22.僕は夢中で嘲笑う(上) <後編>

私と慧は、職員室で見つけた"いつかの私達"の痕跡を調べまわり、1枚のプリントに行きついていた。

書かれていたのは、私達2人がこの学校の同級生や先生たちに向けた憎悪の言葉。

これを書いた理由は、先程訪れた机の有様を見れば良く分かる…私達は2人そろって"除け者"にされていたのだ。


「記憶にあるか?」

「理不尽な世界だなって位」


いじめを受けていたと言っても語弊は無いだろう。

だが、私達のどちら側も、強烈に覚えていてもおかしくないはずの出来事を覚えていなかった。

霧がかかっているみたいだ…この世界を包み込む白い霧以上に深く、濃く、それでいて纏わりつくような霧に…


「この間の、高校のアレが私達の"初回"よね?」

「ああ…あれが最初なのには違いない…けど、あんとき俺等は割と仲良かったよな?クラスメイトと」

「えぇ…悪くなかった…はず」

「じゃ、何だってこの世界の俺等はこんな目に会ってるんだろうな?メンツも…名前は違えど、きっと面も性格も同じだろ?」

「恐らくね…」


私と慧は、プリント1枚から自分達を思い返そうと必死に頭を回転させた。

これから殺すつもりの、現実世界を生きる私達の事は、一度横に置いておこう。


「その缶にさ、他のプリントは書いてないの?クラスメイトとかの」

「ん?ああ…どうだろう」


私の言葉に、慧は曖昧な言葉を返すと、机に置かれた缶箱を漁り始める。


「一番上がコレだったってことは…最新の1枚ってやつだよな、きっと」

「中身を落として直してない限りね」

「量が多いぜ…このクラスの担任、結構な数の相談を無視していやがるな」


会話を重ねつつ、中身のプリントを見ては周囲に適当に捨てていく。

どうやら、私達が"自殺"を選んだ回のクラスの担任は、私達生徒のことなど眼中にも無かったらしい。

私達が書いた恨みつらみの他にも、幾つか相談が寄せられていた。

プリントの体裁を見る限り、"目安箱"みたいな感じで、先生に向けて相談の手紙を出せる仕組みを作っていたようなのだが…全く機能していなかったようだ。


「いるよな。やってますよって上に言うだけ言って何もしない奴」

「公務員なんて大抵そんなものよ。私だって同じ立場ならやらないもの」

「言えてる」


暗い笑みを浮かべて軽口を叩く私達。

缶箱に積み重なったプリントを見ては捨てていく中で、私達の手が止まったのは、紙束の中間付近にあったプリントを見た時だった。


「これか」


慧が見つけて取り上げたプリント。

中身を見ると、クラスメイトの1人が私と慧の事を書き記していた。


「ああ……」


私達はその内容を見て顔を見合わせる。

その内容を見て、私達の頭の中にかかっていた霧が少し晴れてきた。


「"序盤"のループだったから…?」

「思い出してきたような気がする…」


その内容は、私達がおかしくなっていた様子について。

先程の、クラスメイト達に対する私達2人の恨み辛みも中々の病み具合で書いていたが…他者から見た時、その感情は異常とも取れるモノだったらしい。


「名前は生憎知らねぇが、中学に上がっておかしくなったとさ」

「それまでは仲が良かったとも書いてる。家も近所…んー…」

「"現実世界"の俺等で言うところの桑名葵に寺尾一博か」

「私達で言うところの?」

「そんなん、毎回毎回変わってら」

「じゃ、彼女達ね。このプリントの書き手は」


そのプリントに書かれていた私達の変貌具合。

小学生の時まではいたって普通…私達の記憶にあるままの子供だった事が記されていた。

変わってしまったのは中学に上がったある日の事。

私も慧も、人が変わったかのようで…どうやらかなりヒステリックになったようだ。

ヒステリックでパラノイア…2人そろって関わる全てに敵対するような…そんな奴。


「なるほど」


慧はプリントを読み終えて一言、納得したような声でそう呟く。


「最初の俺等はこうだった…と」

「そりゃ…私達から敵を作って被害妄想を増やしていけば…やがてこうなる…と」

「無視でもしときゃ良かったものを…その場合は高校…その先って酷い人生だったろうよ」

「"死に追い込んでくれた"クラスメイトに感謝する?」

「感謝はしねぇが、ま、無視するよりは戦う性質だったんだな」

「そりゃ…教師も生徒も人を殺せるような人間が何人も居た学校だしね」


私はそう言って肩を竦めると、深い溜息を一つ付いた。


「ねぇ、何なんだろうね。私達」


そう言いながら、適当な椅子を持ってきて腰かける。

古びたオフィス用の椅子は、体重を加える度にギシギシと音を立てた。


「さぁ…案外、死んだ奴はこうなるのかもな」

「グルグルグルグル同じ人生を廻りまわるって?」

「実際、俺等はそうだろうよ。で、何時まで経っても先に進めないからいよいよ別世界に隔離された…とかな」


慧はそう言ってニヤリとした笑みを浮かべると、缶箱をプリントごと床に落として、代わりに机の上にドカっと腰かける。


「どうするよ?決まったわけじゃないが、アイツらを殺しても俺等は何も変わらないぜ?きっと」

「そうねぇ…確かに、そうなのかも」


私はそう言って慧の顔をじっと見つめた。


「でも、あの子たちは絶対に殺す。そう思ってない?」

「……思ってる。その理由は同じだよな?」

「あの子たちも"私達を殺した犯人"だからね」

「だよな」


慧はそう言うと、仕舞いこんでいたナイフを取り出した。


「刺すのはもう飽きたな」


そう言ってナイフを床に落とす。


「野球部の部室にでも行ってバットでも借りるかぁ…」

「生徒会室に良い感じの鈍器があった気がするけど」

「いーや。バットで良い。自己嫌悪するもんだ。あの、"現実世界の俺"を見た時に殺意しか湧かなかった」


慧はそう言って机から飛び降りる。


「どうしてループするのかももう知らねぇ。もう一人の"俺等"以外は全部霧の中にで仕返しできたんだ」


そう言いながら、彼は私の手を引いて歩き出す。

私は特に何もせず、彼に手を引かれるがまま、椅子から立ち上がり彼に付いて行った。


「長々と生きてた気がするしな。10回やり直して100歳。その何十倍だ?俺等のリセット回数って」

「1000は越えてるかな?」

「十分だろ。もしアイツらを殺して何も変わらなければ…その先はもうどうでもいい。霧の中でも、彩希が居ればそれだけで十分だ」


彼は歩きながら、少し早口でそう言い切る。

私は突然の言葉に少し驚いた表情を浮かべたが、直ぐにニヤリとした笑みを浮かべて彼の横に並んで顔をじっと見上げる。


「1000年目のプロポーズ?」

「ヒデェシチュエーションだな」


ジョークを飛ばしながら、私達は霧に包まれた教室を出ていった。

廊下を出ても、暫く歩いても纏わりついてくる白い霧…

私達にとっては慣れたものだ。


「そっちはどうするんだ?」

「どうするって?」

「白髪になったアイツ」

「ああ…」


部室棟に近づいていく途中。

慧の尋ねに、私はふと手にした包丁に目を落とす。


「確かに、刺すのも芸がないかなぁ…」


そう言って、包丁を放り投げる。

そして、慧の方を見ると、私はニヤリと笑って両手を上げた。


「何だそれ」

「素手」

「素手?」

「そう!」


私はそう答えて両手をガシッと合わせる。


「あの子の血で汚れたくないもの」


前に向き直って一言。

さっきまでの口調の明るさを一気に消して、私はボソッと呟いた。


「……」


慧は何も言わずに数回頷くと、何事も無かったかのように歩き続ける。

彼も、さっきまでの表情の柔らかさを消して、フッと影の見える表情を浮かべていた。


霧に包まれた校舎を歩いた先。

私達は部室棟を訪れる。

滅多に出向いたこともない場所…慧は野球部が入る部屋の扉を開けると、中から金属バットを取って戻って来た。


「汗臭さは残ってるのな」

「そんなもんでしょ」


少々傷が付いた銀色の金属バット。

準備が整った私達は、互いに顔を見合わせて頷くと、来た道を引き返す。


これからは、最後の狩りの時間。

ゆっくりとした足取りで、私達はこの空間の中に居る筈の2つの人影を探し始める。


「何処にいるかな」

「どっかで震えてるだろうぜ」

「私達も最初はそうだったよねぇ…」

「アイツらが俺等と同じだとは思わねぇが、隠れられる場所は限られてるだろうさ」


部室棟から戻って生徒玄関前のホールにやって来た。

そのまま生徒玄関から外に出てみるか…左に行って階段を上がるか、それともその下の教室を探ってみるか?

それとも、右に行って生徒会室の方を虱潰しに探し回るか。


「何処に行く?」

「バッドの倒れた方とか」

「遊ぶねぇ」

「遊びだろ」


私達はおかしなテンションのまま、ホールのド真ん中で言葉を交わす。

慧が手にしたバットの先端を床に置いて、そのまま目を瞑り、パッと手を放した。


「っと…右だ。生徒玄関の方」


私はバットの倒れた方向を呟く。

慧も目を開けてそれを確認した。


「縁があるな。あっちの方」


バットを拾った慧は、クルリと体の向きを変えて歩き出す。

私もその後に続いて歩き始めた。


「あの2人は生徒会だったよな」

「いるかなぁ…私と会った場所だし、元には戻って無さそうだけど」

「でも、馴染み深い場所だろう」

「まぁね…」


緊張感のない私達。

歩いた先、その先にある最初の扉に手をかけた。


「さて、まずここは…っと」


慧は何の警戒もせずに扉を開ける。

重厚感ある扉がゆっくりと開かれ、私と慧は並んでその中へ足を踏み入れた。


「あ?」

「え?」


何かが起きたのは、私達が2歩目を踏み出した時。

私達の左右から、それぞれ1人分の人影と、その手に握られた透明で重そうな何かが視界に入った。

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