9.平日夜の路地裏で <後編>

慧から電話があった日の夜。

僕は近場の公園までバイクを走らせていた。

相変わらず、うだるような暑さが残っているものの…それでも夜らしい涼し気な空気も混じっている分、昼間よりは大分過ごしやすい。


古風なバイクに跨って、ちょっと不躾ながらハンドルにコンビニのレジ袋を1つぶら下げて…

向かう先は近所にある公園だった。

そこそこ広く、常識の範囲ならば花火をしても怒られなさそうな公園。

僕達の家からは徒歩数分圏内だったが、僕は花火調達係として駆り出されたためにバイクでの登場となった。


「おまたせー」


誰もいない公園にバイクを乗り入れた僕は、そう言いながらエンジンを切ってヘルメットを脱ぐ。

周囲には慧と葵と一博と、何時ものメンバーが集まって来た。


「花火セットが幾つかと…お菓子と飲み物」

「サンキュー」


慧に頼まれたお使いの成果を彼に渡すと、彼は軽く礼を言って袋を受け取る。

葵と一博は、僕がバイクに乗っている姿を物珍しそうな目でじっと見つめていた。


「サッキ―、格好いいー」

「お洒落でしょ?」

「うん。似合ってる似合ってる。バイクの運転って難しいの?」

「慣れればそうでもないさ。自転車に乗れれば乗れるよ」


僕はそう言ってバイクから降りると、先に準備を始めた慧の方へと歩き出した。

準備といっても、バケツの水汲み程度で…僕達3人が居ても邪魔になるだけだろうから、ゆっくりと…雑談を交わしながら近づいていく。


「一博とか好きそうじゃない」

「俺は…乗るとしても車だなぁ…バイクは反対されそうだし」

「意外だね」

「親の同級生が3人バイクで死んでりゃな」

「あー…それもそっか」

「サッキ―のお父さん、バイクも乗ってたんだっけ。黄色い車のイメージが強かったけど」

「車の前はバイクだったらしいよ?」

「へぇ……」


ぞろぞろと、他愛のない会話に花を咲かせながら…ベンチまでやってくると、丁度慧がバケツに水を入れて戻って来た所だった。


「サンキュー水汲み係さん」


僕がそう言って労うと、彼は苦笑いを浮かべながらバケツを置く。


「お使いよりかは大分楽だろうぜ。後でレシート見せろよ?4で割って払うから」

「ああ、後でお願いね。それよりも花火だよ、花火」


僕達はベンチの上に乗った花火の袋を開けたり…適当に買って来たジュースに手を付けたり…雑多にガヤガヤしながら夏休みの夜を過ごし始める。

父から借りてきたライターでローソクに火を付けて、それをベンチ横の舗装された部分に置くと、早速花火を一本手に取ってそれに火を付けた。


「よーし、付いた!」

「綺麗だね…久しぶりにやると」

「結構あるぜこの量…使い切れないかも……」

「ドラゴン付けたい!」

「あー、ライター使える?持ってきたのジッポーなんだけど」

「3つくらい一気に付けて良いよな」

「良いけど投げんなよ?」


夜の公園に、花火の明かりが彩りを添えた。

火が付くと、シュッと音を立てて色とりどりの火花が僕達を照らす。


「その花火どれだ?」

「その袋の中。何色が出るかはランダムみたいだね。火を付けてのお楽しみ」

「そう言えば一博、宿題ってやった?」

「それ、分かって聞いてるよな?慧ならやったって言うだろうが…なぁ?」

「まぁ、終わってるわな。後半忙しそうだし」

「だろうと思った。イザって時はお願いね」


4人で思い思いに花火を持って火を付けて、パッと光る炎と煙を種にして…中身の無い会話を重ねて行く。

夏の夜らしい、明るく、楽しくもあっという間に終わってしまいそうだ。


「この打ち上げは?」

「取っておこうよ。最後の方に」

「シメは線香花火だよな?」

「誰が一番残せるか競争する?」

「定番だな」


花火の数も順調に減っていき、用意した飲み物とお菓子も消えていった。


「サッキ―、ちょっとお願いがあるんだけど」


丁度折り返しといった頃。

葵がそう言いながら私の傍にやってきた。


「どうかした?」

「ちょっと家まで付いてきてほしくて…ね?途中の細い道、怖いから」

「良いけど…男どものどっちかの役目じゃない?そういうの」

「まぁ…ちょっと話しながら歩きたいし」


少しだけ潜めるような声でそう言った葵に、僕は少し不思議に思いながらもコクリと頷いた。

手にしていた花火も丁度消えて…バケツにそれを捨てると、残ることになる男子2人に声をかける。


「慧、一博!ちょっと葵の家に行くね」

「了解ー…どうかしたのか?」

「うん。家に余ってる花火あったなって思って。取って来たいの」

「そういう事か、分かったー」


簡単なやり取りを終えると、僕達は彼女の家の方へと歩き出す。

夜の中の女二人…ちょっと怖いような気もするが…目と鼻の先の葵の家までで何かが起きるかと言えば、それは無いと言えた。

僕の住む町が物騒だと聞いたこともないし、実際に何かの犯罪が行われたという事は聞いたことも無い。


「ありがとね」


公園を出ると、横を歩く葵が口を開く。

僕は小さく首を横に振って「全然」と返した。


「話って?」

「大したことじゃないんだけどさ、今、進路どうしようかなって悩んでて…サッキ―に相談してみようって」

「進路…僕にそれを聞く?」

「うん。サッキ―だもん。何時までもバイトしてる気無いでしょ?」


ちょっとお道化て見せた僕に、葵は少しだけ真面目成分を増した口調で答える。

彼女の声色を聞いた僕は、少し目を見開くと口元に小さな苦笑いを浮かべた。


「まぁ…少しは考えて無い事もない」


僕がそう答えた直後、僕達は足先を細い路地に向ける。

葵の家までの近道…夜は少々薄気味悪い裏路地となるが、周囲に家の塀が並ぶだけの何の変哲もない路地だ。


「この道も明るくなったよね」


葵が小さな声でボソッと…皮肉交じりのような声色で呟く。

それを聞いた僕は少しだけ彼女の方に目を向けたが、聞かなかったフリをして話を続けた。


「高卒認定は取ろうと思ってるんだ。そして大学には通おうって」


自然と話を繋げると、葵は呟いた時の表情そのままに口を開く。


「大学かぁ…サッキ―って何系なの?」


さっきの呟きが嘘のように、葵はその前の会話口調を保ったまま尋ねてくる。

僕は少し…薄っすら背筋が凍りそうになりながらも、余り気にしない様にしながら話を進めた。


「理系?…だと思ってるんだけど…正直良く分からない」

「だよねぇ…アタシもとりあえず理系を選んだんだけど、正直ピンと来てなくて」

「何をやりたいかだけど…葵は何かなりたいものってあるの?」

「なりたいものかぁ…」


何気なく尋ねた事。

進路の話をするのであれば、それは避けて通れない話だと思ったのだが…

"将来の夢"を聞いてみた途端、葵の表情が微かにピクっとしたのを僕は見逃さなかった。


「夢は無いなぁ…」


少しボンヤリとした口調になった葵は、そう言って僕の方に目を向けると、ニコっと小さな笑みを見せる。

もうじき路地も通り過ぎて、葵の家が目の前に見えてくる頃だった。


「サッキ―と話せて良かったよ。やっぱり皆悩むんだなって」

「え?…ええ…それはね。悩むだろうさ」

「だよね!…アタシだけじゃないって思えば、ちょっと救われたかも。学校でさ、皆進路のことを書くのが早くて…私だけ取り残されててさ、悩みすぎなのかなって」

「なるほどね…」


僕は彼女の変化を見ながら、少し心臓が早鐘を打ち出していたが…平静を装って言葉を紡ぐ。


「今度、近場の大学のオープンキャンパスでも行ってみない?…考え込んでても先に進まないなら、動いてみるのも一つの手だろうし」


 ・

 ・


家に帰ってからどうしていたかなんて、最早僕にはどうでもいい事だった。

葵の家に余っていた花火を持って公園に戻り…9時位迄はずっと花火をしていた気がする。


その間の僕達は、その辺に居る若者と大差のない…

花火をしている間の僕達はただの子供に過ぎず、ただの青春の一ページに綴じられる日だ。

今日という日の花火を仕掛けた慧と僕にとっては…微かながらも嫌な確信を得られた日になった。


「……」


僕は今、霧の中に立っていた。

場所は、家の近所…

ついさっき、葵と共に歩いたあの路地裏の狭い道のド真ん中だ。


時間帯で言えば昼間の時間だろうが…霧は深く視界は100mも無い。

周囲には僕以外の生きた人影は見えず…今回は慧が取り込まれていないのだろうと直感した。


「もし黒だったのなら…と仮定したけれど、これはもう結果が出たと言っても良いんじゃないかな」


僕は目の前の光景を見下ろして呟く。

目の前には、これまたこれまでの霧の中と変わらない、誰かの遺体が転がっていた。


刺されて、血を流して絶命している男。

僕は彼の顔に見覚えだけはあった。

近所に住んでいる人なはずだ。

確か家族持ちで…子供は幼稚園位の年頃だと思う。


そんな男の遺体を見下ろしながら、僕は慧との会話を思い浮かべていた。


ひょんなことから慧が言ってきた"霧の世界の犯人"像。

彼が学校で聞いてしまった会話から膨らんだ疑心を確認するための一芝居…

疑いたくもなかった、幼馴染の関与をハッキリさせるための一芝居…

それが花火だった。


「何がトリガーかは知らねぇが、俺達の知らない場所では起きないはずだ」


慧は花火を計画した後で僕にそう語った。


「何で巻き込まれるのかも分からない。だが…俺らが4人であった後、俺と彩希が何も身構えてなければ、集まった近辺辺りを舞台にした霧の中の世界に取り込まれるんじゃないか?」


彼の勘は、今の僕の状況を見れば面白いほどに当たっていたという事になる。


「もしそれが正解だったのなら、後は直接聞けばいい。俺らの仲なんだ。話が通じないってことは無いだろうぜ」


頭の中の回想の中で、慧の自信ありげな、不敵な表情がクッキリと描かれた。


「そうだね。慧。バッチリだよ…考えは」


僕は霧の中で一人、誰も聞き手が居ない中で呟く。

まだハッキリとしたわけではないが…

僕の心境は揺れに揺れていた。


恨みも怒りも少し混ぜて…それから、何処か彼らに対する同情心に何故?という疑問の感情…

そして一種の呆れのような感情が複雑に渦巻いていく。


その中で、霧の中に立ち尽くす僕は、遺体を見下ろして、決意めいた言葉を口にした。


「直ぐにでも問い詰めてやろう」

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