半仙戯




 とある日曜日、午前零時にて。


「ねえ、貴。こんなに暗い時間に見廻りしたら、せっかくの花が見えないよ」


 現在、見廻り中である日付盗賊改の曇は、片手に電球入り提灯を掲げ、片手で髪に挿した一輪のバーベナの花を愛おしげにそっと触れた。


「そうっす。幻灰は大抵真昼間に現れるじゃないっすか。こんな真夜中に見廻りしたって無駄っすよ」


 ふあああとそれは大きなあくびをした滝もまた片手で電球入り提灯を掲げ、片手で目頭を押さえて眠いと訴えた。


「曇も滝もしっかりしろ。確かに幻灰は昼間の犯行がほぼだが、皆無じゃないだろ」


 二人と並んで歩いていた貴もまた、片手に電球入り提灯を掲げて、二人に顔を向けた。


「はいはい。貴さんがねちっこく調べて、夜の犯行もあるって突き止めたんすよね。迷惑な話っすよ。昼間だけ実行すると決めてもらっとかないと。今どきの盗賊の流行りを裏切って拘りを持たないなんて、だめだめっすね」



 やれやれと首を振った滝にまったくだねと同意した曇は、抜き取ったバーベナを人差し指と親指でくるくる回し始めた。



「職種もばらばらで狙う店に法則性がまるでない。裏も表も関係なく手あたり次第だから、読めない。だから人海戦術しかないのに、上は人を手配してくれないし。三人だけでだなんて、土台無理な話。楽しんでいるやつを相手にするほど莫迦な話はないよ」


「仕方ないだろ。それが俺たちの仕事だ。曇も滝もしっかりしろよ、ほんと。幻灰を捕まえないと、昇格どころか降格だ。んな事になれば、日付盗賊改を辞めろって実家に連れ戻されるぞ」

 

 目元を険しくさせて貴が告げれば、それは嫌だと曇も滝も口をそろえた。




 三人の実家はすべて花卉農家であったが、長男であった三人共に日本の江戸時代の武士に憧れ、地元では自衛隊を名乗り、警察の支持のもと、犯罪者を取り締まっていたらその腕を買われて、この任に就かせてもらったのだ。

 実家はすべからく反対した。頭空っぽで喧嘩だけ強いあんたらには務まらない。諦めて実家を手伝えと。長男だから、という理由ではない。他にやれる仕事などないのだから、というお情けであった。


 そんな親たちを見返す為にも、ここでやれる事を見せつけなければいけないのだ。




 貴はつらつらと思考の中で再確認し始めた。


 金を盗む。すべて悪徳店。裏表、曜日、職種、固定なし。昼間が六十件、夜は三件。

 今までの犯行から、幻灰は忍びだとの三人の見解は一致。

 追い詰めたと思ったら、姿なし。時に煙幕、花吹雪に負債書の嵐。

 攻撃皆無。こちらをおちょくっているとしか思えない見事な逃げっぷり。



 単に足の速さを顕示したい愉快犯という可能性もあるが、それならそれで、もう少し焦らす走り方をするのだと思う。追い詰められて、捕まえられると思ったら、即逃げる。そのすれすれの緊張感を楽しむだろう。それはない。



 化かしている、が正しい。

 金目的でもない。盗まれた金は戻ってきているし、それは贋金でもない。

 さらに珍妙なのは、店主の性格が豹変する事。悪事を悔い改め、善行に進む。説教でもされたか脅されたか。当然顔は見ていなければ話もしていないと言う。

 身体能力の高い謎だらけの盗賊。こちらとて、身体能力の高さには定評があるというのに、未だに逃げられている。いとも簡単に。



 忍び。有力な可能性の一つとして挙げて当然であった。

 が。忍びの団結は強く、秘密裏にされている事が多々ある。情報を提供してほしいと腰を低くして頼んでも、知るかと一蹴。

 上の者に頼んでも、忍びは国王直属なので、無理だと一蹴。

 庇いだてしているんじゃないかと、貴の眉間の皺はさらに深く刻まれる。



「国お抱えの盗賊なら、別に俺たちの仕事じゃないだろうが」

「貴さん。そうやさぐれないでください。ほら。お塩あげますから」



 滝は腰に下げていた袋から一撮みの塩を掴んで、貴の頭の上にぱらぱらと擦り合わせながら落とした。さらにさらに貴の皺が深くなる。



「お塩は清めの効果もあるっす。ほら。心身がすっきりしたっしょ?」

「…ああ、ありがとよ。心なしか、曇りが晴れた気がする」



 実際は雷雲が発生してしまったが、それは言わない。何故って。それが大人ってもんだ。心の大きい人。略して、大人。



「そんな。礼は言いすっよ。俺たち仲間っすから」

「うんうん。持つべきは仲間だよね」


 和気あいあいと前を進む二人に、貴は深い溜息一つで堪えた。




 そうして見廻りを続けて時刻は丑三つに突入。朧月夜も相まって、夜の不気味さが増す時間。

どこからか、カァンカァァンと、呪いをかけるべく、木に杭を打つ音が聞こえてきそうな雰囲気である。



「貴さん。今日はもうお開きでいいんじゃないすか」

「そうだね。深夜に起きているのは美容にも悪いし」

「……そうだな」



 貴は同意しながらも、立ち止まった店の看板を提灯で照らした。




 『ひまひま屋』。滋養強壮、疲労回復等を謳う高価な薬を専門に置いている薬局店で、捕獲禁止だが色々な効能があるとされる動物の骨やら血やらを扱っているとの黒い噂が流れている。店主は噂だけだと否定。証拠にと薬の成分等を記している書類を提示。本物かどうか怪しいが本物と専門家は判定。噂を聞きつけた成金たちがかなりの額を落としているらしい。



 この店の裏には自宅である豪邸が建っていた。



(っち。滝の言うように拘りを持っててくれりゃあ、少しは絞れるってのに。どこもかしこも狙いやがって)



 結果として、犯罪者が捕まっているのだからよしとすべきなのだが、こっちの狙いは幻灰一味。こいつを捕まえない限り、仕事を遂行しているとは言えないのだ。ほかにいくら手柄を立てようが関係ない。お役所仕事とはそんなもんだ。命令以外の仕事は無視するに限る。



 貴が内心で盛大に不満を零していれば、不意に裾が引っ張られた。横を見れば、口を人差し指で押さえる滝がいた。常にない真剣な顔。何か物音を拾ったらしい。人差し指で店の奥、豪邸を指している。



 深夜。辺りは物静かで僅かな音でも響くが、よくまあ拾えたものだと貴は毎度ながら感心する。その毎度の頻度が高ければ言う事はないのだが。



 提灯の電球を消して、抜き足差し足で店の奥に向かう。すれば、高い門と塀が眼前にそびえる。三人は助走もつけずに一飛びして塀を越えて着地。自分たちこそ盗賊みたいじゃんと思いながらも、屋敷内に入ってからは散開して、それぞれで捜査を開始した。



(さあて、あの娘が関わっているのかどうか)













『薬には一切違法な成分は入っていない。噂だけを流して、莫迦な金持ちからお金を奪っている。悪党には違いない。けれど、店主は金には興味がない。金持ちから金を奪う事。それだけが目的だった』



 店主は金に執着を抱かず、金を使わない者だった。

 この金庫には奪った金がただただ貯められていく。



『『ひまひま屋』の店主は金持ちたちがそろそろ気付くだろうって、私に夜逃げの援助を頼んだわけ』

『金持ちたちに一矢報いたかったわけですか?』

『まあ、理由は聞いてないけど、そんなところじゃないかしら』



 寿が幻灰の仕事を手伝うと申し出た日。竹蔵は次に狙う店を告げた。



『ま。今回は楽なのよね。盗む相手から金庫のお金全部渡すって言ってきたんだから』

『幻灰ではなく金目的の盗賊だったらの話、ですよね?』

『そうね。私たちの目的はただのお金じゃないもの。店主はお金に執着がないから、不都合だった。でも、今回は幸運だわ。このお金を取り戻そうとする輩がたくさん集まってくる。金持ちに恩義を抱く者、こっそり掠め取ろうとする者、全部を独り占めにしようとする者。各々理由は違うでしょうけど、お金に執着を抱く者がこぞって押し寄せてくる。私たちの目的にこれ以上有難い存在はいないわ』

『いつ来るかは分かりませんが、今回は夜になる確率が高い。でも、日付盗賊改もやって来るでしょうね』

『どんな嗅覚をしているのか、騒ぎになる前から結構な頻度で遭遇しているのよねー』

『もし彼らに遭遇したら逃げの一手ですか?』

『彼らには、ね。金持ち連中は、まあ、逃げと捕縛の二手、かしら。今回は。数が多いでしょうから、時間まで逃げ続けるのは難しいでしょうし。傷つけず傷つかず。いい?』

『時間は決まっていないんですよね?』

『神様次第。お金が消えたら、即姿を消す』

『そして、絃さんの出番、ですか』

『ええ。私たちはそこまで。あとは絃が頑張るだけ』

『……竹蔵は純白の間には行った事はあるんですか?』

『いいえ』

『主は。行ってみたいと言っていました』

『行けないでしょうけど。若旦那は好奇心旺盛ね』



 くすりと微笑を浮かべてのち、竹蔵は注意してねと言葉を紡いだ。








(幻灰に懸賞金がかけられている、か)


 

 店主から渡されたお金は竹蔵と分けた寿。そのお金が入っている金庫を背に負って、次から次へと奪いにかかる者たちを、口から足までを布で覆って捕縛し続けていたのだが、貴が視界に入った瞬間、迷わず逃げの一手に走った。



「やっぱり俺達からは逃げるのかよ」



 苛立たし気に舌打ちをしてから、貴は屋敷にある金目の物を持ち去ろうとしたり、暴れまわったりしている連中を無視して幻灰へと一直線に向かおうとしたのだが。



「ご近所迷惑でしょうが!」



 やはりできずに、連中の捕縛へと走ったのであった。














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