第16話 その時、師匠が目標になったんっす


 チエに【剣士の頂】という修練場を紹介してから、早いもので、既に1月が経とうとしていた。

 ユウキ・ソルナ、それにチエ・ソルナの2人は、見習いであるGランクから1つ上のFランクになっていた。

 そして、このたった1月の間に、2人の人生には、冒険者としての人生には、かなり差がついていた。



 双子の兄であるユウキ・ソルナは、この1月の間に、さらに一度、【強度上昇レベルアップ】して、Lv.3に成長していた。

 これはかなり早いペースの【強度上昇レベルアップ】ではあるらしいが、これは彼のスキルが良かったからだろう。


 自動的に超攻撃な戦闘形態スタイルになる、【静止の呼吸】の自動化オート

 戦闘に関しては、雷を落とす【落雷斬】と、それを乱れ落とす【落雷斬・群れ雲】という、雷による圧倒的なる実力。

 

 ユウキの実力は既に新米冒険者の枠に収まるほどではなく、今では新米冒険者のみとは言え、彼は4人組のパーティーのリーダーとなっていた。

 リーダーと言うのは、性格とか、頭の良さとか、色々とあるが、やっぱり冒険者にとって一番重要となってくるのは、ただ純粋に力。

 ユウキの力は、同じ新米冒険者達の中で、リーダーに相応しいと思われるくらいの強さだということである。



 そんな栄光を手に入れてる兄と違って、妹のチエ・ソルナの方は、まだまだ混迷していた。

 Lv.2のままである事もそうだけど、この1か月の間に何度も【剣士の頂】の修練場に顔を出していた。

 そして、【剣聖】のじいちゃんの勧めで、3つの部屋----破壊力重視の『壱』の部屋、ピンポイントで突く『弐』の部屋、そして高速の居合抜きの『参』の部屋----の3つ全ての訓練を全て、均等に指導を受けていた。


 だけれども、特に変化はない。

 彼女は3つの部屋で均等に技を使えるようになっていったが、それでも"使えるだけ"だ。


 例えば、兄のユウキの剣は3つの部屋だと『壱』の部屋に近い。

 チエは何回も訓練に参加して、修行しているが、1回も修行に行ってないユウキの方が強い。

 使える技は増えるも、それが戦力として扱えるレベルかと言うと、そうではないのだ。


 彼女は、未だスランプの最中に居た。




「って訳だけど、兄としてはどう思うんだ?」


 と、俺は兄であるユウキ・ソルナに、率直にそう尋ねた。


 場所は、ギルドの談話室。1対1で話すための、相談部屋である。

 密談に向いていて重要な話を使うのに向いてるけど、使用料はそこそこ高いんだ。


「(----まぁ、今回は無料ただで提供してもらったがな)」


 未だに出されていない、俺の資格停止の解除を、脅しに使ってな。


「えっと……チエの事を、俺に言われても……」

「本人じゃなく、お前だからこそ聞いて欲しいんだ」


 そう、本人じゃなくて、一番近い他人だからこそ分かる事だってある。


「チエが、なにか悩んでいるのは分かってるな?」

「そりゃあ……分かってますとも! 同い年でも、俺は兄ですし!」 


 分かってるなら、話は早いな。


「単刀直入に言おう、腹の探り合いなんて面倒だし。

 ----何故、チエ・ソルナは冒険者を辞めないんだ?」


 そう、なんで未だにチエは辞めないんだ?


「普通、新米冒険者は結果を求めるんじゃないか? 厳しい地道な訓練なんかより、派手で分かりやすい結果の方が好きなんじゃないか?

 それなのに、なんでチエ・ソルナは、結果が見えない中で、訓練に挑み続けられるんだ?」


 彼女を支えているモノって、いったい、何なんだ?


「兄であるユウキ、お前なら知ってるんじゃないか?

 チエが、頑張り続けられる理由というやつを」


 俺がそう尋ねると、ユウキはちょっぴり驚いた様子で、そして俺の顔を指差して----


「それは、ブラドさんっす!」


 ----と言って、ユウキは昔の事を語り始めるのであった。

 なんで、俺が、チエが頑張り続けられる理由なのかという、話を。



☆ ☆ ☆



 まだユウキとチエの2人が、【剣士】というジョブを貰う前のこと。

 とある田舎の村で、村の皆と仲良く暮らしていた頃。


 俺とチエの2人が、一番尊敬していたのは、近くに住むチカラというちょっぴり年上のお兄さんでした。

 チカラの兄貴はジョブを貰ってない子供ではあったけど、村一番の力持ちで、面倒見も良く、俺やチエだけじゃなくて、村の他の皆も、兄として慕っていました。


「良いか、ユウキ、チエ。力があるってのは、偉いって事なんだ。

 だけど、その力をきちんと使ってこそ、力ってのは輝くんだぜ?」

「「チカラ兄ちゃん、すっげーっ!」」


 チカラの兄貴は、力があるだけでなく、その力の使い方をちゃんと分かっている、良い奴。

 皆に慕われるだけの、それだけの訳がある、すっげー良い奴。


 チカラを尊敬する兄として、平和に暮らしていた俺とチエだが、そんな俺達の前にに1つの危険がやって来ました。


 ----ゴブリンの襲来。


 村を襲うゴブリンなんてのは、世界としては珍しくもないありふれた出来事だと思いますが、平和に暮らす俺達の村にとっては、そりゃあ大きな出来事だった。

 家畜の牛が襲われていて、いつ村人に被害が出るか分からない状況。


 村長は、ギルドにゴブリン退治の依頼を出しました。

 そして、やって来たのが、【千軍万馬】----つまり、師匠ブラド・ナル達だ。


 ゴブリン退治なんてのは、師匠達からして見れば、すぐに終わるような依頼だと思います。

 けれども万が一にも、村人に被害が出ないように、師匠は村人全員に、外に出ないように言っていました。


 大人達はそれで納得したが、問題は子供達の方。

 好奇心旺盛な一部の子供達は、ギルドから来たSランク冒険者なる、すっごく気になる冒険者の存在を確かめるために、ゴブリン退治を見るために森へと近づいて行きました。

 チエもその1人、でした。


 チエは隠れていたつもりだったんですが、子供の浅知恵なんてゴブリンには意味がない。

 あっさりと見つかったチエは、そのまま殺されようとしていた。

 ちょうどその時、いなくなったチエを探しに、俺と兄貴チカラの2人は、森の中を探していて、その瞬間に立ち会えた。


 そうして、迂闊にもゴブリンに見つかった子供チエを助けるために----


「兄貴が、チカラの兄貴が犠牲になった」


 俺はグッと、唇を強く噛みしめて、師匠にそう言った。


「チエを守るため、チカラの兄貴は自ら飛び出して、斬られて死んじゃったよ……。

 師匠には悪いが、兄貴はすっげー良い奴だった。チカラの兄貴がもし、今も生きてたら、3人でパーティーを組みたかったよ……」

「そうか……いい奴、だったんだな」


 チエが悪いとは言えない、こういうのは子供ならではの問題です。

 実際、冒険者になった時に受付さんから聞いたけど、こういうのは日常茶飯事みたいで、いっぱい同じような話を聞きました。

 冒険者を見る子供達を守るために腕や足を失くした冒険者や、チカラの兄貴のように犠牲になった人も大勢いる事も。


 だから、チエは悪くない。

 悪いのは、全部、魔物であるべきなんですよ。


「チカラの兄貴は勇ましく死んじゃって……ゴブリンに襲われたんだ。

 殺されかかった……そう、その時だよ!」


 ----師匠がやって来たっ!


 師匠! そう、師匠ですよっ!

 そう、そこからは師匠の華麗なる劇場でしたっす!


 師匠は、俺なんかには目にも止まらぬ速度でゴブリンの首筋をへし折って、そのまま残っていたゴブリンの首を長刀で斬り飛ばしていました。


「あの時の光景は、今でも俺とチエの2人の心に深くこびりついてるっす!」


 子供ながらに、その光景は圧巻だった。


 なにせ、目の前に迫っていた恐怖の象徴が、一瞬で綺麗に消え去ったのだから。

 そして、その中心で、こちらに向かって手を差し伸べる姿----。


「あの時の師匠の姿を見てた……だから、俺とチエは、死んじゃったチカラの兄貴の分まで戦えるんだ。

 あの後、師匠がブラド・ナルって名前で、ジョブは【剣士】じゃなくて、【暗殺者】って事を聞いたけど、それでも俺達にとって、最高の【剣士】は----やっぱり師匠しかあり得ないんっすよ」


 そう、ゴブリンに殺されかかるなんて、普通だったら冒険者を諦める原因の代表例。

 けれども、こうして冒険者を俺もチエの2人とも続けてられるのも、チエがスランプの中でも一生懸命頑張ることが出来るのも、あの時、師匠が俺達の目標になったから。


 いつか師匠みたいに、カッコよく剣を振るう【剣士】になる。


 あの時から、俺とチエは、そう思って生きてきたんです。



☆ ☆ ☆


 ニコッと、ユウキは笑いながら、そう話を終わった。


「(そんな事、あったような……なかったような……)」


 一方で、話を聞いた俺は、必死にどの村の出来事だったかを思い出そうとしていた。

 けれども、なかなかその出来事を思い出せない……思い出せないが、なんかそういう出来事があった気がする。


 印象にないというよりかは、ありすぎて思い出せないとでも言うべきだろうか。

 正直なところ、ゴブリン退治の際に、子供が襲われていたり、なおかつそのうちの1人が殺されるだなんてのは、よくある事だからな。


 この世界は、弱肉強食----弱い者が損をする世界なのだ。


「----と言う訳で、参考になりましたか? 師匠?」

「えっ、なんの参考だっけ?」

「とぼけないで欲しいっすよ、師匠! 師匠が聞いたんっすよ、チエが頑張り続けられる理由っ!」


 あぁ、そうだった。

 それが知りたくて、ユウキに話を聞いたんだったな。


「ありがとう、参考になったよ。……しっかし、だとすると厄介だな」

「----? なにが、厄介なんっすか?」

「なにがって、それが本当の話だとすると、チエのジョブの【剣士】をくれた神ってのは、だいぶ"ヤバイ"」


 そう、恐らくチエが思うように力を得られない原因も、そこら辺が関わってくるんだろうな。


「----? いや、師匠? それじゃあ、ちょっとどういう事か分からないから、ちゃんとした説明をして欲しいんっすけど?」

「何でもない、一部のお偉いさん方が提唱しているだけの、根拠もない与太話だ」


 けれども、多分だが----そう、恐らくはそれが原因なのだろう。


「よしっ! そうと決まったら、チエに会いに行くとするか!」

「了解っす! なんだか良く分からないけど、師匠が行くなら付いて行くっす!」


 ……分からないのなら、止めて欲しいんだけどね。



「すいません! 緊急事態です!」


 と、部屋から出ようとしたその時、扉を開けて受付嬢が入ってきた。


「おいおい、金を払っているわけではないが、大事な話をするための部屋だぞ?」


 パーティーの重要な方針だとか、そういった人に聞かれたくないのを話し合う場所だ。

 それなのに、不用意に入って来るとか、本当にあり得ないだろうが。


 けれども、受付嬢は謝るのもせずに、ずかずかと部屋の中へと入ってきて。


「Sランク冒険者、【暗殺者】のブラド・ナルさん! あなたの冒険者資格停止を緊急事態につき、解除しますっ!」

「「緊急事態?」」


 ユウキと一緒に、なにがあったと身構えていると、受付嬢はこう告げた。


「反乱です! 【剣の勇者】が、魔物の大軍を連れて襲ってきました!」



==== ==== ====

【Tips】リーダー

 集団の中で、その集団をまとめる者のこと。魔物の場合、その魔物をまとめる上位種のことを指す

 パーティーの中でリーダーをやるという事は、信頼の証であると同時に、そいつが一番そのパーティーの中で強いという証明でもある。故にリーダーの強さや信頼度によって、おおよそながらそのパーティーがどのくらい強いのかの指針となりうる

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