#17 推理と動機

「どうして……僕が団長を殺さなきゃならないんですか。」


薄暗いテントの中でコランとイワンは向かい合っていた。


「動機だったら十分あるだろう。お前はマリーが好きだった。だがどうやら彼女は団長の恋人らしい。憎いと思ったお前は団長を殺してしまったんだ。」


「そ、そんなの……だったらモーリスさんにだって動機があるでしょう。彼はずっと楽隊を欲しがっていたのに、ライオンを買う話が出ていて……。」


相変わらずモゾモゾしながらイワンがコランに言い返した。彼はライオンの話を知っていた。コランは先ほど会ったモーリスから事情を聞いていた。彼は一度、コランにしたのと同じようにイワンに団長の愚痴を話していたのだ。彼はだいぶ口が軽いのだ。


「まぁ、モーリスさんにも動機がある。彼はライオンを買うって話も知っていたしな。たださっき彼と話してきたが、香水の秘密までは知らなかった。」


「香水……?なんの話ですか?」


「とぼけんじゃねえ。お前は知っているだろう?団長とマリーが同じ香水を使っていることも、ライオンがあの香りで大人しくなるってことも。」


コランの顔はいつにも増して険しい。彼は犯罪者の前に立つと、とても好戦的になる。自身を奮い立たせているとも言える。イワンはその気迫を前に、汗を流していた。


「モーリスさんの証言は信じるんですか……?か、彼は嘘をついているかもしれないじゃないですか……」


「確かにその可能性も十分にある。俺だって人の証言だけで犯人を断定したりはしないさ。確かお前は昨晩、マジックショーで使う、ワゴンを引いている誰かを見たと言ったな?」


「え、えぇ……。だからそれを使って団長の遺体を移動させたのはモーリスさんなんじゃ……」


「お前は檻の前に転がっていた団長の遺体しか知らないはずなのに、どうして誰かが檻の前まで運んだと思っているんだ?」


団長が自室で殺されて、檻の場所に移動していると知っているのはコランとルイ、エリ、そして犯人以外は知らないはずだ。


「……。」


イワンは黙ってしまった。


「お前の証言には嘘がある。言い逃れしようとしたって、無駄だぜ。物置小屋にあるワゴンは埃をかぶっていた。お前が見たと言ったワゴンは昨晩だけでなく、しばらくの間、全く使われていなかったわけだ。」


このサーカスではしばらくマジックショーは行われておらず、コランが物置小屋を見たときにはワゴンが使われている形跡はなかった。


「なんの道具も使わずに、割腹の良い団長の体を運ぶのはお前にとって造作もないことだろう?お前は昨晩マリーの部屋から盗んだ香水を自身の体に振りかけた。そして団長の頭をぶん殴り、死体を檻の前へ移動させた。そして檻の近くにあった鞭で団長の首に締め付けた跡を残し、あたかもマリーが自身の鞭で団長を殺したように見せかけたんだ。」


「……そんな、いくら団長が恰幅がいいからって男性だったらあの体を持ち上げて移動することぐらいできるんじゃないんですか……?」


イワンはまだ食い下がる。


「そうだな……このサーカス団にはお前ほどでなくとも力自慢はいる。ただお前の部屋から決定的な証拠を、俺は見つけてしまったんだ。」


「えっ……ぼ、僕の部屋に入ったんですか!?」


ただでさえ動揺していたイワンはさらに取り乱した。


「お前だってマリーの部屋に入っただろう。お前に人の部屋の入るなと言われても、説得力がないぞ。」


よく見るとコランは一枚の布を持っている。彼はそれを目の前に広げる。それは大きなTシャツだった。襟元には赤黒いシミがついていた。


「これはお前のものだ。このシミは団長を撲殺した際に浴びた返り血だろう。お前の部屋から見つけたのはこれだけじゃない。ベットの下から凶器であるトロフィーも見つけた。そっちはルイに回収を頼んだ。トロフィーなんて下手に処分できるものじゃないからな。団長の部屋になかった以上、きっと犯人が持ってるんだろうと思ったんだ。」


コランの言葉を最後まで聞き終わるとイワンはその場に膝をついた。


「……うまくやったと思ったんだけどな。」


イワンは呟いた。


「香水のことはいつから気がついていたんだ?」


「団長とマリーさんが同じ香水を使っているのは知っていました。すれ違う時、あのフローラルの香りがしてくるたびになんだか崖から突き落とされたかのような気分でした……昨晩、彼女の香水を盗んで自分でも使ってみてたんです。夜だったら人と会うことも少ないし、気づかれないかなって思って。たまたまレオンの前を通ったら彼、全然吠えてこなくて。香水のおかげだってすぐ気づきました。それ以外はいつも通りでしたから。それで今回の犯行を思いついたんです……」


「どうして好きだったはずのマリーに罪をなすりつけようとしたんだ?」


コランはさらに疑問に思っていたことを聞いた。


「だって彼女、本当に団長のことしか見えてなかったから。同じ香りをつけてるなんて、相当な関係でしょう……団長がいなくなったところで僕の方には振り向いてくれないだろうって……彼女が捕まれば僕はもう彼女を追いかける必要はない……そう思ったんだ。」


イワンはネガティブを拗らせすぎているようだ。


「お前は思い込みが激しすぎるな。団長がいなくなったら普通、意中の相手を狙いにいくものだ。そもそも彼女らは叔父と姪の関係だ。恋人なんかじゃない。」


イワンはコランの言葉を聞いて目を見開いた。


「そんな……嘘だ。」


「嘘じゃないさ。彼女本人の口から聞いたんだ。間違いない。」


「じゃあ……僕は一体何のために団長を……。」


屈強な男は体を小さくし、涙を流していた。コランはその様子をただじっと見つめるしかなかった。



その頃、ようやくトムが率いる警察官たちがサーカステントに到着した。

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