風の盆




 純白の間に絃はいない。

 空色の風船であるペポにそう言われた尚斗は、けれど暫しの間その場に留まった。

 予感通り、純白の間に来られたように。

 予感通り、絃がここに来るような気がしたからだ。

 予感は外れる事もあるが、それはそれ。

 待ってみようと思ったのだ。




 尚斗は寝転んで、ぷかぷか浮かぶペポを見た。

 今は見当たらないが、短刀もきっとこの空間のどこかにあるのだろう。


 何故、この二つと絃は離されたのか。

 何故、絃は五歳児の姿になったのか。

 休息が必要だったからではないか。


 短刀の鍛錬だけではない。

 張られていた糸が竹蔵という、謂わば片腕を得て緩むどころか一層張り詰めた結果、擦り切れてますます消耗してしまった。

 竹蔵に身を委ねて休息の時を設ける、というよりも、絃の覚悟を手渡した事をとてつもなく負担に感じてしまった。と。

 ならば、記憶がないままの方がよかったのではないか。


(執念かねえ)


 寝転んだまま足を組んでは、上に乗っけてある足を時計回りに、逆時計回りにとゆっくり不格好に回す。


(まあ、言っちまえば、記憶喪失のままだったら、絃も平和に暮らせるよな)


 あんなに身体も心も痛めずに、擦り切らせずに、面倒な争い事に巻き込まれずに。

 竹蔵と寿と仲良く、できるだろうから、それなりに穏やかな日々を過ごせるのではないか。


「神様も実はそっちを望んでるんじゃないのか、なあ」


 尚斗はペポに話しかけた。絃がいないと告げてからこっち、口を閉ざしたままなのだ。そして、話しかけても同じく。


「つれないやつだねえ」


 尚斗はやおら頭を振って、けれどそれ以上ペポに話しかけなかった。


「まあ、絃は望まねえだろうしなあ」

「ツル ノゾミ ヒトツ」

「うわ急に喋り出した」


 尚斗は、ぱっかり口を開けて話すペポを薄ら目で見た。


「オオイワ キル イマノ コキョウ ミル ソレダケ」

「神様がさっさと見せてやればいいだろう」

「ツル ミセタラ シヌ」

「神様が死なせたくないから、こんな手間のかかる事を仕込んだって?」

「カミサマ チガウ ベツ ダカラ カミサマ カナエサセヨウトシテル」

「絃の死んだ両親か親しい人とかか?」

「シラナイ」

「まあ、死んでほしくないよな」

「ツル ココ コナイ」

「はいはい。聞きましたよ」

「ツル ウミ イッタ」


 海という単語に、尚斗はいつもの位置まで瞼を持ち上げてペポを見た。


「海って、故郷が封印されている大岩のある海か?」

「ツル オオイワ キル」

「できるのか?」

「ムリ」

「無理でも挑戦していいのか?」

「イイ」

「これまで挑戦した事はあるのか?」

「ナイ」

「初挑戦か。姿は戻るのか?」

「モドラナイ」


 尚斗は立ち上がりペポを見上げたまま、片頬に重ねた両の手を添えて首を傾げた。


「そこまで連れてってくださいな」

「ジリキ ガンバ」

「えっそこは連れてってやるっておい!」


 空間が急に踊り出したかと思えば、温泉街に戻っていた尚斗。即刻寿と竹蔵に知らせなければと近くにいる護衛役に話しかけようとした時だった。

 鈍い衝撃に襲われたかと思えば、糸遊が抱き着いていて、かつ訴えるのだ。

 いとちゃんがいなくなった探してと。


「えー」

「えーじゃないでしょもう!」











(2023.2.21)


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