強制ログアウト

12.強制ログアウト <前編>

"鏡の奥"に居る私は、何時だってつまらなさそうな顔を浮かべていた。

仲のいい友人と会っている時ですら、その表情からはほんの少し面倒くささを感じている様にも伺える。

後に何か予定が詰まっているわけでもないのに、彼女のことを、誰かが邪魔に思っている訳もないのに。


感情の起伏をコントロールしても、私の眼は誤魔化せない。

彼女のことは私が一番よく知っている。

一番よく知っているからこそ、私というフィルターを通して世界を見た時に、仇となる存在は一際輝いて見えた。


生きていてはいけない存在。

必ずこの手で存在を抹消すべき存在。

まぁ、御託を並べないでストレートに言ってしまえば…


「苦しんで死ね」


そう言えてしまう存在。

それらが私の瞳に映り込むのは何時だって何気ない時だ。

普段、何気ない時に見ている顔が急にそう言う風に見える時だってある。


見えた時。

私の奥底に留めた感情が爆発して…霧の世界を創り出すのだ。


「……」


私が私である世界。

私が自分の身体を意思を持って動かせる世界。

白い霧に包まれた…"夢の中に限りなく近い世界"で、私は目を覚ました。


周囲を見回してみる。

見回してみると、ここは街中…ネットカフェの入った雑居ビルの入り口前だと分かった。

感じるのは寒さ…吐く息は霧の様に白く、凍える程に寒い。

自分の身体に目を向けてみると、私服の上に黒いダッフルコートを着ただけだった。


通りで寒いわけだ。


コートの中の私服はそれほど防寒に気を使った選定ではないし…

首元にはマフラー…耳当てだって欲しくなるくらいの寒さだというのに、持ってすらいない。

足元も普通のスニーカーだ。

そろそろ冬の色が濃くなってきて雪が降ってきそうだというのに、私は秋の終わり際のような格好をして突っ立っていた。


「寒…」


体を震わせてそう呟いた私は、目の前にあるビルの自動扉を潜って中に入る。

外の空模様は暗く…これからは夜になる時間…ビルの中は薄暗い明かりが灯っていて、私は少々気味の悪さを感じながら中を歩いて行った。


気味が悪いと思っても、この世界を創り上げたのは私なのだが…


ビルの中を迷うことなく歩いていき、階段を上がってネカフェの入り口までやってくる。

扉を潜ると、人の気配のない…ただでさえ普段から暗い雰囲気がもっと濃くなったネカフェの店内をうろつき始めた。


店内を一通り周り、"標的"が居ない事を悟った私は、適当にビリヤード台が並ぶブースに足を向ける。

世界の創造主様なんだ。今日の狩場がココなくらい、自分の感覚で分かっていた。

相手が居ないのは、まだ"配置"されていないだけ…

時期に役者は揃うのだから、焦る必要もない。


ちゃんと動作するドリンクバーの機械で、用意されている紙コップに適当にコーラを入れ…

それを片手にビリヤード台まで歩いて行った。


コーラを半分ほど飲んでから、台の横のテーブルに置く。

コートを脱いで、これまた台の横にあったコート掛けにかけると、キューを取って台の上にボールをセットし始めた。


慣れた手つきでセットを終えると、早速ブレイクショットを放つ。

霧の中…私が発する音と環境音以外には一切の静寂が支配する空間で、カン!というボールの音が耳に響く。

ブレイクショットで2つのボールがカップに吸い込まれていった。


「……上出来」


幸先の良い滑り出し。

私は上機嫌に呟くと、キューの先端を撫でながら手玉の近くへと歩いていき…同時に次に落とすべきボールを探す。

台上を見る限り、ブレイクショットで落ちたのは3と8…次に落とすべき1番は、丁度落とし易そうな位置にあった。

次の2番は……1番次第では、私の腕でも何とか狙えるかな?という位置…


一人プレイ…霧の中、私が私と言えるのはこの中だけなのだが…

幸先が良くて嬉しくない人などいない。

私は口元をほんの少しニヤリと動かすと、直ぐに表情を消してキューを突く姿勢を取った。


カン!


霧と静寂の店内にボールの音が響く。

1番は見事にカップに吸い込まれ、手玉は目論見通りの位置に止まる。

私は小さく心の中でガッツポーズを取ると、直ぐに移動して2番を突きにかかった。


「……」


間を開けずに手玉を突く。

2番がカップに吸い込まれていったが…手玉は次の4番をどうやっても捉えられなさそうな位置に止まった。


「まぁ、仕方がない」


私は誰もいない空間であるのを良い事に、少しワザとっぽい口調で呟く。

手玉の元へと歩み寄ると、どうやって4番のボールへ手玉を突こうか考え始めた。


「……」


少々の長考。

霧に包み込まれて、私も静寂の…霧の一部になったかの様。


「!」


そんな私の耳に、何かの物音が聞こえてきた。

私が発する音でも、冷蔵庫の稼働音のような環境音でもない、人間の手による物音。

その音が聞こえてきた時、私は嘲笑うかのような笑みを浮かべてキューを台に置く。


物音にと一緒に流れてきた、人の喚き声を耳にした私は、静かに肩を震わせた。


「成る程、次は彼の番か」


一人、そう呟いた私はテーブルに置いていたコーラの入った紙コップを取って一気に中身を飲み干す。


「!!!」


思った以上に冷たく…それでいて炭酸が抜けていないせいで、喉に痛みが走った。

不意を打たれた私は立ち止まって、目を瞑って痛みをいなすと、ビリヤード場を後にする。

物音がした方向に向かう前に、私の手には武器が必要だ。


私は用具室と書かれた扉を見つけて、そこに向かった。

スタッフオンリーの場所の中にある扉だが…霧の中では私がルール。

気にすることは一つもなく、私は用具室へと入って行く。


行動は静かに…足音も、扉の開閉音にも気を使いながら、私は用具室の中を見回す。

すると、日誌が置かれていたテーブルの上に、今の状況にはピッタリな品が置かれているのが見えた。


果物ナイフとハンマー…

前者はネカフェで提供しているデザート類の為に持ち込まれた物だろうか?

後者は…何で必要なのか想像が出来ない。

だが、今の私には必須アイテムだ。

テーブルの上に置かれた物を手にした私は、用具室を後にすると、本来の目的地である個室エリアへと足を進めた。


薄いガラス扉で区切られたエリア。

個室エリアに入った私は、ゆっくりと、それでも確実に目的の場所に近づいていく。

霧の中でもハッキリと分かる…個室の明かりが漏れた一室へ…

右手にナイフ、左手にフォーク…ではなくハンマーを手にした私は、一つ深呼吸をして"狩場"へと足を踏み出した。


「……」


目的地の個室、その前に立った私は迷うことなく扉をノックする。


「何でしょう」


扉の奥から男の声が聞こえてきた。

私はその問いに答えずに一定のペースでノックを続ける。


声で彼の感情が透けて見えた。

この異常な空間で、自分以外の存在…それも名乗りもせずにノックするような相手を真面な人間だと思う方が難しい。

彼の声は少し震えていて、恐怖に支配されているとみて間違い無い。


私はそれを知ったうえで、ノックを続けた。


「何だよ…気味の悪い…何かあったのか?」


男の声が再び聞こえてくる。

少し苛立ちをミックスさせても、それが虚勢であることは直ぐに分かった。


私は答えずにノックを続ける。


コンコン……コンコン……


一定のペースで、彼を煽るような強さで、淡々とノックを続けた。


「……」


ようやく、個室の中で何かが動いた音がする。

恐る恐るといった動き…

扉のノブがゆっくりと動き始めた時、私はノックを止めた。


「……」


右足を半歩後ろに逸らし…右手に握ったナイフの感触に集中する。


ノブが捻られて…

華奢な軽い音をたてながら扉が開かれた。

それと同時に、霧の中の世界に、個室の中の明かりが混じる。

私の顔が光に照らされると同時に、私の視線からは、部屋に居た男のシルエットがハッキリと見て取れた。


細身で、卑しい顔がハッキリと。

ハッキリと覚えている、私にとっての"沢山いる"仇のうちの一匹。


その姿が視界に入ると同時に…

私の右手は、私の右手に握られたナイフは、一直線に男の首元へと向かっていった。

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