#9 怪しい影

本来であれば、第一発見者であるマリーのところに真っ先に話を聞きにいくべきなんだろう。凶器と思われる鞭がマリーの持ち物だということからも彼女から詳しい話を聞く必要がある。だがしかし、団長の冷たくなった体を目の前にした彼女は今にも崩れ出しそうであった。そんな状態の彼女からちゃんとした話なんて聞けるわけがないと判断したコランは、わざと彼女のところへ行く順番を遅らせた。

 

コランは彼女の精神状態についても少し疑問を抱いていた。人が死んでいる、ましてや殺されているのを見ることなんてそんなにあることではないから、ショックを受けるのは当然だろう。それにしたって彼女のショックの受け方は同じ仲間、上司に向けるものっではないように思えた。もっと大切な人に向けている、そんなような感じだった。


「マリーさんは団長に気に入られてましたから。」


コランがルイに考えていること伝えると彼から、そんな答えが返ってきた。


「マリーはいつからこのサーカスにやってきたんだ?」


「マリーさんが来たのは1年ほど前です。」


「突然団長が連れてきて。名前とこれから担当する演目だけ教えてくれるだけで、ここにきた理由とかはまるで教えてくれませんでした。あまり馴れ合うタイプの人ではないです。ほとんど団長と一緒にいることが多かった気がします。」


エリがルイの言葉を遮り、詳細に教えてくれた。マリーがここへきた理由も気になるところだ。


そんな話をしていたら彼女の部屋の前にたどり着いた。3人で押しかけるのもどうなのだろう、と思ったが、よくよく考えてみると女性の部屋に男性一人で訪れる方のがよほど恐怖だろうとコランは思い直した。ルイが扉をノックする。


「……はい。」


部屋の奥の方から消え入るような返事が聞こえた。声からしても、まだ心の整理がついていないことが想像できた。だからといってこちらも引くわけにはいかない。こちらもあまり時間がないのだ。ルイがどうしたものかと、こちらをみてきたので、目線で扉を開けるように伝えた。彼はそれに従った。扉を開けるとマリーは部屋の奥に配置されているベットにうずくまっていた。彼女の顔は涙のせいでぐしゃぐしゃになっていた。


「なんだか…珍しい組み合わせね。」


3人の顔を改めて見て、マリーは言った。彼女は枕元にあったハンカチを手にして、頬を伝う涙を拭いた。


「悲しみに暮れているところ、申し訳ないのですが団長のことについていろいろ聞きたくて。」


「探偵の真似事ね?真っ先に私のところへ来るのかと思っていたけど、随分後回しにされいたようね。」


事件現場では取り乱していた彼女だったが、自身が疑われてもおかしくない状況だということを理解しているようだった。想像よりも彼女は冷静だった。


「確かにライオンの檻の前で殺され、凶器はおそらくあなたの使っていたムチとなるとあなたが犯人だと疑われてもおかしくはありません。しかしあまりにも証拠が残り過ぎているのが、俺には逆に不自然に見えた。犯人は別にいるんじゃないかって踏んでいます。」


警戒心を解くために言ったというのもあるが、コランの言葉は嘘ではなかった。ライオンをおとなしくさせるトリックについてはまだわかってはいなかったが。


「22時30分過ぎにマリーさん、団長室に来ましたよね?挨拶だけしに。」


ルイが話し出した。


「えぇ。確かあなたもいたわよね?」


「その時にトロフィーが飾ってあるのを覚えていますか?サーカス大会で優勝したときの。」


「覚えているわ。あれは団長がとても大事にしていたものだもの。」


「ついさっき、団長室を見たらそのトロフィーがなくなっていたんです。それがいつなくなっていたのかを確認したくて。マリーさん覚えていませんか?」


「さぁ……昨日は少し顔を出しただけだから。仮にその時にトロフィーがなくなっていても気づかなかったと思うわ。」


「そうですか……」


マリーの答えにルイはがっかりしているようだった。


「団長室を訪ねた後、昨晩はどうしましたか?」


コランは他にも情報がないか、聞き出す。


「昨日はそのまま部屋に戻って休んだわ。誰も証明できる人はいないけど。6時ごろに起きて、レオンのところに向かったわ。いつもの日課なの。そしたら団長があんな姿に……」


彼女は夜中特に出歩いたりはしていないようだった。おそらくこれ以上の情報は得られないだろう。


「他に何か変わったこと、不審な点はありますか?」


コランは一応聞いてみた。些細なことが事件の真相に繋がることもある。


「そうね……とても個人的な話なんだけど、最近よくものがなくなるわ。私が落としているだけなのかもしれないけど。昨晩部屋に戻って周りを片付けていたんだけど、香水と口紅がなくなっていたわ。」



話を聞き終えて、3人はマリーの部屋を出た。


「結局、トロフィーのことはわかりませんでしたね……」


「ルイが覚えていれば聞き込みしなくてもわかったことなのに。」


エリは少し不満そうだった。


「それはエリだって同じだろう。」


「だから、私が部屋に行った時は暗がりで周りがあまり見えなかったって言ってるでしょ?部屋が明るければ私なら気付けたはずよ。」


双子のやりとりがだんだんと大きくなってくる。


「おい、落ち着け。ここで言い争ったところでトロフィーの行方が分かるわけじゃないだろ。それに今は喧嘩している場合じゃない。」


コランは声を潜めながらルイとエリをなだめだ。同じトーンのままに彼は続ける。


「さっきから俺たちをつけている奴がいるんだ。誰かまではわからない。もしかしたら団長を殺した犯人かもしれない。」


え、と2人は驚いているようだった。誰かにつけられていることに気付いていなかったようだ。


「一度反対方向へ行く。突き当たりまできたらそこで奴を待ち伏せしよう。つけてる奴はおそらく一人だ。俺が奴を押さえつける。」


二人は未だ状況を飲み込めていないようだったが、やることはわかったようだった。ルイとエリはうなづき、誰かが潜んでいるであろう場所とは反対側に歩みを進めた。通路の突き当たりまでくると3人は息を潜ませて、その場に待機した。さっきまで歩いていた通路から、わずかに足音が聞こえる。つけられているというのはコランの気のせいではなかった。彼は神経を研ぎ澄ませて、そのわずかな足音を聞き取っている。だんだんと近づいてくる足音。足音の主が角を曲がるであろう瞬間、コランはそいつの方に向かって飛びかかった。

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