第5話 運輸利権いただきます

 アストリア星の運輸長官との会食の日。

 二人は――少なくともテオは緊張感を抱いて予定の場にやって来た。

 交渉が難航しそうな人物だと思ったからだ。そう思っていたのだが……。


「はい、閣下あーん」

「こらこらテオ、閣下じゃなくてお兄ちゃんだろう?」

「そうだったわね。はい、お兄ちゃん、あーん」

「あーん」


 あーんと言ってフォークに突き刺した食べ物を差し出しているのは、髪の色と同じピンクのフリフリのドレスに身を包んだテオ。


 締まりのない顔であーんと口を開けている禿頭とくとうの大男は、運輸長官ドタンその人だ。


 ドタンは会食の会場に二人が着くなり、テオに膝の上に座るように命じた。

 そして自分を呼ぶときはお兄ちゃんと呼ぶようにと。


 ドタンは四十を超える。もちろん八歳のテオにお兄ちゃんと呼ばれるような年齢ではない。

 というよりテオの実父の年齢を超えている。


 一瞬事態がわからなくて混乱したテオは、エルダーが無言で首肯したのを見て全てを察した。

 これは個人撮影の時と同じパターンだと。


 そうなると今日着てきたピンク色のフリフリドレスを、エルダーが絶対着てくるようにと言っていたことも繋がって見えてくる。全てはドタンの好みだ。


「テオ、知っているかい?」

「なあに、お兄ちゃん?」

「お兄ちゃんはテオの放送にいつも肉ダルマ男爵っていう名前でお小遣いをあげてるんだよ」

「本当? 肉ダルマ男爵お兄ちゃんってお兄ちゃんの事だったの? 嬉しい。いつもありがとね」

「テオの為ならお安い御用さ」


 四十過ぎた禿頭の、いかつい風貌の大男が猫なで声で語りかける。

 はたから見る人間にとってはある種の暴力的な拷問だ。


 幸いこの部屋にはテオたち以外は、この場で見たことは口外しないというプロフェッショナルの給仕係と、ドタンのこういう一面を知っている直属の護衛だけだ。被害者は最小限にとどめられている。


「ねえ、お兄ちゃん。私別のお星様に行きたいんだけれど、お兄ちゃんの力でどうにかならないかあ?」

「もちろん良いとも。テオの為ならお兄ちゃんはなんだって協力するよお」


 テオは頃合いを見て話を切り出す。ドタンが好むであろう媚びるような態度は忘れずに。

 その甲斐もあってかドタンは二つ返事で了承する。正直拍子抜けだ。


 しかしこの要望は軽いジャブだ。

 テオの目的の為にはどんどん交渉を進めて成果を勝ち取らねばならない。


「じゃあさ、テオお船が欲しいな~。他のお星さまに行くにはお船も必要でしょ~?」

「そうかそうか、テオはお船が欲しいのか。なら続きはお部屋で聞こうね~。夜景の綺麗な部屋をとってあるんだ」


 ドタンがそう言ってテオを抱え上げて部屋を出ようとしたその時、それまで無言で食事をしていたエルダーがガタンと音を立てて立ち上がった。


「長官、それは……」

「何かねエルダー君? もちろん一晩過ごすくらいの見返りはこの俺にあるのだろう?」


 ドタンはそれまで浮かべていた締まりのない笑みとは全く別の表情でエルダーを睨みつける。

 対するエルダーも退く姿勢は見せない。

 護衛の兵もエルダーに銃を向け、まさに一触即発といった空気が部屋に流れる。


 テオはというと、介入のタイミングを見計らっていた。

 なんだかわからないが、このドタンという男の部屋に行くのはまずい気がする。

 かといって上手く断りつつ成果を引き出す口実も見つからない。


 ――最悪トレーラーで持ってきている〈カエサルコア〉を起動してエルダーを連れて逃げる。


 そうなればテオたちはこの星の政府からも追われる身になるだろう。

 しかし他に手段はない。最悪のパターンとしてそういった方策を考え始めたその時だった。


 ――スドーン!


 激しい爆発音が響き、部屋が揺れる。


「な、何事だ!?」

「わかりません!」

「馬鹿者、すぐに確認しろ!」


 ドタンに一喝された護衛の兵士が慌てて部屋の外へと飛び出る。

 ドタン本人も慌てふためき、少し前ただよわせていた威圧感はもうどこにもない。

 高圧的とはいえ軍人上がりでもないから、こういった緊急事態に弱いのがドタンという男だった。


 それと対照的に、テオは爆発音の混乱を利用してドタンの元から離れ壁に寄り状況を窺う。

 荒事慣れしているエルダーも極めて冷静に行動し、今は床に耳を当てている。


「……この振動、甲殻獣のようだな」

「甲殻獣……だとしたら最初の爆発は……」


 ――甲殻獣が変電所などを襲った……いや電気は生きている。


 となると最初の爆発はドタンの命を狙う反政府の考えを持つものの仕業で、甲殻獣は引き寄せられてきた……? どっちにしても厄介なことになったわね。



「た、大変です! 爆発はゲリラの攻撃で、破壊された外壁から甲殻獣が! すぐにシェルターにお逃げください!」

「なんだと!?」


 部屋に駆け込み戻ってきた兵士の報告が正しいならば、テオの想像は悪い方向で完全に的中していた。

 だがこれはテオにとって好機かもしれない。

 脂汗を浮かべて狼狽するドタンに申し出る。


「閣下、私もマシンを持参しております。下々ゆえ甲殻獣狩りは慣れておりますので、防衛戦に加わる許可をいただきたく存じます」

「そ、そうか。そう言ってくれるなら助かる。おい、テオの機体に味方識別コードを」


 窮地に陥った人間ほど操り易いものもない。文字通り藁にもすがってくる。

 例えばそう、会食の場に自前のロボット兵器を持ち込んだ者を疑いもせず。


「ありがとうございます閣下。エルダー、私は〈カエサルコア〉で出る。お前には閣下の護衛をお願いするわ」

「はいよ」


 エルダーは軽く返事をするが、この男なら大丈夫だろうという安心がテオにはある。

 利用価値のあるドタンに死なれては、ここで甲殻獣を狩っても意味がなくなる。


「〈カエサルコア〉だと……? まさか……、いやそんな馬鹿な……」


 何事かに思い至ったのかぶつぶつとつぶやくドタンを尻目に、テオは〈カエサルコア〉で出撃した。



 ☆☆☆☆☆



 戦闘はものの数十分で終わった。

 大宇宙を二分する戦いをしていたテオにとって、甲殻獣とは言えたかが虫けらと嫌がらせみたいなテロ行為しかできないゲリラなんて相手にならないからだ。


 テオが〈カエサルコア〉を駆って悠々と凱旋すると、茫然と見上げるドタンが迎えた。

 機体から顔を出したテオを、穴があくほど見つめている。


「ドタン閣下、ご無事で何より」

「礼は言う。だがその機体手配書で……お前は……いや、貴殿は……!」

「くだらない言い訳はしない。ご推察の通りと言っておくわ」

「まさか生きて……! いや、本当にこのような幼女だとは……」


 よほど混乱しているのか、運輸長官ドタンはまるでうわごとのようにあれやこれやと言っている。

 テオは改めてじっくりとドタンの品を定めて、そして言葉を選び発する。


「気がついたのなら選ばせてあげましょう。今ここで私を捕らえて同盟軍に引き渡すのか、私の手助けをして恩を売るのか」

「戦争犯罪者め、取引を持ち掛けるつもりか……!」

「損得勘定ができるあなたなら理解できるはずよ? 兵力をつくして死に物狂いで私を捕らえてをとるのか、将来的なこの宇宙のポストを睨んでのじつをとるかをね」


 もちろんテオはここで捕まるつもりはない。

 そして〈カエサルコア〉のビームランチャーの銃口はドタンを捉えている。

 つまりドタンにデッドオアアライブを選ばせているのだ。


 だが例え銃口を向けていなくても、ドタンの選択は変わらないだろう。

 それくらい今しがた片鱗を示したテオの才知はインパクトがある。


「……わかりました、あなたにご協力いたしますテオドーラ閣下」


 果たしてドタンは、テオの軍門に下った。

 テオの視界の端ではエルダーが「やったな」とアイコンタクトを送ってきている。


 元々気がついていたのか、テオの正体に別段驚いてはいないようだ。

 本当に底の知れぬ男だとテオは思う。


 かくして、テオドーラの志は大きく歩みを進めた。

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