第9話 異界探索員入門

 誰の手も加えられていないはずだろう場所に加工された石畳の階段を下っていく。


 第3階層へと至る道のりだ。凸凹としていないしっかりと加工された石畳はその時代においての技術の高さを物語るようでどこか不気味である。


 そんな不気味さを感じつつ階層が変わった感覚を味わい心を新たにして臨む。


 速い魔物との戦いに登山。そんな摩訶不思議な異界の次に用意された階層に一体何が待っているのか。


 正真正銘未開の異界。ネット検索にかけたとしても出るはずのない異界。


 誰かが踏破してる訳でもなく全て自分でやらなくちゃいけないハードな場所であるがある意味未経験者にとってはとても良い経験になるに違いない。


 唯一の利点は家から徒歩3分のカップラーメン圏内。誰がいるわけでもなく誰の助けも来ない。


 考えてみれば命綱もない中で探索しているに等しい場所だ。


 けれどリスクは承知の上だ。いったいこの異界がどんなものであるかどうなっているのか。


 くすぐられた冒険心と生きるための活力が足を前に動かすのだろう。


 降り立った先はよくわからないアーチ状の石があった。綺麗な黄色い花々が咲くのどかな場所だった。


 よくみると花も奇妙な形をしている。星形をくぼませたような歪な花。


 中央から伸びるのは雄しべでも雌しべでもない鍵爪状のつる。どうやって繁殖しているのかもわからない花だがどうやって自生しているのであろうか。


 そんな花々を他所に自然にできたと言うには無理があるアーチ状の石を潜り抜けると奇妙な影とばったり出くわしてしまった。


 魔物が一匹。


 全長5mはある。明らかにやばい魔物だ。


 黒い羽に足と見間違える程の長く鋭い爪。カラスのような頭と赤いくちばし。


 そいつはその鋭い爪で足元に押さえつけられていた狼のような魔物を串刺しにして飛び去って行った。


 とんでもない光景を目にしてしまった気がする。


 あの狼の魔物はネット上で見たことがある。狼のような風貌であるが毛ではなく長く丈夫な鱗が体を覆い犬のような頭をした魔物。


 各地の異界で広く分布している肉食獣スケイル・ハウンドだ。


 ここは、スケイル・ハウンドが出現する階層のようだ。


 初心者は、スケイル・ハウンドを入門と見立てて対魔物との戦闘の基礎を高めていくとまで言われるほどに一般的な魔物だ。


 異界を探索するうえでどうしても通らなければならない道だと言われる程にメジャーな魔物。


 生態は未だに謎に包まれている。


 群れで動く事もあれば単独でいることも多い。卵生で鋭い5本の爪と2本牙、速い動きで探索員を翻弄する厄介な狩人。


 手負いの相手に対してはどこまで執拗に襲って来るため注意が必要だ。


 ここまでがスケイル・ハウンドに対する知識。今まで戦ったアラネアや小カマイタチ、レオボアとは桁が違うのだろう。


 奴らは狡猾で獲物の隙を伺いながら攻撃するタイミングを見計らっている。


 いつもより注意しなくてはならない。


 鞘に手をそえながらゆっくりと歩いていく。


 第二階層程ではないにしろここも森だ。倒れた木々や大きな岩石。


 所々にある獣道が特徴的で頻繁にスケイル・ハウンドが通っていだろうことがわかる。


 アーチ状の石の下をゆっくりと潜り抜けた時、右横にある茂みの中で草と草がこすれる音がした。


 自分が出した音じゃない。


 ここから3mか4m程の近いところだ。茂みは深く見通しが効かず何がいるのかはわからない。


 足を止め音に集中した瞬間。


 その茂みにいたであろう何かが足音と草の擦れる音をさせながらとびかかってきた。


 必死に横へと飛ぶ。


 鋭い5本の爪と2本の牙。


 茶色い鱗に覆われた大型の犬とも取れるような大きさの獣。スケイル・ハウンドだ。


 音に気を配っていなかったら危ない所だった。奴は飛びついた勢いのままに草むらへと隠れ再び身を隠した。


 刀に手をかけタイミングを図る。


 走り回っているのか草のすれる音と足音だけが聞こえる。もう逃げられないぞという暗示のつもりなのだろうか、しばらく走り回りピタッと止まる。


 止まってから草が異常に揺れる箇所がありそこに注目をやった瞬間、別のところからスケイル・ハウンドが飛び出してきた。


 とっさに避けようとするも間に合わずやつの爪を肩に喰らってしまう。


 押し倒されることは免れたがくらった衝撃で後退し黄色い謎の花の咲く第三階層の入り口まで飛ばされた。


 衝撃の走った個所は防具の黒い甲殻部分でダメージはない。


 助かった。


 もしも私服なんかで来ていたら出血大サービスも良いところだっただろう。


 深い草の生えた所はなくなり、ゆっくりとやつの姿があらわになる。互いににらみ合い膠着状態が続いた後に刀を抜きぶつかり合った。


 奴の爪と牙は刀とぶつかるも折れる気配もなく何度かすれ違う。

 

 とても丈夫な武器を持っているようだ。


 対峙してから時間もそんなに経っていないにもかかわらず息が上がる。


 やつの一撃の重みとカマイタチとの戦いにはない感覚。傷を負って死が間近にある緊張感が今更心の中でうごめいているのを感じる。


 ランサアラネアレギーナと戦った時とはまた違う感覚だ。


 これが魔物との命のやり取り……。


────何が『これが魔物との命のやり取り』だ。そんな感覚は5年前、全てを無くした時にもうすでに味わっている。


 今更何が怖いと言うんだ────思いの他、魔物が残虐な化物ではなかったからだろうか。


 いずれにしても、このままでは埒が明かない。


 決定的な一撃を与えるんだ。変な優しさなんか捨ててしまえ。


 相手はこちらを殺す為に戦っている。


 そしてこちらも相手を殺すために今日を凌ぐために戦っていることを忘れるな。


 一人と一匹の攻撃がぶつかり離れた瞬間、納刀した。


 いつでも刀を抜くことのできる姿勢。よく敵を見て感じろ。


 次に奴が攻撃を入れた瞬間が奴の最期と思え。


 納刀した姿勢に違和感を覚えたスケイル・ハウンドは、こちらの様子をうかがっている。


 しかし、戦意が無いとみたのか。しびれを切らしたのかはわからない。


 よだれを垂らして勢いよく飛び嚙みつこうとした瞬間だ。


「ここ!!!」


 飛びついてきたスケイルハウンドの鱗を無慈悲に斬り裂き盛大に血を巻き散らかしてぶつかり後ろへと飛び地面へと転がった。


 刀に着いた血を振り払って防具に備え付けられているポーチからタオルを取りだし血を拭ってからゆっくり納刀する。


 防具を新しくしてからまだぎこちない動作ではあるが直に慣れるだろう。


 そして盛大に血を出したスケイルハウンドは首から上が別の場所にあった。これもきっと……慣れるだろう。


 頭はだらりと動かないがまだ手足はぴくぴくと痙攣している。


 脇差を取り出して解体作業に取り掛かりスケイル・ハウンドの使えそうな素材である所の牙と爪が2本ずつと頑丈な鱗を得た。


 初めてスケイル・ハウンドを解体するが話に聞く限り爪と牙、鱗で充分らしい。


 情報収集が足らず他に高く売れる部位があったら泣きたくなるけれど迷う時間があったら進もう。


 しかし、解体をするたびに他に高く売れる部位がないかすごく気になってしまうような貧乏性をなんとかしたい。


「とりあえず、今日は帰ってスケイル・ハウンドをもうちょっと調べてみるか。そもそも山を初めて登りきったばかりだし……」


 上っては、あ……だめだって感じで降りてもう一度登っては……を繰り返していたんだ。


 それに最初に見かけた大きな鳥──あんなでかい奴がいるのは予想外だった。


 けれど、その予想外があたりまえであるのは必然なことなのだろう。


 絶壁のような山の上に下層へと降りる入り口はあるし、目にも止まらない速さのイタチはいるし、この異界は未開の異界だけあってよくわからないことが盛りだくさんのようだ。


 来た道を戻り第2階層へとあがる。


 そしての黄色い果物の成る木に買っておいた長いロープを括り付けようとした時、太い木の枝に何かがいるのが見えた。


「うぉお?!」


 びっくりしてつい声をあげると木の枝に止まっている生物もびくっと動いて「ぐぐぅぐぐぐぅぐぐぐぐぅ」と鳴いた。


 まりもだった。


 マリモであるが下にいるまりもよりとてもでかいまりもがいた。それに加えて違う箇所がもう一つがる。


 下にいるまりもたちは緑色の毛に覆われて体は見えない。見えるものと言えば赤い目くらいだった。


 木々を渡っている所から猿のような形状をしているのだと予想はしていた。


 けれど手の先までまりものような緑色の毛で覆われていて手だろう場所を伸ばしたとしても丸が惰円にのびるだけだった。


 だが、目の前のまりもは違う。


 なぜなら本来緑色の体毛で見えないはずの筋骨隆々の腕が見える。


 ごつい腕は組まれ人の手と呼ぶにはあまりにもごつごつとした5本の指が見える。


 まるでゴリラ……と思ったが下手したらゴリラより腕が太い。


 とりあえず、こいつをゴリラマリモと名付けておくことにして恐る恐る木を迂回して降りるための命綱のある場所まで行く。


 ゆっくりと太い木の根元まできたがゴリラまりもは何もしてこない。


 唯一してくることと言えば、目を合わせたら「ぐぅー」と低く鳴くくらいだ。


 腕は偉そうに組んだままだった。


 何もしてこないのを確かめてリュックから長いロープを取り出して木に括り付け崖へと向かった。


 これだけ太い木であれば、自分が刺したピンに括り付けるロープより信頼性が高い。


 より安全な命綱が出来上がり太い木に括り付けたロープにフックを取り付け下山ロッククライミングをした。


 下を見る度に寿命が縮む思いをしながら下へとたどり着き。まりも達の出迎えに軽く挨拶をして第1階層へと目指す。


 それから道中、小カマイタチを2匹相手にしてレオボアを1匹狩り地上へと出た。 


 その夜、公式ホームページにあった魔物図鑑をiFun……しかもオフラインでも開くことのできるアプリがあることを知り世の中、便利になっていたことに一人喜びに満ちる者が居た。


 こういう遅れたところで喜びが生まれるというのは情報弱者の性なのだろうか。

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