第10話

 エステリア王国の北側には、山間部に築かれたスクルド公国という小さな国がある。周辺を大国に囲まれながらも、険しい立地を活用しての防衛と、産出する宝石の貿易利益のみで、なんとか独立を保っている。


 この国での異世界人の扱いは非人道的で、捕らえる事ができたら即、奴隷として鉱山に送っていた。

 無料で時々手に入る労働力、それがスクルド公国での異世界人の立場だ。


 異世界人は、少しでも作業を楽にしようと、元の世界の技術と知識をもって色々な道具をこしらえるので、産出量の増加に寄与していた。

 しかしこの小さな国土で見つかる異世界人は、数年に一人程度。さすがにそれだけでは労働力が全く足りないため、多くの犯罪者も囚人奴隷として使われている。



 三年前、隣国エステリア王国上空で大規模な魔法陣の発生が確認された。


 標高の高いスクルド公国は、エステリア王国を見下ろすような位置にある。

 悪名高いゴートワナ帝国とエステリア王国との戦闘は、国境を接するスクルド公国にとっても高い関心ごとで、多くの人間が戦場の様子に目を奪われていたという。


 そのため、数多くの公国民が上空で展開された古代魔法の姿を見たのだ。


 空から巨大な燃え盛る星の欠片が、魔法で召喚されてくるその異様な光景は、この国も巻き込まれるのでは?という恐怖を煽り、公国民はパニックになった。

 それは鉱山で労働者を監視する兵士達も同様だ。空の様子に目を奪われ、見張りとしての役目を一切果たせなくなる状況。


 その隙に、一部の奴隷たちが逃走した。


 騒ぎに乗じて、宝物庫や倉庫を漁り、奪えるだけの物を奪って逃げたのだ。


 その逃亡奴隷の中に、テオバルトという異世界人がいた。赤みのある金髪は、やや巻き毛気味で、十年近くにわたる長い奴隷生活でだらしなく伸びていたが、青い瞳は過酷な労働にあっても生命力は失ってはおらず。

 骨太で大柄なその体躯でありながら、器用さも持ち合わせており、随分と細かい道具を作り上げていたものだ。


 そんな彼が入った倉庫には、異世界人の持ち物を含む数々の物が積み上げられていた。彼はその中で、目を奪われるものに出会った。


 自動小銃……。


 それを手に取ると、かれは両手で持ちあげる。

 四キロはなさそうだが、それなりに重量感があるところに、玩具ではなく本物であると感じた。


 残念ながら銃弾は見当たらない。

 だが弾があれば、この世界を支配できかねない武器だ。


 テオバルトは以前、囚人奴隷として鉱山に送られた魔導士に、魔法がどういうものか、どういう欠点があるのかを教わっていた。

 魔法は直接的な物理攻撃を防げない。

 兵士の防御方法も、その殆どが数ミリの鉄板の甲冑か革鎧だ。


 この世界において最強の武器は、勇者の剣や女神の槍などではない。


 異世界の火器こそが最強なのだ。


 弾が当たれば、剣士だろうと魔導士だろうと、死ぬ。単純かつ明快な答えがそこにあった。





 スクルド公国からエステリア王国の国境沿いの山の中に、小さな洞窟があり、それに継ぎ足すように小さな庵が構えられている。

 逃げ出した奴隷たちは、異世界人以外は元々、犯罪者の集団である。ついには、この場所を拠点とした山賊と化していた。


 その山賊の一人である男が、黙々と机に向かっている。その男は異世界人のテオバルトだった。

 大きな体に見合わぬ細かい作業に没入している。

 やがて、机から顔を上げ、大息たいそくを漏らす。


「やった、ついに完成したぞ……」


 取り囲んで見守っていた仲間たちから、歓声が上がる。


 型から作り、鋳造を繰り返し、他の異世界人仲間の知識を借り、火薬からすべての材料を作った末での完成である。銃弾の構造を知っている者がいたのも助かった。

 この世界の技術だけでは足りない部分は、共に逃げてきた魔導士の魔法も活用している。


 三年かかった。

 だが、逆を言えば三年で作り上げたのだ。恐ろしいほどの執念をもってついに。


 頷き合う仲間たちと共に、テオバルトは自動小銃を肩に担ぐと、アジトから少し離れた滝のそばに来た。

 対岸までの距離、およそ二十メートル。狙うのは太い枯れ木。


 テオバルトは今まで銃を扱ったことはないが、いつか見た映画の場面を思い出し、見様見真似で構える。


 銃弾の製造に失敗した末の暴発が恐ろしい。


 だが。


 ここで終わるならそれまでの命だ!

 男は渾身の力を込めて引き金を引いた。



 ダダダダダダ!!!



 連続した激しい発砲音。構えがなっていなかったので、反動で銃口が跳ね上がり、狙った老木の幹に、縦方向に六発の弾痕が残る。

 男の周辺には薬莢と、火薬と焼けた鉄のような匂いが満ちた。


 男達はやり遂げた達成感に満ちた微笑を浮かべる。

 顔を合わせて頷き合い、弾の量産さえできれば、この世界すべてを征服できるのではないかと、彼等は思ったのだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 この日は朝から雨が降っていた。


 セリオンは報告書を届け終えて部屋に戻る途中に、城の若い小間使いが、雨の庭で何かを探すようにキョロキョロとしているのを見かけた。


 小間使いは、そばかすの散った年端もいかない娘で、まだ城に上がって間もないという感じである。

 セリオンは女性が雨に濡れそぼっている姿を見るのは、あまり好きではない。自身も庭に出て、声をかける。


「何をしている、濡れているじゃないか」

「あっ、騎士様」


 小間使いの娘は、おどおどとしていて、何か後ろめたい秘密を隠しているかのようだった。


「どうした、何か無くしたのか」

「あの…ええと…その」


 自分のせいで、騎士も一緒に濡れていっているのが、どうにも耐えられなくなり、小間使いの娘はついに告白した。


「猫を拾ったんですけど……ひどい様子だったので、治癒術師様の手を借りられないかと、こっそり連れてきてしまったんです。それが、いなくなってしまって」

「猫か……」


 長らく警備隊員をしていたセリオンには、この庭の中で猫が好きそうな場所が、何か所か思い当たった。


「オレが探してみるから、仕事に戻るといい。見つからないかもしれないが、その時はあきらめてくれ」


 猫を連れ込んだことを咎められなかった事にほっとした様子で、お願いしますと一礼し、彼女は走って持ち場へ帰っていった。



「さて、見つかるかな」


 小間使いの娘が立ち去ったのを確認し、濡れた庭に歩を進める。いくつかの茂みを覗き込み、猫の入れそうな隙間を確認する。


 しばらく歩いていると、斜めに黒い影が走った。


 黒い影は猫で、彼から十歩ほど先の茂みで立ち止まり、セリオンの様子を窺う仕草を見せた。


「これがくだんの猫か……随分ひどいな」


 その姿は雨に濡れてみすぼらしいうえに、皮膚病なのだろうか、毛が所々で抜け落ちて、ただれた様子が見える。

 飛び掛かる程度では捕まえられる距離でもないのに、膿んだような悪臭がする。


 さて、どうやって捕まえるかと思案していたところ、猫はさっさと手近の高い木に登っていく。


「あんな様子なのに、随分と元気で機敏だな」


 猫はするすると木に登ると、枝を伝って城の二階のバルコニーの手すりに飛び移り、そのままバルコニーに降り立ってしまった。

 魔法じゃないと、捕まえるのは無理か……と、セリオンが考えていると、バルコニーのある部屋の掃きだし窓が開いた。


 中から出て来たのは、茶色の長い髪の女。

 ロレッタだった。


 セリオンは反射的に、猫に危険が及ぶのではないかと心配になった。話に聞いた印象からは、蹴り飛ばすぐらいの事は平気でしでかしそうだ。

 こちらの方に注意を向けようと、声をかけようと進み出た。


 しかし、ロレッタはほんの数秒、猫の姿を見つめただけで、雨に濡れるバルコニーに歩みだすと、みすぼらしく汚しい猫を、何の躊躇もなく抱き上げた。

 無表情で、これといって嫌悪感も覚えていないようだ。


「おまえも迷子なの?あたしもよ」


 女は、猫と一緒に部屋に消えていった。


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