第2話


 セトルヴィードの眉目秀麗すぎる見た目が、あまりにも目立つので、うかつな場所は選べず、結局三人は子供を連れて、城の離れにある騎士団の宿舎のコーヘイの部屋に場所を変えた。


 なお、セリオンとコーヘイは、お互い役職を得てしまっては戦略的にも同室を続ける事はできず、更に、二人はもしや……?などという、噂も出ていたため、セリオンの部屋は別にある。だがベッドは、いつでも泊まり合えるよう、お互いの部屋にそれぞれ二台ある。酒を酌み交わすと、やはりいちいち部屋に戻るのは面倒、という理由からだった。



「身に覚えはない」


 濡れた質素なローブを脱いで、長袖のドレスシャツ1枚の魔導士は、椅子に座って足を組み、両手はその膝上に置いて、断固としてこれだけは譲れないと、強い口調で言った。


 問題の子供は、コーヘイのベッドの隅で、すやすやと寝息を立てている。


「本当の本当に?」


 セリオンがタオルで髪を拭きながら念を押す。


「ない!絶対ない!そもそも女性とそんな……」


 言いかけてやめる。

 脱いだ上着を、ハンガーにかけているコーヘイの方へ顔を向ける。


「瞳の色だけで決まるなら、髪色はコーヘイ卿だ。彼の子かもしれない」


 思わぬ流れ弾が来て、コーヘイは焦る。


「自分、今も昔も、彼女なんていたことな……」


 はっ、とした顔をして言葉に詰まる。

 セリオンが、色々察したようだったか、それは紳士としてあえて無視し、今の問題について続ける。


「じゃあ、誰の子だろう」

「自分は一目見て、絶対、閣下の子供だと思いましたが」

「似ているが、整った顔というのは総じてこういう感じなんだろうか」

「わかんないですよねえ……」


 騎士二人が眠る子供を覗き込んで、延々と会話を続ける。


「だいたい、この子は一体どこにいたのだ」


 まだちょっと疑われている気がして、少し苛立った言い方をしてしまう。

 騎士二人は顔を見合わせると、セリオンから口を開く。


「実は我々が墓地に行った時、ちょうどあの墓所の老魔導士に保護されているところに出くわしまして」

「これはセトルヴィード様のご落胤に間違いないと言うんです。閣下の紫の瞳って有名なんですね」


 息ぴったりに、コーヘイがセリオンに続く。



 魔導士は顎に手をやって考える。確かにこの瞳はうちの家系で、魔導士の間では有名だが……ほかに全くいないわけではない。ただ、ここまでの澄んだ紫水晶のような色は確かに珍しい。


「これはたまたま、ここにきた異世界人だから、閣下は関係ないと言って引き取ってきたんです」

「実際、異世界人なのではないか?」


 問われたコーヘイが、何かを思い出すような仕草をしてから答える。


「こちらの世界では、魔力が関係しているのか瞳の色と髪色の組み合わせのバリエーションが多いですが、自分の元の世界では、髪色と瞳の色、肌の色にパターンがあって、わりかし固定なんですよね。紫の瞳は赤い瞳と同じで、色素の少ない人の特徴だったかと……黒髪っていうのが」


「老魔導士が言うには、フレイアちゃんの花畑で、花に埋もれて座っていたそうで」


 セリオンがさらに続ける。


「ただ気になるのが、子を捨てるにしても、場所が場所だし、あの氷雨の中に裸で放置ってどうなのかなって……、閣下に捨てられた女性が嫌がらせで、ことさらそういう事をしたのかと思うと、さすがに魔導士団長としての評判にも関わるのではないかと、気をまわしてしまいまして」


「……感謝する」


 疑われたのはしゃくだが、自分のためにやってくれたのは間違いないので、一応の謝辞は述べる。


 セリオンは腕を組み天井を見上げ、コーヘイは目を閉じ額に指をあて、セトルヴィードは顎に手をあてて三者三様に考える。


 セリオンが、気づいたように腕をほどく。


「よくよく考えると、あの場所と魔導士団長との関係を知っている人間は、かなり限られているな」

「あ、そういえばそうですね。じゃあ、やっぱり閣下は無関係」


 二人の騎士は向かい合って、会話を続ける。


「団長閣下の子じゃない、とするとこの子はいったい誰なんでしょう。連れてきちゃいましたが」

「犬猫じゃあるまいし、元の場所に戻すっていう訳にもいかないな。親がいないのは明らかだし」



 ふと、会話に参加してこないもう一人の男に目線を送ると、先ほどまで顎に手をあてて考え事をしていた魔導士が、眉間を押さえて顔をゆがめていた。


「少し頭痛がする……比喩じゃなく」


 コーヘイはローブを手に取り、乾いているかを確認し、魔導士の元に持っていく。


「後は我々で対処しますので、閣下はお戻りになって休んでください」

「すまない」

 

 ローブを受け取って、椅子から立ち上がろうとした瞬間、体がぐらりと揺れ、慌ててコーヘイが支える。


「わっ、めちゃくちゃ熱い!熱があるんじゃないですか」


 雨の中、随分長い時間、濡れたままでいたのが悪かったのかもしれない。魔導士は不摂生な生活をしているため、体は頑強とはいえない。全く鍛えていないという訳ではなく、体型としては申し分ないのだが。


「これは、歩いて戻るのは辛そうですね」

「魔導士団の方から人を呼んでくるか」


 頭を押さえたまま銀髪を揺らし、首を振る。

「いや、やめてくれ。この姿を晒したくない」


 コーヘイとセリオンは顔を見合わせる。騎士団では、お互いを支え合う文化があるが、魔導士団にはない。プライドが高い人間の集まりなので、個人の我が強すぎ、甘えないし甘えさせないという所がある。

 体調を崩しても、治癒術師の世話にならず、ひたすら一人で耐えて治すという話も聞いた事があった。体調を崩しているときは、まともに魔法が使えないため、自分で自分に治癒魔法、という訳にもいかないのに。

 今、目の前にいるのは、その中でも特に、孤高の魔導士として有名な人でもある。


「じゃあこうしましょう、今日はここに泊まってください。ベッドはあるんで」


 良い事思いつきました!という明るい爽やかな笑顔を向けられて、魔導士は一瞬怯んだが、加速度的な体調の悪化を感じ、もはや、この提案を受け入れるしかないようだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 

 ふっと目を開ける。見知らぬ天井が見え、はっとする。体が重く、身を起こす事が出来ず、少し頭を上げただけになってしまった。

 

「あっ、具合はいかがです?」


 隣のベッドに寝そべって、ランプの下で本をめくっていた黒髪の青年は、魔導士が目覚めた事に気付き、顔を向ける。

 熱のあったセトルヴィードは、すっかり寝入ってしまっていたようで、夜は更けていた。


 コーヘイは、ベッドから下りると、セトルヴィードの枕元に寄り、ちょっと失礼と言いながら、右手を自分の額に、左手をベッドに横たわる男の額にあてる。


「うーん、あまり下がってない気がしますね。体温計ってないのかな、この世界。熱の状態って、いつもどう確認しているんですか」

「魔法」


 即答があった。

 以前も、誰かとこんなやり取りをしたことがあるような気がする。


 コーヘイはガサガサと、医務局からもらってきた薬を取り出し、水差しからコップに水を移す。


「熱さましの薬をもらってきておいたので、飲んでください。お腹がすいてるようなら、何か用意しますよ」


 薬だけでいいと、手を借りて体を起こし、薬を飲み下す。もう一度体を横にする。


「世話をかけてるな」

「なんてことないですよ」


 ぱっと、健康的な笑顔が閃く。

 魔導士として、今まで異世界人の技術に興味を持ったことはなかったが、つい聞いてしまう。


「体温計とはどういうものなんだ」


 コーヘイは自分のベッドに腰掛ける。

 デジタルの物はさすがにコーヘイにも説明ができない。かつてのあの彼女なら説明してみせそうだけど……。


「ええと、液体や気体が熱を加えると膨張する、というのは?」

「知っている」

「ガラス棒の中に細い空間を作って、端っこを起点になるように水銀を封入しておいて、熱が加わって膨張した量を見て、熱の高さを測るって感じでしょうか。熱が高いほど膨張し、水銀が空間を進むので、見てわかるという物です」

「なるほどわかった」


 この説明でわかるんだ?と、コーヘイはちょっと驚いてしまった。自分は正直、説明が下手だと思っている。

 あまり詳しくは知らないというのもあるが。理科の授業で知った程度の知識だ。

 しかも水銀式体温計は、祖父母の家でしか実物は見たことはない。


「魔法と、異世界人の技術、どちらが優れてる?」


 熱によるうわ言のように、魔導士が質問を投げかけてくる。

 コーヘイはこの質問には悩んでしまった。

 しばらく考えて、とりあえずの解答を出す。


「どちらが優れてる、という比較がしにくいです。どっちもあったら便利だな、というか。魔法のいいところは、物が必要ない事でしょうか。物に頼る生活は、用途ごとの道具が必要ですから、元の世界では家の中が物だらけですよ」


 思わず笑いながら言ってしまう。最近、あまり元の世界の事を思い出していなかったが、あの散らかった実家の自室は少し懐かしい。


「魔法でやったほうが簡単で速いなら魔法、そうでないなら道具を使うというのが効率的ではありますね」


 コーヘイの目には、セトルヴィードがこの答えに納得したのか、しなかったのか判断がつかなかった。しばし沈黙の時間が流れる。


「お前から見ると、魔導士のやっていることはバカらしい事に見えるのではないか」

「無理な鍛錬の事ですか?」

「ああ」

「必要だからやっていることに、バカも何もないのでは?その理論だと、騎士団が毎日素振りしてるのもバカっぽいですよね」


 声はしないが、魔導士は少し笑ったような気配がした。


 この人物は、魔法が異世界人の技術で衰退すると思っているのだろうか?と、黒髪の青年は思った。コーヘイにとって、魔法の方がすごいと感じる事も多く、どんなに科学技術が流入しようとも、この世界では魔法は今後もなくならないと感じている。


「自分のいた元の世界では、信じられないような不思議な事や、奇跡のような出来事があると、”まるで魔法のようだ”という言い回しをするんです。魔法はどこの世界でも、奇跡の力だと自分は思いますよ」


 コーヘイはベッドから立ち上がると、魔導士に毛布をかけなおす。


「もう少し寝た方がいいです。自分もそろそろ寝ますが、具合が悪くなったら遠慮せずに起こしてください。セリオンさんで慣れてますから」


 男にかいがいしく世話をされたのは、生まれて初めてだったが、あまり嫌だとは感じない自分が不思議だった。フレイアもそうだったが、コーヘイも一緒にいて気持ち良い相手だと思った。異世界人がすべてこうではなく、彼らが特別なのかもしれないが、異世界人というだけで先入観を持つのはやめにしようと、そういう事を考えながら、再びセトルヴィードは眠りに落ちていった。

 

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