L

第1話

 高校生の頃。ひとつ上の先輩に憧れていた。同じ部活だった先輩。格好良くて優しくて、なにかと目立つ人だったから、まさにモテる男といった風で。学年を問わず女子生徒の注目の的。私も例に漏れず先輩の事が好きだった。

 同じ部活だった私は、他の人より少しだけ近い先輩との距離に優越感を感じていた。

 その関係が終わったのは突然だった。先輩達が部活を引退する日。その日私は先輩に告白された。

 一番最初に感じたのは違和感。あれ?っと。なんとなくモヤモヤ、ぐるぐるした不思議な感情が胸の中に生まれた。でも、好きな人と両想いになれるのは幸せなことだから。この感情は勘違い。きっと、嬉しすぎて感情がバグってしまったのだ。そう思って先輩の告白にうなずいた。

 そして、次の日。恋人として初めて会った先輩が、何故かとてもおぞましい生き物に見えた。

 意味がわからなかった。私の中にあった先輩が好きだという気持ちが全て消え去っていたのだ。彼氏面をして馴れ馴れしく話しかけてくる先輩。付き合い始めたのだから当たり前の事だったのに、私にはそれがどうしようもなく気持ち悪い行為に見えた。大好きだった筈なのに。

 混乱した当時の私は、全ての原因を先輩へと押し付けた。私は悪くない。悪いのは、気持ち悪い態度をとる先輩だ、と。

 結局この関係がうまくいくはずもなく。私達の関係はたった一週間で終わった。


 愚かな私は、その後も同じことを繰り返し、4回目の交際、破局を経てようやく、おかしいのは私なのではないかと思い至った。

 私はどうも、他人から好意を抱かれる事が苦手らしい。苦手という言葉では生易し過ぎるのかもしれない。他人からの好意に酷い嫌悪を感じる。

 付き合ってる、付き合っていないは関係なく。相手からのあからさまな好意や下心を感じた途端、その相手が人間ではなく気持ちの悪い生き物に見える。

 それなのに、友達からは羨ましがられた。私には化け物にみえる彼らだが、他人からみると素敵な良物件らしい。

 私にとって気持ちの悪いエピソードは、胸キュンエピソード、素敵な話として受け取られる。話が通じなさすぎて、愚痴るのはやめた。同時に、男性と仲良くなろうとする事も。

 異性と会話をするともれなく、恋愛に付随した話がついてくる。周りの女友達が勝手にアプローチの方法を考えていく。それが、どうしようもなく嫌だった。

 私は、ただ、好きな人をこっそり想っているだけでいいのに。勝手に動いて、二人きりの空間をお膳立てされていたり、相手が動くようにけしかけられていた事もある。

 最近は好きな人の話をすることもやめた筈なのに、友人達は、いい雰囲気になっていると思った相手と私の仲を勝手に取り持とうとする。頼んでもいないのに、だ。

 そういうのに嫌気が指して、男性がいる席に誘われた時は何かしら理由をつけて断るようになっていった。

 そうすると、今度は口を開けば恋バナばかりだった女友人達も私の側から離れていく。離れていったわけではないのかもしれない。けれど、気付けば彼氏持ちは彼氏持ち同氏、既婚者は既婚同氏でつるむようになっていて。そこに私の居場所はなくなっていた。

 私自身、子育てに忙しい母親を誘うには気が引けるし、会ったところでありもしない恋愛トークを強要される空間には苦痛でしかなくて。自分から友人に声をかける事もなくなったのだからお互い様なのだろう。


 仕方がない事だと思う。あの集団の中で私は異質だったのだ。学生時代からの付き合いでなんとなく続いていた関係だったけれど、社会人に出て世界が広がれば、どうしても考え方の違いは浮き彫りになっていく。そうして、人間関係も変わっていくものだ。

 彼女達の世界に私の居場所はなかった、それだけの事だった。

 私には私の世界があるように。



「ささみさん!」

「アイさん、久しぶり~!相変わらず可愛いね」

 女性らしい、けれど落ちついた服装は大人しい雰囲気のアイさんに似合っていた。

SNSで知り合った人……というか同じバンドが好きで知り合った友人。たまたまライブのグッズ販売列の隣に並んでいて、なんとなく話し掛けてみたらその人がSNSで相互フォローになっていた人だった、という偶然が生んだ縁が今でも続いている。

「ささみさんこそ、いつも通り美人さんじゃない。そういう格好いい服が似合うの憧れるなぁ」

 私はいつも通り、全体的にだぼっとしたシルエットのパンツスタイル。女性らしいか、といわれたら多分違う気がする。自分ではすこしやぼったいかな、と思う格好なのだけれど、アイさんはいつもお世辞を言うような雰囲気ではなく素直に誉めてくれた。

「私がそういう服着るとだらしなく見えちゃって。結局こういう無難な服しか着れないんだよね。どうやったらささみさんみたいにスタイリッシュになれるんだろ?やっぱり身長?」

 なんて、うんうん唸っているアイさんは私から見れば凄く可愛らしい女性だと思うのだけれど。何をいっても自信を持ってくれなくて。少しだけ困っている。


 最初に知り合ったのは、誰もが使っている大手SNSサイト、次に知り合ったのはライブのグッズ列。そして、三回目に出会ったのは、セクマイだけが集まるSNSだった。

 今でこそ開き直っているけれど、私も一時期は凄く悩んでいた。好きだった人が気持ち悪く見えるなんて普通じゃない。人と違う。結果として、友人とは距離ができ、独りぼっちだと泣いた夜だってある。そんな時に知ったのがリスロマンティックなんていう言葉だ。

『恋愛はするけど、相手からの気持ちは望まい』

 そんな一言を見たときに、これだと思った。そして、仲間を探して登録したSNS。でも、私が投稿する内容は、結局大手SNSで投稿する内容と同じもので。そのままアイさんに見つかった、というわけだ。

 似た者同士だった私とアイさんが仲良くなるのに時間はかからなかった。好きなバンドの話をして、悩みを相談しあって共感する。

 アロマンティックだけど結婚願望が残っているアイさんと、恋愛感情は抱くけれど結婚願望のない私とでは若干感覚が違ったけれど、それも些細な問題だ。その苦しみは想像できるから。

 それに、わからなくても『そういうもの』として割りきる事は出来る。同じように恋愛できない人種だとしても、違う人間である私とアイさんの感覚が違うのは当たり前なのだから。

 お互い、それを理解しているから多少認識がずれていても喧嘩になることはない。とても平和な関係だ。


 今日も、好きなバンド……は解散してしまい、今はシンガーソングライターとして活躍している推しメンの話で盛り上がる。

「見た?最新の」

「MVだよね?見た。格好よかった」

「だよね。あの横顔とか、最高過ぎる。あぁぁ、もう結婚したい」

「わかる……。その後のフッとカメラを見る視線が」

「わかるーーー」

 私は、今推しメンに恋をしている。

 幸い同担拒否ではなかったし、むしろ同担大歓迎なので、同じく推しメンが好きなアイさんと一緒に、周りから下らないと切り捨てられそうな会話を繰り広げる。

 アイさんは、結婚願望がない私の「結婚したい」発言だって邪推したりせず受け止めてくれる。そして、当たり前のように同意してくれるから一緒にいて楽なのだ。

 “結婚したい”と思える推しがいて、理解し合える友人がいて。私は今とても楽しく生きている。



L……リスロマンティックは恋をする

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