第6話 コミュニケーション

 第1アルテラ時間18:00、コロニーに夕闇が訪れる頃。

 深夜宿直のスタッフを残し、ヴェヌスセキュリティの業務も終了する。


 勤務を終えたナージャは、彼女専用のロッカールームで着替えている。

 専用ロッカーと言っても普通のロッカールームを衝立で区切ってあるだけだ。そもそも、ナージャが入社するまで女性社員はルーシーしかおらず、女性用ロッカールームなど存在しなかったのだ。


 ナージャは別に女子更衣室など無くても構わないと伝えてある(体育学校では着替えやマッサージが男女一緒なのは普通だから。なんならシャワーも)が、社内の福利厚生を疎かにしていると行政指導が入るらしいのだ。


 大人の世界って面倒くさい。



 タイトに立体裁断された制服を脱ぐと、下着に包まれた豊満な胸が我慢しかねたようにこぼれ出した。私服に着替え、私物のバッグをロッカーから取り出すと、携帯端末にトークが届いているランプが点いている。


 ガーゴに朝送ったトークの返事だった。

『サンドイッチを作った』

 今頃?な話題だ。『朝何食べてんの?』と送った返事なのだが、反応が遅いのが悪い。

 添付ついてきた画像はヘタクソに切ったズッキーニとハムを挟んだサンドイッチの「ような」代物だった。ひどいものを食べている。

『もっとちゃんとしたもの食べなさいよ』と送るしかない。



 ようやく最近になってガーゴとトークでまあ、普通にやり取りが出来るようになってきた。


 何だか判らないが、とにかくシャイなのだ。



 ヴェヌスでのトラブルの日に彼にトークIDを教えた。

 ちゃんと待ってたのに、丸一日半も経ってから来たのがたった一言『こんにちは(もう夜だった)』。

 しかもその後が続かない。たまりかねてこちらから送ってしまった『遅い!今何してるの』。


 淡泊にも度が過ぎる。

 別にナージャ自身、体育学校出身だから男女交際に慣れているわけではないのに、それでも感じるあまりの不器用ぶり。



 ウチの会社の男性陣とは大違いだ。

 何せヴェヌスに入社してからまだ3週間だが、お誘いがすごい。


 ヴェヌスの男性社員は社長以外で7人。そのうち4人から口説かれた。

 あ、クルトは子持ちだと聞いたから人数外。


 真っ先に、しかもストレートに来たのがレイモン。

「お前とパートナーになりたい」と真っすぐに来て、その後も事ある度に武骨な好意をぶつけてくる。

 ある意味体育学校の男友達に近い人だ。


 サンドロは軟派だった。典型的なラテン気質というのか、女性は声をかけるもの、じゃないと失礼みたいな価値観なのか、とにかく歯の浮くような口説き文句をマシンガンのように畳みかける。経理のルーシーに聞くと、彼はあちこちのアルテラシティにガールフレンドを作っているらしい。やっぱり苦手だ。


 イスマイルは齢も近く、笑顔で好印象なのだが、何だか子供っぽくて男性として見れない。童顔のせいだろうか。本人には言えないな。


 ウォーレンは……コメントしたくない。


 ナージャにアタックして来ないのは、ケイリー班長とジョージの2人だけだ。ジョージは見た目も悪くないのだが、彼だけはナージャをオンナとして(ヤだけど女自身には判るのだ)見ていない。人なのか。


(班長は、さすがに来ないだろうと最初から思っていた。実際来なかった)



 ……疲れるのだ。仕事以外のところで。



 その点ガーゴはなぜか気が楽に居られるのだ。



 彼、色々と変な男だ。

『IDありがとう』と実直に礼を言われたので、

『スキップして喜ぶがいい!!』と軽く返すと、

『俺、スキップできない』と来た。

 色々衝撃的だった。そんな人いるんだ。


 でも俄然彼という人に興味が湧いた。

 面白いペットのような……と云うと失礼だが、実際それに近い気持ちだから仕方がない。



 今日は初めて、リフターでの捕物を目の当たりにした。

 ナージャとケイリー班長、イスマイルの3人での出動だった。班長はリフターに、ナージャとイスマイルがトレーラーに乗っての、アルテラシティ内の貴重品輸送の警備だった。


 ゲートオープンされたリアデッキの上に待機する班長のリフター「ズイコー」。

 ジョージ曰く、ヴェヌス最強の機体だそうだ。フレームは使い込まれた信頼性の高いものだが、ヴェスタドライブは最新のものに換えてある。あえて軽装甲にして機動力を高めていて、班長の腕と相まって無敵だ、と。

 メカに詳しくないナージャには半分も理解できなかったが。

 でも、歴戦の勇者らしい迫力のある機械だというのは彼女でも感じられた。


 ヴェヌスの警護を受けた輸送隊列が市街を進む。隊列は投資会社の手形を運んでいるのだと聞いた。

 免許のないナージャはイスマイルの運転するトレーラーの助手席に乗ったが、仲良くなろうと色々話しかけてくるイスマイルの会話を受け流すのに気を取られ、班長のリフターが異常に反応したのに気付くのが遅れた。


『停まれ!!』

 大音量の警告がズイコーから響き渡る。


 ナージャは班長が輸送隊列に停止を命じたのかと思った。

 そうではなかった。

 

 隊列の斜め前方に不審なロードリフターが出現していた。

 建設用リフターを改造した機体で、両腕にパイプ状の武器のようなものを携帯している。


『トレーラー!安全確保!』

 トレーラーのデッキに衝撃を感じたと思ったら、稲妻のような速さでズイコーは不審リフターに肉薄していた。イスマイルも瞬時にプロの顔になり、トレーラーを輸送車の前に突っ込ませて盾になる。


 不審リフターは目の前に迫るズイコーに手持ち武器を振り下ろそうとしたが、軽々とかわされた上に腕を引かれ、下半身を払われてバランスを崩し、うつ伏せに倒れ伏した。ズイコーは相手のもう片腕をひねり上げて封じ、リフターの後頭部にある制御装置を右腕の電撃端子スティレットで麻痺させた。

『イスマイル!通報だ!』


 この間、ズイコーにはかすり傷もついていない。

 あまりにも鮮やかだ。

「……すごい」

 ナージャは魅入ってしまった。自分だって体術には自信があるから、生身ならあれくらいの動きはできると思う。だが瞬時の状況判断が必要な警備現場で、自身も相手も、周囲も傷つけずにあの様な動作を取れるだろうか?

 しかも、リフターを駆って。


 強烈な実践教育の日だった。

 あの興奮がまだ余韻として残っている。

 誰かにこの気持ちを聞いて欲しいとナージャは端末を取り出した。




 今日も残業だったがいつもよりは早く済んだ。

 荷物を抱えてバスに乗るガーゴは端末のトーク通知に気付く。

『もっとちゃんとしたもの食べなさいよ』


 朝のサンドイッチに対する感想だ。

 辛口だな。


 周囲から人気のあるナージャとこうしてやり取りをしているのが今でも半信半疑だ。

 彼女と自分とではあまりにも違い過ぎる。

 共通点は、新人同士というただ一点のみしかない。


 ナージャは俺とこんな会話をして本当に楽しいのだろうか?



『けっこう美味かったよ』と送る。

 間を置かずにナージャから返信が来た。

『美味しかったら何食べてもいい訳じゃないわ』


 辛辣だ。

 でも腹が立ったりしない。むしろ気持ちが暖かくなる。


 これが惚れてるっていうやつか。


 通知音が鳴り、彼女の方からトークが届く。

『今日、出動で初めてリフター戦を見た』


『ほう、感想は?』

『班長凄かった』

 おや?

『あたしもあんな風になれるのかな』


 ……なんだ、可愛いところあるじゃん。

 いつもクールで自信満々かと思っていたら。


 ここはいっちょ励ましとこう。

『免許頑張らないとね』

『うん』


 素直なナージャ。

 可愛い。


 でも最後はやっぱりいつもの彼女だった。

『夕食、ファストフードで済ますの止めなよ。おやすみ』


 何で知ってるんだ?!

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