路地裏の失敗

20.路地裏の失敗 <前編>

「私達もさ、良くここまで飽きなかったよね」


私は、階段の踊り場で、ボソッとそう呟いた。

今いる場所は、どこかの学校。

周囲は、相も変わらず霧の中。


「ああ…終わりは近づいてきてるっぽいが」


上の階から慧が降りてきて、私の横にやって来る。

そして、階段の下の方の光景に目を向けると、苦笑いを浮かべた。


「シンプルな光景の方が効くな」


そう言って眉を潜めて目を背ける。

私達の眼下に見えるのは、散々に痛めつけられた挙句階段から転げ落ちて、首があらぬ方向に回った女子生徒の姿。

不自然な体勢が原因だろうか、死んでいるはずなのに、ピクピクと動き続けていた。


「ただ…降りようぜ。上から"俺等"の声がした」


慧はそう言って私の手を取って階段を降りていく。

私は何も言わずに頷いて、彼に付いて行った。


階段を降りて、ピクピク震える亡骸の横をすり抜けて、向かったのは校舎の中心部。

今いるのは、恐らく校舎の2階で…職員室の辺りのように見える。


「長居は出来なさそうだが…ここが何処だか知っておいて損はねぇよな」

「そうだね。高校?っぽいけど…」

「2つあったろ、ココが俺等の住んでる街なら」

「あー…確かに。そう言えばそうだ。慧も私も近い方だったよね?志望校」

「良い方か悪い方かで言った時の良い方だな」

「そうとも言う」

「高校なんざ、行った記憶も無いんだが」

「私も…だけど、さっき突き飛ばした子は何となく覚えてる」


廊下を歩きながら言葉を交わす私達。

今いる場所は来たことが無いはずな場所。

中学以降の時代に辿り着け無かったはずの私達には、無縁だった場所。


「どうする?後からアイツらが来るぜ」

「…職員室でやり過ごせないかな」

「ムリだろうな。"向こう側の"俺の方がここを良く知ってるらしい」

「何かを調べるならってこと…」

「そーゆーこと。どうするよ?適当に教室練り歩いてみっか?」

「そうしよう。なるべく距離を取って…少しでも取りこぼしが無いか調べたくてね」


小声で会話を交わしながら、私達は職員室らしき部屋の前を通り過ぎた。

通り過ぎて、自販機や椅子、テーブルが置かれた小空間を抜けて、再び階段が左手側に見えた先。

突き当りに、教室らしき扉が見える。


「おお…」


職員室前の通りに直交した通り…そこにはズラリと教室が並んでいた。

見る限り、ここは2年生の教室が並んでいる。

右手側から1組…そこから左手側にずーっと歩いて行けば、10組まで教室があった。


「1クラス30人、10クラスで300人。そんなにデカい学校だったか?」

「それ位だった気がするけど。細かくは覚えてないよ」


気持ち早歩き気味に教室の前を歩いていく。

時折後ろを振り向いて、誰も追いかけて来ていないかを確かめた。


「私達が着てるのはココの制服だよね?」

「ああ。俺はアイツの視界越しに見てたからな」

「私は別の学校だったんだけどね」

「そういやそうだったな」

「誰かに突き飛ばされて、大怪我して高校止めたけど」


私はそう言ってクスリと笑う。

笑って、そしてハッとした表情を浮かべた。


「どうした?」


私の様子を見て、少し潜めた声で慧が尋ねてくる。

私は頭に手を当てながら、脳裏に過った何かを思い出そうとしていた。


「ん…何か思い出せそうな気がしたんだけど」

「高校の記憶?」

「そう。何かが…」


脳裏に過った記憶。

それは、丁度今立っているこの校舎の…さっき女子生徒を突き落とした踊り場付近での出来事。

私の目の前には慧が居て、彼が血相を変えて私の手を引いて走ってる…そんな光景。


「思い出せない…後少しだと思うんだけど」


過った記憶。

それは、思い出してしまえば…思い出してしまえば、私達に何か嫌な影響が出そうだと確信できてしまう。

それでも、私は脳裏に映った光景の先を知りたくて、頭を動かした。


「じゃ、この学校から出るのはまだ先だな」


頭を抑えた私に、慧はそう言ってくれる。

悩みに暮れる私の目に映り込んだのは、制服のポケットに手を突っ込んで、砕けた笑みを浮かべた好青年。

親近感が湧く、信頼できる昔馴染みの姿。


私はコクリと頷くと、彼の手を掴んで体の向きを変えた。


「おっと」

「こっち」


教室前の廊下。

辿り着いた分岐路を左に曲がる。


「何処に行くつもりだ?」

「さっきの階段の上の階!…こっから、真っ直ぐ行って左に曲がればさっきの場所に戻る?」

「戻るけど、まだアイツらが職員室に居たりしたら鉢合うかも知れないぜ」

「迂回できる?」

「この先の階段上がれば」

「そうしよう」


歩きながら道を尋ね、私の問いに答えてくれた慧は私の手を引いて先行してくれた。


「!」


軽く駆けだした途端。

私の視界の隅に、何時かのフラッシュバックが重なる。

その光景は夕暮れ時の校舎…慧が今やってくれている様に私の手を引いて駆けていた。


少し右にカーブした廊下を真っ直ぐ駆け抜ける。

右手は窓…その先に見えるはグラウンド。

左手も窓…その先に見えるは中庭…向かい側、さっき通って来た職員室が窓越しに見えた。


ロの字型の校舎になっているらしい。

霧が深く、今この瞬間はパッと分からなかったが…視界に中途半端にまぎれた"過去の光景"がそれを補ってくれた。


廊下を駆け抜け、目の前に見えた階段を駆け上がる。

1つ上の階の廊下を走ると、さっき女子生徒を追い詰め始めた時の地点にまで戻ってこれた。


「なるほど…ありがと」


私は辿り着いた場所の光景を改めて眺めながら、慧に礼を言う。

注目したのは、ついさっき女子生徒を追い詰めて突き飛ばした階段の方ではなく、来た道の伸びる先。

真っ直ぐ駆け抜け、やって来たのは十字路の分岐点。

右に曲がれば階段だし、左に曲がれば職員室の上。

真っ直ぐ行けば直ぐに行き止まり。


行き止まりには、扉があって…その先に何かの部屋があるようだった。

扉の上…部屋の札に書かれていたのは「夜間部職員室」の文字。

それを見た私は、私が"高校生"になった直後の記憶を思い出す。


「思い出したよ。慧」


私はそう言って、彼の手を引いて「夜間部職員室」の前まで歩いていく。

彼はまだ思い出せていないらしい。

首を小さく傾げていた。


「思い出した…高校に上がった事があるんだ…」

「どういう事だ?」

「無理もないよ。多分、これが私達の"1周目"なんだから」

「1周目?」


慧はそれを聞いて、直後に驚き色に顔を染める。


「…あ」


慧も微かに思い出してきたらしい。


「高校に上がって少し経った位の時だよね。珍しく夕方まで残ってた日」


私がそれに追い打ちをかけると、慧は完全に全てを思い出せたらしい。

目を見開いて、口あんぐりと開けて私の方をじっと見つめていた。


「そういや校舎内散策したことないなっつって散歩してた時の事か?」


彼は完璧に当時の情景を思い出せたらしい。

私はコクリと頷くと、目の前の「夜間部職員室」の方に目を向けた。


「そう」


短くそう答えて、皆までは言わない。

さっき突き飛ばした女子生徒が、どうして校舎の人気が少なそうな場所に居たのか分からなかったが…

思い出してしまえば、何のことは無い…私達が"こうなった"第一歩目は、ココから始まったのだ。


「じゃ、さっきのは…」

「皆まで言わないで」


私は慧の言葉を遮って釘を刺す。

彼は何かを言いかけたまま、言葉を切ってコクリと頷いた。


「アイツが居たってことは、この先もあの時のままかもな」

「開けてみる?」

「怖さの方が勝ってる」


私達は"1周目"…ただの一般人だった頃の記憶を思い出しながら、扉の前で話し合った。


「またアレを見るのは…今となっちゃ慣れたもんだがな」

「見ないでココを出る?」

「…いや、折角目の前に来て思い出したんだ。あの時とはもう違う」

「流石」


少しのやり取りののち、慧が意を消して「夜間部職員室」の扉に手を掛けた。

金色のノブを掴んで、回して、奥に押し込む。

重厚な音と共に、扉が開いた。


「……」

「……」

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