第6話 双子の出自

「二つの、命……? 一体、何を仰って……?」


 ハッキリ言って馬鹿馬鹿しいとしか表現できない話であっても、地母神ウムアルマが口にしたなら決して嘘や冗談ではないのだろうと考え呆然とするレイティアに。


『えぇ、そのような反応になってしまうのも分かります。 ですが、これは純然たる事実なのですよ』


「し、しかし……」


 ウムアルマが『気持ちは痛いほど分かります』と共感の意を示しつつ、それが確かに現実だという事を念押しするも、まさしく当事者であるレイティアの脳内には二つの大きな疑問が浮かんでいた。


「わ、私と、誰の子になるのですか……? いえ、それより私、その……そういう経験は未だに……」


 ……その疑問とはもちろん、レイティアの身体に宿る命とは誰との間にできた子なのかという事と。


 そもそも、レイティアは聖女であるがゆえに最愛の人である勇者と深く愛し合えなかったのだから、そんな自分の身体に命が宿るなど──という事。


『それも分かっていますよ。 貴女たちの動向、私は天から全てを覗いていましたから。 それに──』


 無論、地母神であるウムアルマにも彼女の言い分は理解しており、それを証明するかのように勇者一行の旅路は一から十まで見守っていた事を明かし──。


『もし貴女が私たちとの約束を破って勇者と、そうでなくとも何某かとの肉体的な契りを交わしていたのなら、魔王に貴女の力は通用しなかったでしょうから』


 つい先程までの魔王との激戦の際、レイティアの光の魔法は斃すまでとはいかずとも間違いなく魔王に通用していたからこそ、彼女の聖女としての力は失われていない……つまり清らかなままであったと告げる。


「で、では……?」


 しかし、それならそれで疑問は募っていくばかりであり、レイティアの頭には次から次へと疑問符が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返していた。


『大丈夫ですよ、レイティア。 貴女の身体に宿る二つの命は、そのどちらも勇者ディーリヒトとの子です』


「ぇ、あ……!? ど、どうして……!?」


 そんなレイティアを安心させる為に、ウムアルマが彼女の身体に宿る二つの命の父親に当たる存在が他でもない勇者である事を告げると、レイティアは端正な表情を驚愕の色に染めつつ下腹部に右手を添える。


『……これは私たちにとっても慮外の事象だったのですが……どうやら勇者と貴女が互いを想い合う気持ちと、勇者のが奇跡を起こしたようです』


「リヒトの、最期の願い……?」


 どうやら、レイティアの身に起きた事はウムアルマだけでなく他の神々としても予想外だったらしく、勇者が崩御する寸前にレイティアに宿った二つの命の出自は、おそらくだが『二人を繋ぐ愛』と『勇者の最期の願い』だろうと天上の神々は結論を出していた。


 ディーリヒトの最期の願い──彼が死の間際、何を思い何を願っていたのか……普段、彼を呼ぶ時の愛称を口にしたレイティアに、『えぇ、そうです』とウムアルマが返答してから一拍置いて──。



貴女レイティアを一人にしたくない──と』


「……!」



 少しずつ視界が狭くなり、その目に映る景色が傾いていく中で、こちらに駆け寄ってくるレイティアを見ながらディーリヒトが最期の最期に願った事を伝えた瞬間、彼女の脳内に彼との様々な思い出が巡る。



 初めて彼と出逢った時の胸の高鳴りも。



 初めての魔族との戦闘時に庇ってもらった事も。



 初めての夜営の時に二人で見た満点の星空も。



 そして──。



 一緒に生きていこうと誓った、あの日の事も。



「……ぅ、うあぁ……っ! リヒ、ト……っ!」



 勇者と仲間たちを蘇らせようとした時もあれだけ泣いた筈なのに、それでも溢れる涙が止まらない。



 彼女にとって、最初で最後の恋だったから。



『──レイティア。 先程、私は世界の端に小さくも豊かな大地を創造しました。 これから貴女は産まれてくる二人の子とともに、その地で平穏に暮らしなさい』


「……ぇ、どう、して……」


 しばらくの間、深い哀しみに暮れていたレイティアの涙が少しだけ勢いを弱めた頃を見計らい、ウムアルマが超長距離の引っ越しを提案するも、あまりに突然の事に彼女は涙で濡れた瞳を天へ向けつつ尋ね返す。


『……魔王が勇者によって討たれた今、人間たちが始めるのは──見るに堪えない利権争い。 そんな強欲を貪欲で包むような醜い諍いに貴女たちが巻き込まれるなど……私が! 我慢ならないのです……!』


「……っ」


 すると、ウムアルマは歯軋り混じりの苦々しさを帯びた声で、おそらく天から見ていたのだろう人間の愚かな行いに強い怒りを覚えていると暗に告げ、その声の纏う気迫にレイティアは思わず気圧されてしまう。


 現に、魔族の影響で随分と縮小したとはいえ未だに大きな権力を持つ人間の国の王族や貴族たちは、勇者によって魔王が討たれた後、魔王が支配していた大陸や奪われていた国宝、捕らえられていた奴隷などの所有権について水面下での争いを繰り広げている。


 その中には……勇者や聖女を『物言わぬ政治的な道具』として有するのはどの国かなどという、とても同じ人間とは思えないほど外道な議題も含まれており。


 世界の汚れを全て集めたような……そんな醜悪な人間同士の争いで、自分が真っ先に見初めたレイティアが道具同然の扱いをされるなど認められる訳がない。



 地母神ウムアルマは、それだけ聖女レイティアを溺愛していた。



『貴女たちは皆、魔王と相討ちになったと神託を下します。 さぁ、お行きなさい。 安住の地へ──』



 その後、レイティアからの了承を受けたウムアルマは、遺体さえ利用されかねない事を考えて勇者と仲間たち三人の遺体と装備を神々しい光で包み込み、ふわっと浮かび上がらせてから一つの魔法を行使する。



『──【光扉ゲート】』



 それは、【ジャンプ】という短距離の転移魔法と違い、術者によっては数百人単位で転移させる事も、それこそ世界の端から端まで転移させる事も可能な魔法である【ゲート】にウムアルマが光の属性を纏わせたもの。


 そのどちらの魔法も纏わせた属性によって転移先が変化し、風なら遮蔽物の無い屋外に、火や氷なら転移前の場所より気温が高いか低い場所へと転移する。


 今回のように光を纏わせると、光さえ射す場所であれば屋内であろうが転移する事ができる。


 無論、訪れた事のある場所でなければならないという制約もあるが、この世界の全てを天から見下ろすウムアルマなら、その制約も無いに等しいのだろう。


 今、レイティアの目の前には美麗かつ大胆な彫刻が施された煌々と輝く巨大な扉が出現しており、その輝きは彼女の傷ついたボロボロの身体を綺麗に癒す。



 レイティアは、ゆっくりと立ち上がってから──。



「……感謝します、ウムアルマ様」



 彼女の為だけに開かれたその扉を通り、勇者たちの亡骸とともに遠く離れた豊穣の地へと旅立っていく。



 彼女の身体に宿る──二粒種とともに。

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