第十二章 コーディネーター

第十二章 コーディネーター



 竜胆は強烈な人物であると再認識しなくてはいけなかった。

 彼は死へと追いやられていたはずだった。

 それなのに、突如として俺へ電話をかけてくると無根拠なままに商売の展望を話し、指示を出してきた。

 彼がどう立ち回ったのかはわからない。

 けれども、彼が主張した通り……既存の商売の大半は別の者に引き継がせ、翌年の春に拠点を葛飾区へ移して商売を再開させた。

 俺と健次郎と数名の指導員が葛飾区のアパートに入り、少年たちのコーディネートや指導にあたった。

 たぶん、二か月とかそれぐらいの短い期間だった。

 すべては竜胆の計画通りに動いていた。

 俺達は竜胆に指示されるまま竹芝客船ターミナルへ集められ、小笠原へと向かった。

 小さな民宿で三泊ほどしてから、島の小さな空港に招かれ、そこから小型機で東なのか西なのかわからない方角へとびだった。

 降り立った先が日本国内なのか、はたまた中国なのか、もっと別の地域なのか。もしくはどこにも属していないのか。

 それもわからない無人島に連れてこられた。

 無人島と言っても未開墾の無人島ではなく、空港にバスターミナル、幹線道路にレンタカーショップ、個人商店のコンビニなどがある小さな町だった。

 最初は街として認識していたが、どうにも人気が少なくひっそりとしている。そのくせに寂れている感じではない。

 無人島のわりに設備が整いすぎている。

 島を覆っている違和感は、まさにそうした人工的な景観に会ったのかもしれない。

 ターミナルで迎えの車を待ち、そこから島の中心部へと入った。

 そこが特別に用意された売春島であると気づいたのは、高級リゾートホテルのような巨大な建物に巣くう、悪趣味な客と少女たち、そして少年たちを見たときだった。



 自分の立ち位置によって世界の色合いは変わる。

 たかだか三十数年の人生しか歩んでいないが、これだけは確固として言える。

 世界はひとつでありながら、見える世界はひとつではない。

 学生としての世界とサラリーマンとして生きた世界、そして竜胆のもとでコーディネーターとして生きた世界……。

 それぞれが異なる色味を帯びて存在していた。

 そして新しい、この離島の世界は明らかに『異常な』世界であった。

 作為的に作られた街はどこか不自然で、値段の書かれていないメニューがあちこちに存在していた。お金を必要としない街であり、ゲストと呼ばれる客人をもてなす事だけに存在している商店主やそのスタッフたち。

 俺や健次郎や……竜胆も『スタッフ』としてこの街に入ったことを理解しなくてはいけなかった。

 島の中心部に巨大な施設がある。巨大な豪邸を模した宿泊施設であり、離島に招かれたゲストとその関係者が起居する場所だと説明を受けた。

 俺達はその大豪邸の外郭地区にあるマンションに案内された。

 控室と呼ばれた七階建てのマンションが、俺達に与えられた城だった。

 ここで子どもたちの準備を行い、邸宅に送り届ける。

 邸宅でゲストが子どもたちと戯れを行う。

 俺達はそうしたサービスのスタッフとしてこの島への上陸を許可されたのだ。


「まず、三か月だ」


 竜胆は指を三つ立てて言った。


「……三か月?」

「俺達は試用期間だ。ここで正式に採用されるためには、いくつかの試験をクリアしなくてはいけない」

「気の狂っている試験でない事を願うばかりですよ」


 俺がそう答えると竜胆は「至極まっとうな試験だよ」と答えた。

 七階建てのマンションを与えられ、庭にあるプールで連れてきた少年たちは喜んで遊んでいた。健次郎はその引率としてプールサイドの木陰で休んでいた。


「いくつかの業者も相乗りをしている。この建物は、そうした業者の宿舎として使われる。どうだ、すごいだろう。ホテルみたいだろう?」


 有名リゾートにある最高級ホテルのような佇まいであることは理解できる。

 俺と竜胆が向かい合って座っているロビーの待合室も、従業員のいないホテルのメインフロントのような場所であった。

 足音を食いつぶす赤い絨毯と声を吸い込む天空のような天井が、印象的だ。


「その相乗りしている業者と競う、という事ですか?」

「簡単に言えばそういう事だ。俺達は民主主義の国に生きているわけだから、より多くの票を獲得した者が最後には勝つという仕組みだ」


 違う、この島は民主主義じゃない。

 資本主義の権化が怪物となって巣くっている。

 俺はぐっと押し黙った。


「おまえは良い素体を集めてくれた」

「まだコーディネートの仕事が残っています」

「そう、おまえの残りの仕事はコーディネートだ。技術的な指導は健次郎を中心にやらせる。うんと金をかけて、好き放題にやってくれて構わない」


 竜胆がそう言ったとき、どこからかウェイターの男性が現れ、俺と竜胆の前に恭しくウイスキーを置いた。

 ロックグラスに氷がひとつ。

 竜胆はそれを手にして「お先に乾杯といこう。我々は負けない」と自信満々に言った。

 俺は彼の発言がどういう意味を持っているのかわからなかった。

 竜胆は続けた。


「おまえのコーディネートは一流だ。ただの女装と違う。それは俺が一番よくわかってる。だからこそ、俺は起死回生の一手に出た。わかるか、おまえは自分のやっていることの意味を」

「ただのコーディネーターですよ」

「違うな。おまえは本来女性として生まれなくてはいけなかった男たちを、本来の姿に戻す手伝いをしている。男性として生まれてしまったが、本質は女性である。ちまたに転がっている同一性のハナシじゃない。もっと神秘的なハナシだ」

「わからないですね。俺達はただの売春宿の裏方スタッフと元締めであるだけじゃないですか」

「そうだな。そうかもしれない。けれども、売春宿は時として真実に近いところに建つ。この島を見てみろ。どうしてこの島が出来上がったと思う?」

「どうして……?」

「いろんな国民の血税で、この島はできている。俺達は島の運用の一端を任されようとしているんだ。売春の裏方スタッフと元締めがな」

「狂ってる」

「残念ながら、狂っている……が、これが真実だ。あの子どもたちに、俺達の命運がかかっている。よろしく頼むぞ、主席コーディネーター」


 そう言って彼はぐいとグラスを傾けた。


 俺は軽くグラスを傾けただけで、うまくそれに口をつけることはできなかった。

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