アコーディオン弾きの事件ファイル-file1 サーカステントに隠された秘密-

旦開野

#1 アコーディオン弾きへの依頼

涼しい風が吹き込んでくる正午。田舎街の路上で、コランは相棒のアコーディオンを担いて、お気に入りの曲である「Scabroso」を奏ていた。コランの周りには買い物に来ていたであろう人たちが、ちらほらと足を止めて、彼の演奏に耳を傾けている。休日は大道芸人にとっては稼ぎ時であるはずだが、彼は特別客引きなどはしない。ただ無心に蛇腹を伸び縮みさせるだけだ。彼にとって、相棒と一緒に曲を奏でている時が一番幸せな時間なのだ。曲が終わると彼の演奏を聞いていた観客たちからは拍手が沸いた。拍手の音がまばらになりだすと、観客たちはコランの前に裏返して置いてあるハットに、次々とコインを投げ入れた。コランは投げ銭をしてくれたお客に対して軽く会釈をした。彼は愛想の良い方ではなかったが、不思議と彼の演奏に客たちは足を止めた。


コランがアコーディオン奏者となったのは母の影響である。母の家系は音楽一家で祖父はピアノを、母はフルートをそれぞれオーケストラで演奏している。幼少の頃から母の練習について行くことが多く、彼は様々な楽器に触れていき、どんどんと音楽の虜となっていった。7歳くらいの時だろうか。母の所属するオーケストラのメンバーの一人が、イタリアから持ってきたアコーディオンをコランに見せてくれた。その伸び縮みする不思議な楽器にコランはすぐに心奪われた。これが、彼とアコーディオンの出会いだった。しかし、まだアメリカにはアコーディオンがあまり普及していなかったため、すぐに手に入れることはできなかった。そのためコランは、母の練習について行くたびに、お兄さんからアコーディオンを借りてひたすら演奏した。


アメリカにようやくアコーディオンを扱うメーカーが出来た時、祖父は惜しむことなく、コランにアコーディオンを買ってくれた。彼はその日から、アコーディオン奏者として、路上に立つようになった。



「まだこんなことをしているのか」


客もはけてきた頃、コランに声をかける一人の青年がいた。彼の友人であり、警察官のトムだった。


「警察官がこんなところで油を売っていて良いのか」

「今日は休日だからな。俺も今日はお休みなの」


トムはいいながらコランのハットの中に1セントコインを投げ入れた。


「依頼料だったら俺は貰わないぞ」

「これは純粋に演奏料だよ。依頼料は別に払うに決まってるだろ」


トムはそう言うといたずらに歯を剥き出した。コランは少し呆れたようにため息をついた。


「話だけは聞こう」


トムはその言葉を待っていましたと言わんばかりに友人の隣に座った。



アコーディオン奏者として歩み出したコランだったが、彼の父とトムは、コランを警察に迎え入れたがっている。コランの父も、トム同様に警察官だ。しかもトムとは比べ物にならないくらい偉い。しかし、コランは父を追いかけて警察にはならなかった。事件よりもアコーディオンの方が彼にとっては魅力的だった。本人は認めたくないだろうが、コランの観察力や推理力とても高い。父の書斎にあった事件ファイルを暇なときに読みあさっていたおかげだろう。殺人事件の捜査にあたる際、彼がいればどれだけ心強いか、とトムは思っている。トムは何度か一緒に働かないかと、コランを誘っているが、すべて断られてしまっている。トムは彼の能力を諦めることができず、こうして時々、捜査の依頼をお願いしにやってくる。大道芸人はそれほど儲かる仕事ではない。その上、今は経済も、お世辞にも良いとは言えない。依頼を引き受けてくれる代わりに、事件解決の際は高額の報酬を出す。そうすることでコランは捜査に協力してくれるのだ。


「今俺たちが追っているのは『女性連続殺人事件』の犯人だ。ここ最近、朝になると裏路地で女性が遺体で発見されている。やり口は同じ。みんな刃物で胸を刺されている。殺し方からして同一人物なんじゃないかと思われる。手がかりが少なくて捜査は難航中」


「警察が苦戦している事件をどうして俺が引き受けなきゃいけないんだ」


コランはトムに苦言を呈した。


「警察だと動けないところを、お前だと動きやすいだろ。それに今回潜入してほしい場所はお前にうってつけの場所だ」


「ちょっと待て。潜入って…手がかりが少なくて捜査が難航しているんじゃなかったのか? 」


「上の判断はそうなんだ。だけど俺は一つ怪しいと踏んでいる場所がある。」


トムは自信ありげな表情で一枚の紙をコランの前に広げた。それは来週からこの街にやってくるサーカスのポスターだった。


「お前、サーカス好きなのか?」


「そうじゃない!俺はこのサーカスに目をつけたんだ。連続殺人鬼の足取りが、このサーカスの公演場所とかなり近いんだ。だから俺は、このサーカス団の中に連続殺人の犯人がいると踏んでいる」


「お前それ、上司に言ったのか?そんなことが分かってるのなら、お前たちでさっさと捜査に当たれば良いだろう」


「根拠として薄いって上司が取り合ってくれないんだ。もう少し確証があればこっちも動けるんだけどな。だから、お前の出番ってわけ」


調子のいい口調でトムは言う。


「でも、潜入って…どうするんだ?お前に呼ばれて事件現場に呼ばれたことは多くあっても、潜入捜査なんてしたことないぞ」


コランは不安を隠し切ることができなかった。確かに事件の捜査の役に立ったことは何度もあるが、いうても彼は素人だ。今回の無茶な依頼は断ろう。コランはそう思った。


「いやいや。この件はお前が適任なんだよ」


トムはそういいながらポスターの裏側を見せた。そこには「サーカス楽隊募集」と書かれていた。



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