……そんなことはないと思いますよ」


「あの時も……自分を犠牲にしてみんなを助けたじゃないですか」


「いや、あれは無我夢中で誰かがやらないと大変なことになっていたから……」


「そうですね。誰かがやらないといけなかった。もしかしたら死んじゃうかもしれない危ない役目……でもハルさんがやってくれたんです。私たちを助けてくれたんです。だから今度は私がハルさんを守りますからね。次からはしっかりと任せてください!」


「ユキ……さん」


 ユキは笑顔で言った。


 まるで尊敬してるとでも言うように。


 そんな高尚な人間ではない。けれど、その熱い視線は一種の罰なのかもしれない。


 倒せるだけの力を守れるだけの素養を持っていたにも関わらず逃げてしまった自分。


 我が身可愛さに、自分の心の弱さ故に何もしなかった自分への罪悪感が胸を抉る。


 ああ、見惚れる程の笑顔がとても眩しい。


 本当に────


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 そんな眩しさによそ見をしていた天罰が下るのだった。

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