第3話 初仕事 1-1

 異界探索員の朝は早い。


全員がそういうわけではないと思うが現在午前7時。


 そんな早くはないか。

 大宮にある探索員武器防具専用道具専門店のファミリアマーケット。


 そしてここは、酒場掲示板前。


 毎朝、ここで仕事の受注などの仲介をしてくれていて仕事内容が印刷された紙が張り出されている。


 ゲームで例えるならさながらクエストのような形で仕事を受けることができるのだ。


 受けたいものがあれば依頼受け付けカウンターへと持っていけば受理してくれるし逆に依頼を張り出したいときもそこで報酬と内容を伝えれば受け付けてくれる。


 大宮異界などの都市部ではよくある光景らしい。


 それにここ大宮異界特有の魔物や鉱石、その他素材の採取や強力な魔物の討伐依頼が張り出されていて見渡す限り高根の花のような内容ばかりだ。


「15階層、吸光花採取。18階層、ラピクス鉱石採取。33階層、サングウィス・クロウ討伐。22階層、ゴブリン討滅戦。42階層、大狐討伐」


 見ている限りどれも縁のない依頼ばかりだ。

 最も近しい依頼はというと5階層、ランサアラネア・レギーナ討伐くらいのものだろう。


 といってもこれは3~4チーム集まる合同討伐戦になるため一人で受けれる代物ではない。


────見る意味あるのかな。


「よ! あんちゃん今日も早いねぇ探索員の鑑だな!」


 朝のだるさなんてどこへやら。いつも通りのテンションでふるまう店主に声をかけられる。


「店主の言った通りに朝早く来て見てますけど、これ……俺には関係ないんじゃないですか?」と底辺探索員は思うわけです。


 しかし店主「んなわけねぇぞ? 今一体何がトレンドで何が世間で求められているか。今は確かに必要ないが後々こういうのを掴まざる負えなくなるんだ。よく来る異界なら多少の情報収集ってのは大事なもんだぜ?」

 

 言っていることは正論だ。確かに多少の情報収集は大事だ。


 だけど地を這いつくばる蟻に鷹が見るような雲の上の景色を決して見ることができないように底辺探索員にとってここで時間をつぶすより異界に潜って『ひぃひぃ』言ってた方が健全ではないのかと昨日アラネアにぼこぼこにされてきて思うわけです。


 とりあえずだ。蟻も案外台風とかに飛ばされたりでもすれば見れるのだろうかとか邪推なことは考えていない。


 そんな店主からの正論に言葉を失っている所へ珍しく話しかけられた。


「さすが、なんでもやってるファミリマの店長さんの言うことは違いますねぇ。そこの刀のお兄さんは、駆け出しの探索員の方とお見受けしますが……よろしかったらあなたも、この第5層のランサ・アラネア・レギーナ討伐依頼なんていかがかしら?」


 刀のお兄さんってもしかして俺のことだろうかと20秒くらい考えたのは言うまでもない。


 他人から声をかけられることなんてなかったのだから少しテンションが上がる。


 ああ、でもバーテンダーの人から異界へ入る前に声をかけられたな。


 不意打ちみたいな感じだったからあまり意識してなかったけど普段開かない口で意識するコミュニケーションというのは磨いておかないといざという時に何を話していいかわからなくなる。


 それにしても話しかけてきてくれた身長が高い。170はある自分より高い……そしてすらっとした体つきに現実に映し出すには次元が違うような顔つきだ。


 モデルか何かをしていてもあまり不思議じゃない彼女は、その若々しい年に似つかわしくない杖を持っていたのだ。


 それでもちょっと魅了されてしまいそうになる。たぶん。


 それから杖を持った女性が、ランサアラネア・レギーナ討伐の依頼用紙をこちらへと見せてきた。


「ランサ・アラネア・レギーナ……?」


 その聞きなれない魔物の名前をつぶやいたところで店主。


「いや、刀のあんちゃんにそれはまだ早い。上層とはいえ、その魔物は主(ぬし)だ。一筋縄じゃいかねぇ」


 情報力の薄い自分では魔物の主が一体何なのかがよくわからない。

 ただ、はっきりとわかることが一つだけある。どうやら私には早すぎるようだ。ということだけだ。


 けれど女は、この依頼に参加するよう押してくる。


「あら、早いも遅いもないと思いますよ? 見たところ装備はなくても上等な刀を持っているじゃないですの。それに私のチームもサポートもしますし……これも経験と思って参加されてみてはどうですか?」


「チームって……それにこいつが現れた時は基本4人か6人のチームが3から4チーム集まったレイドを組んで倒しに駆け出しが行く行事みたいなもんだろ? あんたらだけで倒そうっていうのか?」


「私は、10層から20層を行く中層探索員です。試しに大宮異界に足を運んだらレイド戦なんてものがあるじゃないですか。お金と経験を稼ぐにはこれほどの物はありませんし。他の子達も連れて行く予定ですので、安心してくださいな」


 確かにお金と経験を稼ぐには、これほどの物はない。たとえ金魚の糞だったとしても経験は輝く。少なくとも光る糞には昇華できると信じたい。


 しかし店主は、なおもいぶかし気に答える。


「店主さんは、そこの刀の子が心配なのですね。ふふふ」女は不適に笑う。


 いまいち店主が何を懸念しているのかはわからない。


 だがランサ・アラネア・レギーナとかいういかにもやばそうな魔物を相手にしてみるのは、危険だけど……やってみるだけの価値はあると思う。


「あの……私でもやれますか?」


 恐る恐る口を開く。できるかできないかでいえば十中八九できない。けれど他にチームを組める人がいるのであれば話は別だ。


 それにチームに一時的にだが入れるチャンスだ。


「あはは、やれるかやらないかじゃなくて……やるのよ。立派なその刀は、お飾りかしら?」


 今の自分の腕を鑑みると立派なお飾りにしかなってない刀だから言い返すことはできないと思う。


 思うがゆえに頷いてしまった。


 その様子を見て鼻で笑う店主。


「ま、男として参加するだけの根性があるならついて来なさいな。それに……あなた。一人なんでしょう? 決断は早くできるんじゃなくて? けど、そこはあなたの自由だし、参加をやめていつもの稼げない探索に身を任せるのも一興ね」


 いつもの稼げない探索は余計だ。


 まあ、防具つけてないからいつも稼げてないのなんてわかっちゃうのはなんだか恥ずかしいところではあるけれども……


 でも確かに決断は早くできる。

 見たところ報酬が14万円の依頼だ。人数で割るなら、そこそこ少なくなるが悪くない話だと思う。


 お金ないというものは一種のエネルギーに変換される。


 なら、行くということで決断したっていいんじゃないだろうか。


 店主は、あまりよくはないような感じだけど目の前の先輩探索員もいるし、多分大丈夫だろう。


「う~ん……」


「『う~ん……』じゃないわよ?」


 目の前の女性と、横で聞いていた店主がやれやれといった素振りでこちらを見る。


「……もう、あなたなんだか変わってるわね」


「普通だと思いますけど?」


「うん、そういうことにしといてあげる。そして参加するの? しないの?」


「します!」


「そこはいい返事ね。レイドで支払われる前金は、等分、報酬も等分でいいかしら?」


「前金なんてものがあるんですね……私はそれで大丈夫ですよ! ありがとうございます!」


「え、あ、うん。上層とはいえとりあえずレイドの大きな依頼なんだからある方が多いわ。ただし前金を持って逃げたりしたら……わかるわね?」


 ゴクリッと生唾を飲み込み頷いた。


「私は、ミナよ。気軽にミナって呼んでくれていいわ。よろしくね」


「は、はい。俺もハリュヒトって言います。よろしくです!」


 噛んでしまったが適度にぎこちない挨拶を済ませる。

 しかし、引率してくれるというのにすべて等分で条件を合わせてくれている。


 本当に駆け出し探索員を支援するつもりでいる良い人なのだろう。

 

 杖を背にした女性。


 ミナは駆け出しの探索員がいないか声をかけてから手続きを済ませてくるらしく先に大宮異界前の街灯のある広場に集まっててくれと言われたので向かうことにした。


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